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王立騎士団

 放課後は友人たちとカフェに出かけるのも日課になり、その日もいつものように学園生がよく利用する帝都の目抜き通りのカフェでお茶をする。

 その時、通りが俄に騒がしくなると同時に、聞こえてきた歓声に顔を上げた。


「騎士団じゃない」


 一緒にいたクラスメートの女子が呟く。

 民たちから声援を送られる先にいたのは、騎士たちだった。

 王立騎士団。

 王家直属の騎士たちだ。彼らの主任務は、主に魔物の討伐や山賊の捕縛などの治安維持。

 騎士団たちを率いて先頭を行くのが、ルキウス。

 それは逆行前、妖精の愛し子として誰からも注目を浴び、貴族社会の中心にいたはずの貴公子だった。

 しかし今彼のまとう銀色の鎧は、魔物の血で薄汚れている。

 それでもその怖ろしいほどに整った顔立ちは、記憶にある頃のまま。

 学校に通うようになって驚いたのは、魔法使いが想像していた存在とは違っていたということ。

 魔法使いは国の為に魔物討伐を行うことも使命だと思っていたのだ。

 しかし魔法使いからすれば自分たちはあくまで国同士の争いのような重大事の時にのみ動くべき存在で、魔物討伐のような雑事は騎士にでもやらせておけ――そういう考えが当たり前だったのだ。

 それを知り、アナトリアは衝撃を受けた。

 なぜなら逆行前、ルキウスは魔物討伐に出立する騎士たちを支援するため、何度も遠征に同行していたからだ。

 だからこそアナトリアからすれば魔法使いにとって魔物の討伐も大切な務めのうちの一つと信じて疑わなかった。

 そして遠征が終わると、ルキウスは騎士たちを領地へ招き、ささやかな晩餐を催して労っていた。

 あの時はどうして騎士たちがそこまで喜び、時に涙するのか分からなかったが、今なら分かる。

 彼らからすれば、魔法使いたちから雑に扱われ、犬と言われて蔑まれる自分たちのことを、当代随一の魔法使いのルキウスだけが尊重し、労ってくれる事実が嬉しかったのだ。

 魔力を持たない国民は自分たちに身近な騎士こそ英雄と褒めそやすが、魔法使いたちからすればどうでもいいことを成し遂げた程度で、と騎士団だけでなく、騎士団を賞賛する国民を含め、小馬鹿にしていた。


「おい、犬ども! 褒められて調子に乗ってるんじゃねえぞ!」


 その時、騎士たちの前に学園の制服姿をまとった男子が三人ほど突然、飛び出す。

 ルキウスは馬を止め、隊列を組む部下たちにも止まるよう指示を出した。


「何だ」


 ルキウスは鋭い眼差しを、学生たちに注ぐ。


「偉そうに上から言ってるんじゃねえぞ! 降りろよ、犬!」

「そうだ、犬らしく這いつくばって、どいて下さいと懇願しろ! そこまでしたんなら、考えてやる!」

「なにあれ」

「馬鹿じゃない?」


 騎士団を馬鹿にしている女子たちも、わざわざ進路を妨害する男子たちには呆れたように、失笑をこぼす。

 ルキウスは身軽な動きでひらりと、馬から下り、生徒たちに近づく。

 馬から下りても尚、百九十近いルキウスの上背は存在感があり、男子生徒たちがひ弱に見えるほどだった。


「これで満足か?」

「這いつくばれ、聞こえなかったか?」

「妨害しているお前相手にそこまでしてやれる義理はない。俺たちは忙しいんだ。どけっ」

「な、なんだ、お前! その口の利き方は。偉そうに! 無能者の分際で! 俺たちは魔法使いだぞ!?」

「だから何だ」

「てめえ! 犬なら犬らしく地面を這い蹲ってろ!」


 魔力の気配に、肌がひりっとした。


(嘘でしょっ)


 こんな往来で魔法を使うなんてどうかしている。

 学生の一人が手の中に炎を生み出し、それを放つ。


(危ない!)


 咄嗟のことだった。

 アナトリアは雷魔法を唱えると、ルキウスに炎がぶつかる直前に雷で魔法を相殺させた。

 沿道で騎士たちの機関を見ていた見物人たちは慌てふためき逃げ出す。そして自分の魔法を打ち消された学生は顔を真っ赤にし、アナトリアを睨み付けてきた。


「邪魔するな!」


 アナトリアはずんずんとその学生に向かって歩いていく。


「ここは街中……それも、魔物を討伐してきた騎士に魔法を使うなんて何を考えてるのっ」


 学生である以上は、妖精の愛し子と呼ばれているアナトリアの顔を知らないはずがない。

 案の定、相手がアナトリアと気付いた男子たちは顔を引き攣らせ、「行くぞ」と囁きあいながら、逃げるように去っていった。


 アナトリアは踵を返すと歩き出す。


「ありがとう」


 その背に、ルキウスから感謝の言葉が投げかけられた。


「……いいんです」


 言葉少なに答えると、アナトリアはもうお茶を楽しめるような状況でなくなったので、お金を置いて一足先に帰宅することにした。



 数日後、アナトリアたちは生徒会主催のパーティーにローラやドミトリーたちと参加していた。

 学園では学年を問わない催しが定期的に開かれ、将来のエリートである学生たちを慰労することになっていた。

 そしてこの場では、数日前の騎士団と学生の悶着をアナトリアが収めたということが話題になっていた。


「すげえよな。アナ、また話題を提供したな」


 ドミトリーが笑みまじりに言った。


「別にそういうつもりはなかったわ。ただあまりに非常識だったから……」


 一緒にカフェにいて一部始終を見ていたローラは、「あれはどう考えてもあの連中が悪い。騎士に魔法を使うんてどうかしてるわ」と言った。


「噂じゃ、あの一件のせいで連中、停学になったらしいぜ。馬鹿だよなぁ」

「当然ね」

「もうその話はやめにしましょ。せっかくのパーティーなんだもん」

「それじゃあ、アナ。俺と一曲踊ってくれるか?」


 ドミトリーがウィンクをして手を差し出してくる。


「遠慮するわ」

「えー。そこは大人しく受けれる流れじゃねえのかよぉ」

「ダンスは苦手なの」


 ドミトリーはローラに目を向ける。


「じゃあ、お前だ」

「じゃあってなによ、じゃあって。遠慮しますっ」

「はあ? 可愛くねえな」

「可愛くなくて結構よ。ローラ、あっちで何か食べましょう」

「――ちょっといいかな」


 そこへ現れたのは生徒会長のゼクス。

 人好きのする笑顔を浮かべ、その熱っぽい眼差しをアナトリアに注いでいる。

 入学式の当日に声をかけられてからゼクスとは何度かお茶に誘われ、しぶしぶ時間を共にしていた。

 もちろん本意ではなかったが、学内で揉め事を作りたくないし、兄にも睨まれたくなかったので仕方なかった。

 ゼクスはその端正な容貌と魔力の強さ、そして次期大公。

 これで女性たちが放っておく訳がない。

 女性には事欠かないというのに、ゼクスはなにかとアナトリアを誘ってくる。

 そのせいで女性陣からの嫉妬で困っていたりする。

 この間など上級生からゼクスに色目を使うなと言われてしまった。

 もちろん色目など使ってはいない。

 それどころかこうしてゼクスに誘われるのは正直、迷惑だった。

 どれほど容姿に優れ、魔法の才能があろうとも、アナトリアからすれば逆行前の印象が拭えない。

 逆行前とはアナトリアへの接し方が変わったと言っても、人間そのものが変わった訳ではない。

 逆行前に見せた、あの嫌味ったらしい人間性は変わっていないはず。

 ただ相手は生徒会長で大公家の後継者。無下にする訳にもいかない。


「一曲、どうかな?」


 手を差し出される。


「……私で良ければ」


 その自信満々の笑顔に、アナトリアは引き攣り気味の笑顔を覗かせ、その手を取る。

 どうせ断ったところで様々な理由をつけられ誘われるのだから、さっさと躍って、終わらせてしまったほうが話が早い。

 それ以外にアナトリアに出来ることなどない。


(また明日、色目を使ったとか言われそうだわ)


 こぼれそうになる溜息を飲み込み、ダンスフロアの中央へ出て行く。

 ゼクスのリードで踊りはじめる。

作品の続きに興味・関心を持って頂けましたら、ブクマ、★をクリックして頂けますと非常に嬉しいです。

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