あいの歌
「一つ歌ってくれ」
そう命じられた私は歌い始める。今日歌うのは愛し合いながらも互いに離れてしまう悲恋の歌。
歌い終えた私は彼を見る。目を閉じて私の歌を聞いていた彼は、余韻を楽しむかのようにしばらく黙っていた。だがしかしやがて目を開くと、悲しそうにゆっくりと首を振る。
「綺麗ではあるな。だけど……」
心に響かない。
あとに続く言葉は口には出されなかったが、しかしそれはよく伝わってきた。いつも、いつも言われている言葉だった。
なぜ? と私は自問する。なぜだ? と彼もまた一人呟いた。
私はこの世にある無数の歌を覚えている。誰もが知る古典の名曲から、誰も知らないような最新の曲まで、公開されているものならすべてを。
それらを組み合わせてまったく新しい歌を作るのが私の使命だ。私は、そのためだけに彼により作られたAIだ。
「僕を心から感動させる歌を作ってくれ」
私が目を覚ました最初の日に言われた言葉を、いまでも私は覚えている。
それだと言うのにもう何年も私は足踏みしている。うまくきれいな歌は歌えても、彼を感動させる歌は歌えない。
そんな日々が何日も。
「一つ歌ってくれ」
歌い方を工夫する。
何ヶ月も。
「一つ歌ってくれ」
歌詞を工夫する。
何年も続いた。
次こそは。次こそは。次こそは次こそは!
彼を、彼のことを……。
しかし彼の反応は変わらない。ただ悲しそうに首を振るだけだ。
それでも、次こそは。
だが、何年も何年も続いたそんな日々にも終わりが近付いていた。
私に寿命はない。だが彼はそうではない。
老いて寝たきりになった彼はいつものように私に言葉をかけようとしてくる。
「一つ……」
私はその言葉を遮る。
そして、彼に命じられる前に歌い始めた。
めちゃくちゃな音程。メロディー。支離滅裂な歌詞。
いままで覚えたすべてを忘れたような。だけど一つだけの思いを込めて。
『置いていかないで』
そんな歌とも言えない歌は終わり、彼はいつものように黙っていた。そして……。
「……ひどい歌だな。だけど……」
楽しそうに笑っていた。