5話 廃墟探索
そして次の日、俺達は秋江さんが来たという旧笠歌病院の廃墟の前にやってきた。
その廃墟の建物は不気味な様相を呈しており、窓ガラスも半分ぐらいがすでに割れている。
ここだけ時間が止まっているそんな錯覚を感じてしまえるほどの不気味さを感じていた。
「それじゃあここで少し待っててくれ。」
俺は理沙にそう言うと、近くの事務所の中に入った。
そして交渉を終えて戻ってきた。
理沙は旧笠歌病院の廃墟の前でその景観を眺めていた。
「なかなか雰囲気のある場所だね。それでお兄ちゃん、どうだった?」
「ちゃんと所有者の許可はもらってきたから、入って問題ないぞ。」
「ありがとうお兄ちゃん、さすが警部さんだね。」
「廃墟探索をするために警部になったんじゃないぞ。」
俺は所有者から借りた鍵を使って廃墟前に設置されているバリケードを解除したのだった。
そして俺達は古びたコンクリート造りの建物に入っていった。
俺は持ってきたLEDライトで照らしてみる。
LEDライトで照らされた先の床にはたくさんの椅子や机や書類などが乱雑に転がっておりたくさんのゴミが落ちていた。
「ここが旧笠歌病院か、雰囲気ありすぎだな。」
「結構荒れてるね。」
「ここは中央ロビーかな?受付の看板もあるし。」
理沙の言う通り、ロビーの天井に受付の表示が取り付けられていた。
「みたいだな。旧笠歌病院は十数年前まではここにあったが、今の場所に十年前に移転になったらしい。」
「それっきり旧笠歌病院はずっとこの状態なんだね。」
「そういう事だ。」
「それで理沙、どこに行きたいんだ?」
「うーん、まだ何とも言えないから建物内を一通りグルっと回って行こうか。」
「ああ。分かった。」
俺達はロビー前の階段を登ってまず2階へと移動した。
階段や廊下も年数相応に劣化しており、階段や廊下にはゴミが散乱していた。
建物の中にも老朽化によって崩れている箇所がいくつかあった。
階段の途中で床が抜けている所があった。
「理沙、ここの床は抜けてるから左側を注意して進むんだ。」
「うん分かった。」
俺達は崩れている場所をうまく避けながら2階までやってきた。
そして階段の近くにあった部屋の表札をLEDライトで照らした。
その表札には218号室と書かれていた。
「それじゃあまずここから見ていくか。」
「お兄ちゃん、部屋の中がどうなってるか分からないから慎重にね。」
「分かってる。それじゃあ開けるわぞ。」
俺は古くなっていた引き戸を開けようとした。
ギイイイイという音と共に引き戸がゆっくり開いた。
俺はLEDライトで照らしながら部屋を一通り見渡してみた。
218号室の中はかなり荒れ果てていた。
部屋の中には当時使われていたであろう患者用のベッドが片付けられずに放置されていた。
しかも床には衣類が散乱していた。コップやお箸やお皿まで床に転がっていた。
さらにはホコリがかなりたまっており部屋中がホコリまみれだった。
「ベッドや衣類がこの部屋にあるって事は、ここは病室だな。」
俺は少し移動して部屋から廊下の外をライトで照らしながら覗いた。
その廊下の先には217号室、216号室と連なった数字の部屋番号が続いていた。
「この階は病室になってるみたいだな。」
「理沙、ここから何か感じるか?」
理沙が周囲を見渡しながら首を横に振った。
「ううん、この辺りじゃないと思う。」
「そうかそれじゃあ3階に上がってみるか。」
俺達はそのまま3階へと上がってきた。
また階段の手前の部屋の扉を開けてみる。
今度は特に音もせずに静かに扉が開いたのだった。
再びライトを照らして部屋の中を見渡してみる。
部屋の大きさはさきほどの病室よりも広かった。さらに部屋の中央部には古びた白いベッドが一つ置かれており、その真上に大きな円盤のようなライトが二つ備え付けられていた。
部屋の端の方には様々な薬品やメスなどの手術で使う器具などが納められた棚がいくつも置かれていた。
また少し古い感じがする医療機器がいくつも置かれていた。
「なるほど、ここは手術室か。無影灯もあるから間違いないだろう。」
理沙は手術台の上にある照明装置を指さしながらいった。
「へえー、あれって無影灯って言うんだ。」
「ああ、手術は繊細な作業になるから極力ライトによる影を作らない方がいい。だからたくさんのライトで照らす事で影ができないようにしたのが、あの無影灯だ。」
再びライトで照らしながら廊下の先の部屋を見てみた。
「レントゲン室に処置室それにCT室か。3階は処置をしたり検査をする場所みたいだな。」
「みたいだね。」
「それで理沙この辺りはどうだ?」
「うーん、たぶんこの辺りでもないと思う。」
「うーんもうこの建物に上の階はない。それで2階でも3階でもないとすると、一階って事か。」
「うん、一階まで降りていこうか。」
そして俺達は近くの階段を降りて今度は一階までやってきた。
俺達は近くにあった大きめの部屋に入った。
理沙がLEDライトを照らしながら、キョロキョロと部屋の中を見渡していた。
「あれ、ここなんだろう??いろんな機器が置いてあるけど、ここも手術室かな?」
「部屋の表札の文字は消えてしまって読めないが、たぶん緊急外来の部屋じゃないか。緊急で運ばれてきた患者を診察するために色々な機器やいくつもベッドが置いてあるんだろう。」
「あー、なるほどね。」
「それで理沙、ここはどうだ?」
「うーん、たぶんここでもないと思う。」
「この建物の中はほとんど見て回ってはずだけどな。それでも何も感じないとなると建物の外かもしれないな。」
「あっ、お兄ちゃん、ちょっと待ってこの奥かもしれない。」
そう言うと理沙は緊急外来の部屋の奥を指さした。
理沙が指さした先には古ぼけた扉が一つあった。
「あの先か。確かにあの先はまだ行ってないな。」
俺達はその扉の前までやってくるとその扉を開けた。
するとその扉の先に廊下が続いていたのだった。
「なんだこの廊下は?」
俺達が廊下の先を進んでいくと更に下に続く階段があった。
「地下室となると、たぶん霊安室だな、そう言えば上の階にはなかったな。」
俺達はその階段を降りてさらに進んでいくと扉が一つ現れたのだった。
俺達はその扉を開けて霊安室の中に入っていった。
そして理沙に尋ねた。
「理沙、ここか?」
理沙はずっと目を瞑っていて俺に返事をくれなかったのだ。
俺は心配になり理沙に声を掛けた。
「理沙、大丈夫か?」
すると理沙は目を開けて俺に返事をしてくれた。
「うん、大丈夫。やっぱりそうか。」
理沙は何かに納得したようだった。
「ありがとう、お兄ちゃん。もう確認したい事は確認できたからもう戻ろうか。」
「そうか、分かった。」
理沙が何を確認したかったかは分からないが、もう用事は済んだらしい。
俺達は階段を登ってそのまま廃墟の外に出た。
「理沙、もうこれで解決できそうなのか?」
「ううん、こっからが本番だよ。」
「ここからが本番?」
「うん、そう。だからお兄ちゃん、もう少し協力してくれないかな。」
「ああ、もちろんだ。それで次はどうするつもりなんだ?」
「この旧笠歌病院の廃墟に一緒に肝試しに行った友人達に話を聞かせてもらおうと思ってるんだ。」
秋江さんのお母さんを通じて一緒に肝試しに行った秋江さんの友人達とファミレスで話をする段取りを取ってもらった。
そしてその日の夕暮れその秋江さんの友人達に理沙と共に会いにいった。
俺は少し離れた席から様子を見守る事にした。
そして理沙は秋江さんの友人達とテーブル席で話を始めた。
「私は秋江さんの除霊を担当している春山理沙という者です。」
秋江さんの友人達が心配そうな顔をしていた。
「秋江は大丈夫なんですか?」
「秋江さんは今大変危険な状態です。」
「そんな。嘘だろう!!」
「ですので、秋江さんの友人であるあなた達の協力をお願いしにきました。あなた達に一つ聞きたい事があるんです。」
「何でも聞いてください。」
「それじゃあ単刀直入にききますね。あなた達の中であの旧笠歌病院の廃墟で手鏡を盗んで来た人がいるんじゃない?」
秋江さんの友人達は困惑した顔を見せていた。
「えっ?どういう事ですか?」
「だから旧笠歌病院の廃墟から手鏡を勝手に盗んだ人がいるんじゃないと聞いてるの?」
「私達が泥棒したって言いたいんですか?」
「なんでそんな言いがかりみたいな事言うんだよ!!」
「秋江さんに取り憑いている霊がすごく怒っているのよ。しきりに手鏡を返せって言ってるの。」
「えっ。」
「恐らく盗んだのは秋江さん以外であなた達のだれか。秋江さんは霊感が強いから真っ先に憑かれてしまったの。」
「なっ。」
すると今度は秋江さんの友人達は怒り出したのだった。
「変な言いがかりつけるんじゃねえよ。こいつは秋江を名前を使って俺達を騙そうとしてるんじゃねえか。」
「そ、そうだよね、私達が泥棒扱いされるなんておかしいもんね。」
「きっとこいつはエセ霊媒師なんだよ。そんで俺達に因縁をつけて金を騙し取ろうとしてるんだよきっと。なんて女だ!!」
これはよくない流れだな。
これ以上は見過ごせないと判断した俺は口をはさむ事にした。
俺は隣の席から理沙達のいる席の前に移動した。
「その辺りにしておくんだ。」
すると秋江さんの友人達が俺にも食ってかかってきた。
「なんだよ、あんた!!」
「お前もこのエセ霊媒師の仲間かよ?」
「俺はこういうものだ。」
俺は懐から警察手帳を取り出すと彼らに見せた。
「け、警部さん?」
「なんで警部がここにいるんだよ?」
「理沙とは兄弟なんだよ。君達本当に知らないと言い切れるんだな。警部である俺の前でもやましい事は何もしてないとちゃんと胸を張って誓えるんだな!!」
すると秋江さんの友人の一人がこう切り出してきた。
「悪い、俺があの廃病院から手鏡を持ってきちまった。」
「えっ、それじゃあこの人の言った事は本当だったの。」
「なんてこった。」
「卓彦、あんたなんて事をしたのよ!!」
「悪かったよ、まさか秋江がこんな事になるんて思わなかったんだ。戦利品代わりに拝借しただけなんだ。」
すると秋江さんの友人達は理沙に謝ったのだった。
「すいませんでした、まさか本当の事だとは思わなくて。」
「ど、どうすれば秋江は元に戻りますか?」
すると理沙がこう秋江さんの友人に尋ねた。
「その手鏡って霊安室に置いてあったんじゃない?」
「ああ、地下の霊安室からもらってきた。」
「だったらその手鏡を今すぐに地下の霊安室の元あった場所に返してきて、そしてその場所で勝手に持っていた事を全員で心の底から謝ってきて。」
「それで秋江は元に戻るんですか?」
「秋江さんが元に戻ると保証まではできないけど、けど私はそれが必要な事だと考えてる。」
「分かった、すぐに戻しに行く。」
「みんなすぐに旧笠歌病院に行こう。」
「おう。」
彼らはそう言うと俺達を置いてファミレスから出て行ったのだった。
「なるほどな、それで俺に一緒に来てほしかったのか。」
「うん、警部であるお兄ちゃんの方がこういう時に説得力があるからさ。」
「だけどこれで秋江さんは元に戻るのか?」
「うんたぶん大丈夫だと思う。秋江さんに取り憑いていた霊は強い霊ではあったけど悪い霊ではないみたいだから、ちゃんと筋を通せば分かってくれると思う。」
「そうか、ならいいんだが。」
それから数時間後、秋江さんが元気を取り戻し元に戻ったと秋江さんのお母さんから連絡をもらったのだった。