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学園の日々

「なんだよ、アナ。ちゃんと笑えるじゃんか」

「え?」

「入学式の挨拶の時も笑顔だったけど、なーんか作り物めいてたからさぁ。お貴族様ってそんなもんなのかなって思ってたんだけど、はぁ、やっぱ同じ人間なんだな。なーんか安心したぜっ」


 はじめて言われた言葉に、アナトリアはどう反応していいのか分からない。

 アナトリアとしては普通に笑っていたつもりだったんだけど。


「ちょっと、あなたこそ貴族を差別しないでよ」

「差別じゃねえよ。貴族なんて連中と会ったからびっくりしてただけだって」

「ドミトリー。もう満足したでしょ。さっさと自分の席に戻って」

「席はここなんだよなぁ」


 ドミトリーは、アナトリアの後ろの席に座った。


「アナ、席交換する!?」

「だ、大丈夫……。ね、ローラ、聞きたいことがあるんだけど」

「私で分かることなら何でも答えるよっ」

「生徒会長なんだけど」

「ゼクス様でしょう。すごいわよね。さすがは公爵家の方って感じ! ちょっと冷たい雰囲気も素敵でぇ」


 ローラはうっとりとした顔をする。


「そ、そうね。でも、生徒会長ってルキウス様じゃないの……?」

「ルキウス?」


 ローラが不意に奇妙な顔をする。

 何か変なことを言ったしまったのだろうか。


「ええ、ルキウス様がどうして生徒会長じゃないのかなって」


 ローラが笑い出す。


「な、なにか変なこと言った?」

「だって、ルキウスって無能者でしょ? そもそも学園にすら入れないのにどうして生徒会長になれるの?」

「……む、無能者……? ルキウス様が……?」


 信じられず、思わずオウム返しをしてしまう。


「そうよ。知らなかった?」

「え、ええ……」


 子どもの頃に一度公爵家を訪ねて以来、アナトリア公爵家とはできるかぎり関わり合いになりたくないと意識して情報を耳に入れないようにしてきたのだ。

 そんなアナトリアを慮ったのか、両親も二度と公爵家へ連れて行くこともなかったから、ルキウスが無能者だなんて知るよしもなかった。


(また逆行前と違う……)


 アナトリアが魔力を得たことと、ルキウスが無能者であること……。

 そして今のところ、アナトリアとルキウスのことだけが、逆行前と異なっていた。

 それ以外は逆行前と、何も変わらないというのに。


(どうしてこんなことに……)


 しかしいくら自問しても、答えが出るはずもなかった。


「平気?」


 心配そうに顔を覗かれる。


「へ、平気……」

「アナ、ルキウスってやつ、知り合いなのか?」

「子どもの時に一度会っただけ」

「ふうん。じゃあ、なんでそんな気にするんだ。あ、もしかして初恋の相手とか?」

「そんな訳ないでしょ? 無能者に恋なんて」


 ローラが笑う。

 そう、これが無能者に対する一般的な反応だ。ローラはいい子だ。特別意地が悪いわけではない。逆行前に無能者だったアナトリアは胸は苦しくなってしまう。


「別に魔法なんて使えなくたっていいだろ。俺だってこれまで付き合ってきたのは、魔法が使えない連中ばっかりだぞ」

「みんながみんな、そうじゃないの」

「お貴族様っての、楽な世界じゃないんだなぁ」

「みんな、席につきなさい」


 担任が現れた。

 入学式当日はオリエンテーションだけで半日で授業が終わる。


「アナ、これから用事がある?」

「ないわ」

「だったら、カフェに寄らない?」

「ええ、いいわね」

「カフェか、洒落てんなぁ。ま、いっか」

「……あんたには言ってないんだけど」


 ローラがじっとりとした目で、グレゴリーを見つめる。


「いいだろ。近い席同士、交流を深めようぜ。アナ、いいよな」

「う、うん」

「ちょっと、アナが断らないからって……」

「じゃあ、お前は別のやつ誘えよ。俺はアナとカフェに行くから」

「あんたと二人きりになんてさせられるはずないでしょっ」


 ローラとグレゴリーは睨み合う。

 アナトリアは苦笑し、「まあまあ」と二人をなだめる。

 と、教室がざわつく。


「アナ!」


 顔を上げると、兄のグレイだった。


「誰だ、あいつ」

「……お兄様よ。ちょっと行ってくるから」


 二人に告げ、兄の元へ向かう。


「お兄様、どうかなさったんですか?」

「こっちだ」


 付いて来いとグレイに誘導されて向かった先にいたのは、ゼクスだった。

 生徒会長は生徒の中ではまるで、学園の王様扱いだ。

 実際、廊下を行き交う生徒たちは王様の登場に、遠巻きにしてひそひそと囁きあっている。

 グレイはそんな生徒たちに睨みつけると、生徒たちはそそくさと去って行った。

 どうやらグレイは、ゼクスの腰巾着をしているみたいだ。

 同級生なのにおかしな話だ。


「子どもの頃以来、だね。アナトリア」


 ゼクスは柔らかな微笑をたたえる。

 子どもの時の悪ガキめいた印象はなりをひそめ、すっかり大人の男性で、蜂蜜色の髪を後ろ出ゆるく束ねている。


「そうですね。ゼクス様」


 ゼクスとは結婚式、そして少し帝都にいた頃に数度顔を合わせたことがあった。

 どちらも冷ややかな眼差しを向けられ、『無能者か、我が家に入るなんて、本当に兄上は我が家を貶めるつもりなのかっ』と吐き捨てられた。

 あの時は突き刺さるような悪意にただ目を伏せ、結婚を望んだのは自分ではないのに、と唇をきつく噛みしめることが手一杯だった。


(でも私はもう無能者じゃないっ)


 アナトリアは逆行前の記憶のせいで怯みそうになる自分を叱咤するように顔を上げ、今はあの時とは全く違う柔らかな眼差しを見返す。


「新入生代表の挨拶、すごく良かったよ」

「ありがとうございます。ゼクス様の挨拶もとても良かったと思います」

「ありがとう」

「ゼクス様からこれからお茶のお誘いだ。行くぞ」

「すみません。私、これから友人たちとの先約がございますので」


 アナトリアは、グレイの言葉を遮るように言った。


「おい。ゼクス様がわざわざ……」

「やめろ、グレイ。先約があるのなら仕方ない。また後日、誘おう。その時はもちろん受けてくれるよな?」

「もちろんです」


 アナトリアは頭を下げ、ゼクスを見送る。

 グレイは苛立った表情を覗かせたが、立ち去るゼクスを追いかけて行った。

 ローラと、グレゴリーが近づいて来た。


「アナ、ゼクス様のお誘いを断っちゃって良かったの?」

「いいも悪いもないでしょ。だって、二人との約束が先だったんだから」


 グレゴリーが笑みを浮かべ、口笛を吹く。


「上級生にもガツンと言えるなんて、気に入ったぜ!」

「あ、ありがとう……?」

「じゃあ、行こっか。余計なやつもいるけど」


 ローラはじとっとした視線でグレゴリーを一瞥すると歩き出す。

 アナトリアはその後を追いかける。



 魔法の発動には魔法陣と呼ばれるものが不可欠だ。いくつもの図案と古代語を組み合わせた不思議な形をした図形。普通学生であれば魔法陣を描いた紙や身近な道具に刺繡などするのが一般的だ。しかしアナトリアはすでにその段階は小さな頃に終えている。

 今は手練れの魔法使いがそうするように頭の中で魔法陣を思い浮かべ、そこに魔力を注ぎ込むというイメージを描くだけで魔法を使うことができる。

 傍から見れば、何をしているのだろうと思える光景だが、魔法使いならば、アナトリアの体内にある魔力が高まっていくのを感じ取ることができるはずだ。


「――雷よ!」


 アナトリアの詠唱と共に、紫色の雷撃が標的であるゴーレムを貫く。

 ゴーレムを動かしていた核を一瞬で貫いたことで、小山のように大きいゴーレムはたちまち元の土の塊へと戻っていった。

 見守っていた教師が拍手する。クラスメートたちもそれに倣う。


「素早い解析、そして正確な攻撃魔法……さすがはアナトリアだ。みんなも、アナトリアの魔力の使い方をよーく見て学びなさい。実力は及ばずとも魔力の使い方は参考にすることが多々あるぞ!」


 アナトリアはクラスメートたちのもとへ戻っていった。


「さすがね、アナだね。格好いいっ」

「ありがと」


 ローラからの呼びかけに、アナトリアは笑顔で応えた。

 入学して半年が経とうとしていた。

 学園生活は毎日が充実している。

 座学も実技もどれもこれもとても楽しい。

 初日に親交を深めたローラやグレゴリーだけでなく、他にも友人ができた。

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