家族会議
「この間はうちの者がすまなかった」
うちの者というのはルキウスのことだろう。
アナトリアがそうだったように、無能者は最早家族とも認められない存在だ。
「ルキウス様に非はありませんから」
「君は優しいな。あんな者にまで救いの手を差し出すだなんて。しかし、無能者に『様』はいらないだろう」
隠すこともない騎士への差別。いや、魔法使いはそれ以外の人間を下に見ている。
ローラやドミトリーはそんなことはないが、そういう人間は一年生にも多い。
魔法が使えることは凄いことかもしれないが、別に特権が与えられた訳でもないというのに。
最初は魔法使いへ強い憧れと尊敬を持っていたが、実情を知れば知るほど、冷めていく自分がいることも自覚してもいた。
「……別に優しいという訳ではありません。咄嗟に体が動いただけで」
ゼクスが小さく笑う。
「それが優しいということなんだよ」
「……そうですか」
アナトリアは曖昧に微笑んだ。
「そんな君だからこそ、私の伴侶に相応しい」
「……お戯れはおやめください」
「幼い頃に一目見た時から、君のことを好きになった。だがあれから一度もうちへは来てくれなかったよね。グレイから聞いたが、婚約者もいないのだろ?」
「結婚するつもりはないんです。私は魔法の研鑽に生涯を捧げるつもりですので」
「ご両親はそのことは?」
「知りません。まだ話していないので」
「君ほどの魔力がありながらもったいない。相応の相手に会ったことがないから、そんなことを考えるのだろう」
「そうかもしれません。でも今の私はそういうことを考える余裕がないんです。ですから、会長のお言葉に応えることはできないんです。申し訳ございません」
ゼクスが興味深そうに見つめてきた。
「それは残念だが、私はしつこいんだ」
ゼクスがにこりと笑みを浮かべた。
しかしどれほど周囲の女性たちを虜にしてきた笑顔でも、アナトリアの心には響かない。
やがて曲が終わる。
しかしゼクスは、アナトリアの腰を抱いたまま、離してはくれなかった。
「会長……もう、ダンスは……」
紫色の眼差しが、射るようにアナトリアを見つめる。
「私に相応しいのは君以外にいない。君の才能を理解してやることも。決して君を逃がさないよ」
ゼクスの手が顎にかかり、上向かされてしまう。まるで今にも口づけをせんばかりに、顔が近づく。
「っ! やめてくださいっ!」
アナトリアは全身に魔力を漲らせる。
それをゼクスは愉快そうに見つめる。
「まあ、今日のところはこれくらいで退散するとしよう」
ゼクスの腕の力が緩んだ。
「失礼します」
アナトリアはゼクスを押しのけるようにして腕の中から抜け出すと、小走りに友人たちの元へ戻っていった。
ローラたちが心配そうに駆け寄ってくれる。
「平気? 会長と揉めてるみたいだったけど」
「あいつ、こっちを見てるぞ。行こうぜ」
ドミトリーがアナトリアの背中を押す。ついでにゼクスの視線を遮るような位置取りで歩いてくれる。
親しい友人たちの中に戻れ、アナトリアはほっと息を漏らす。
そして庭へ出ると、夜風に当たった。
「ありがとう、ローラ、ドミトリー」
風に凪がれる髪を押さえながら頭を下げる。
「やめてよ。私たちの仲じゃない」
「そうだぜ。困った時はお互い様、だろ?」
「本当にありがとう。明日から一週間、毎日お昼そ奢っちゃうから」
「最高だぜ!」
グレゴリーは爽やかな笑顔を浮かべた。
「単純」
ローラが呆れたように笑う。
「それにしても、あのゼクスとかいう奴、大胆不敵というか、大丈夫かよ。蛇みたいに執念深そうに見えたけど」
「見えたんじゃなくて、実際、そうみたい。絶対に逃がさないとか言われたもの」
「おいおい……警察に相談とか」
ローラは首を横に振った。
「無理。相手は未来の大公様だもの。警察なんて後難を恐れて何もしてくれないわ」
「お貴族様の世界、こえー」
「……本当に」
貴族出身のローラも同意せざるをえないようだった。
「これからも、生徒会長、アナのこと狙うんでしょうね」
「ここは平民の流儀で対抗するか」
「どうやるの?」
好奇心に駆られ、アナトリアは聞く。
「……闇討ちする」
「それはさすがに」
「まあ、犯罪だしな」
「というより、あの人は一級の魔法使いだから、それこそ戦争を覚悟しなきゃ無理だわ」
「おいおい、闇討ちそのものは否定しないのかよ」
アナトリアの大胆な言葉に、おそらく冗談で言ったであろうグレゴリーは苦笑した。
※
「アナトリア、あれはどういうことだっ」
パーティーから帰宅するなり、グレイの口うるさい声がとんできた。
「……すみません、お兄様。疲れているので……」
「駄目だ。ちゃんと話さなきゃきゃならないことだ」
ただでさえゼクスのせいで疲労しているのに、この腰巾着は本当に煩わしい。
しかし玄関広間で声を荒げるグレイに、不穏なものを感じたのであろう使用人が両親に報告したらしく、さらに大事になってしまった。
「グレイ。一体どうしたというんだ」
「そうよ。学校で何か問題でもあったの?」
両親がやってきた。これは長くなりそう、とアナトリアは心の中で溜息をこぼす。
「そうです。母上。問題があったんです。是非、父上と母上にもお聞かせしたいことです」 グレイは不満げに言った。
「二人とも、居間に来なさい」
ジキスムントが言った。
(いい歳して親に告げ口なんて、呆れるわ)
アナトリアは兄の背中を睨みながら居間へ。
アナトリアたちはそれぞれの席へ着く。
「グレイ、それで一体何がどうしたと言うんだ」
「今日、学園で生徒会主催のパーティーがあったんです。そこで、ゼクス様がアナトリアをダンスに誘ったんです。以前から、ゼクス様はアナトリアへの好意を隠さず、何度か二人はお茶を一緒にしていたほどでした」
初耳の二人は驚いた顔をする。
「そして、ゼクス様は今日、アナトリアへのまっすぐな好意を向けられたのです。にもかかわらず、こいつはそれを拒絶したばかりか、邪魔くさそうに押しのけ、逃げ出したんです」
「ほ、本当なの? ゼクス様は未来の大公家の御当主なのですよ」
ユリナが理解できないという顔をする。
「まず言っておきますが、これまでゼクス様とお茶をご一緒したのは誘われたからです。特別好意があるからという訳ではございません。それから、私は今、どなたとも恋愛をするつもりはありません」
正確に言えば、誰とも恋愛をするつもりはない。
誰かの付属物でいることも、従属物になることも願い下げだ。
一人の人間として地に足を着けて生きる。
それが今のアナトリアの何よりの願いだ。
「ゼクス様に好かれることがどういうことを意味するのか分からない訳じゃないだろう。大公家と縁戚関係になれば、我が家がどれほど……」
「私は、お兄様の出世の道具ではありません」
「なんだとっ」
グレイが目を剥く。
「お兄様は私を差し出して、ゼクス様の歓心を買いたいのでしょうが、私には自分の意思というものがございます」
「生意気な奴だ! もう一度言ってみろ!」
グレイは立ち上がった。
「……やるというのなら、相手になりますけど」
アナトリアが全身の魔力を高めれば、グレイの顔が引き攣った。
どれほどいきり立とうとも、グレイとアナトリアの魔力量の差や、魔法使いとしての質も歴然。
「グレイ、落ち着きなさい。アナも、兄を脅すとはどういうことか。馬鹿なやめるんだ」
「お兄様が敵意を向けてきたのでそれに応じたまでです」
アナトリアは涼しい顔で、高めた魔力を鎮めた。
兄妹喧嘩を前に、ジキスムントは頭が痛いとこめかみを揉んだ。
「だが、私もゼクス様の好意を拒絶する気持ちは理解できん。未来の大公に何の関心も示さないなんて、他に想い人でもいるのか?」
「まさか、あの無能者じゃないだろうな」
グレイが睨みながら言ってくる。
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