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魔法学園

 その言葉にドキッとした。それは逆行前、はじめてルキウスと会った時に、アナトリアが尋ねたことと同じだったから。


「気分、ですか?」

「はい。できないことが、できるようになるってどんな気持ちなのかなって」

「とても素敵なことです。でも……その一方で責任もあるので」


 自然とアナトリアは言っていた。それはルキウスの答えと同じだった。


「責任?」

「はい。強い力を持つからこそ、それを正しく使わなければいけないと……」

「たしかにその通りですね。アナトリア嬢はまるで大人のようにしっかりと物事を考えられるのですね。さすがは妖精の愛し子だ。精神も大人びているんですね」


(違うわ。全部、あなたが私に話してくれたことなのよ、ルキウス様)


 そしてそんな彼のようになりたい、それが無理なら少しでも近づけるように頑張りたいと、当時のアナトリアは思った。

 ルキウスは初恋の人だった。

 でも無能者と嘲られる日々を送り、愛のない、捨て置かれるだけの結婚生活を経験した今、アナトリアにとってルキウスと一緒にいることは、苦痛そのもの。


「……顔色が優れないようですが、平気ですか?」

「ご、ごめんなさい……ちょっと」

「いいんです。すぐに戻りましょう」



 大公家からの帰りの馬車。

 アナトリアは呆然としながら、夕焼けに染まる景色を眺めていた。

 どれだけ考えても、逆行前と状況が変わったことが理解できない。


(まるで私とルキウス様の立場が入れ替わってしまったみたいな……)


 そんなことありえないが、アナトリアが知っている歴史と違うことが展開されていることに戸惑いを感じてしまう。


「アナ。実はね大公様から素晴らしい話を頂いたんだよ」

「……な、何ですか」

「実は大公様から、ルキウス君との婚約をどうかと言われてね」

「嫌です!」


 日頃決してわがままを口にしないアナトリアの悲鳴にも似た叫びに、夫妻は驚いたように顔を見合わせた。


「一体どうしたんだ。庭を見に行った時、何か意地悪をされたのか?」


 ジキスムントは確認を取るようにグレイを見た。


「何にもなかったと思う。話してただけだから」


 息子の証言に、ジキスムントはますます怪訝な顔をした。


「それならどうして」

「婚約よりも、もっと魔法を上達したいの。余計なことは考えたくない。お父様お願い。婚約なんて嫌っ!」


 母親のドレスに縋り付くアナトリアの取り乱しように、「分かった分かった」とジキスムントは娘をなだめるように言った。


「一体どうしたのかしら」


 ユリナが不安そうに眉を顰めた。


「分からないが、ここまで本人が嫌がっているのを無理矢理させるのもな」

「ですが、相手は大公家ですよ。これ以上、素晴らしい縁談は他にありません」

「……しかし、妖精の愛し子だぞ。大公家どころか、もしかしたら王家との縁談も夢ではない」


 アナトリアの思いなど知る由もない両親はそんな言葉を交わす。

 もう今世は誰にも嫁ぎたくない。

 誰に縛られることなく自由に生きたかった。

 逆行前は無能者だったが、今は妖精の愛し子とまで言われている。この力さえあれば、誰に頼ることもなく生きられる。

 帰宅したアナトリアは家庭教師に師事する以外の時間もますます、魔法の研鑽に没頭していくのだった。



 十五歳を迎えたアナトリアは、逆行前、夢にまで見た、帝都にある魔法使いの養成学校である王立魔法学園に入学することができた。

 公爵家の領地から帝都までは数日かかるが、国から特別に使用が認められた転移門のお陰で、屋敷から学園までわずか数分で到着することができる。

 学校は三年制。

 貴族だけでなく、稀に現れる魔法の素養を持った平民にも門戸が開かれる、帝国随一の魔法使いの教育機関だ。

 制服は男子は黒いローブにネクタイ、パンツ、女子は黒いケープにリボン、スカート。

 下ろしたての制服に何度も触れる。この制服にどれだけ憧れていただろう。

 制服に袖を通した姿を姿見に映すアナトリアは、うっとりした顔で鏡の中の自分を見つめていると、メイドから声がかかった。


「お嬢様。そろそろお出になりませんと遅刻していまいます」

「そうね」


 アナトリアは部屋を出ると両親に挨拶に向かう。

 両親は進学を喜び、多くの親がそうするように抱きしめてくれる。

 逆行前のことは今もまだ忘れられない。これは一生傷となって残り続けるだろう。

 たとえ両親がそんな記憶がなかったとしても。

 それでもアナトリアはどうにか、両親からの愛情を受け取れる振りができるところまでになれた。


「お父様、お母様、行って参ります」


 子どもの時よりもずっと自然に出来るようになった、形ばかりの笑顔を両親に向け、二人に見送られて馬車に乗り込んだ。

 入学式当日は、雲ひとつない青空が広がる。

 そして入学式で、アナトリアは新入生代表として挨拶を行った。

 大人数の前で話すなんてはじめてのことで緊張したが、晴れがましい気持ちが勝った。

 逆行前では叶わなかった夢の一歩をついに踏み出したのだから。

 緊張でガチガチになりながらも代表挨拶を終えると、拍手を浴びながら自分の席へ戻っていく。


「……続きまして、生徒会長の挨拶……」

「!」


 ぎくりと体を強張らせる。

 学園は実力主義だ。家柄も何も関係なく、魔力の強弱で何もかもが決まる。

 新入生代表の挨拶が入試の優等生が行うのと同様、生徒会長も魔力で決まる。

 そして、当然ながら、在校生で最も強い魔力を持つのは、ルキウス。


「――ゼクス・エルタシア・クラウディウス」


 ゼクスが壇上に上がり、「新入生の皆さん……」と話し始める。


(どうなってるの?)


 なぜ彼なのか。なぜ、ルキウスが生徒会長ではないのか。

 アナトリアは呆然として、ゼクスの言葉に耳を傾け続けるのだった。



 入学式が終わると教師自身の引率の元、それぞれのクラスへ向かえば、座席表を元に席に着いた。

 アナトリアは窓際の半ばの席。

 席に着くと、前にいた栗毛の少女が振り返った。

 くりくりとした瞳の子犬を思わせる子だ。


「はじめまして」

「あ、はじめまして」


 アナトリアはやや緊張の面持ちで、頭を下げた。


「私、ローラ・ハスル・バレンティ。よろしくね」


(バレンティ伯爵家だったかしら)


 バレンティ伯爵家は貴族ながら実業家としても成功している家だったはず。


「私は……」

「アナトリアさんでしょ。知ってるよ。六歳で魔力に目覚めたんでしょ? まさか妖精の愛し子と一緒の教室になれるなんて、すごく光栄だわ!」

「あ、ありがとう……。ローラさん、私のことはアナでいいわ。みんなそう呼ぶから」

「本当? じゃあ、私のことはローラでいいからっ」

「よろしくね、ローラ」

「よろしく、アナ」


 ローラが差し出してきた手を握る。


「じゃあ、俺もよろしくしていいかな?」


 そこへ顔を出したのは、短く刈り込んだオレンジ色の髪に、やたらと鋭い目つきの青年が立っていた。

 新入生にしてネクタイを緩め、早くも制服を着崩している。


「新入生代表と同じクラスなんて最高だ。俺、ドミトリー・ジヴォスキー。よろしくな」

「よろしくお願いします。私はアナトリア……」

「アナ、でいいんだろ? 話聞いてたから」

「ちょっとあなた、いくら何でも無礼すぎないっ」


 ローラが表情を曇らせた。


「おいおい、俺が平民だからって差別するのか」

「ちょ……誰もそんなことは!」

「冗談だって、ローラ」

「呼び捨てにしないで。あなたに許可は出してないわよっ」

「なんでだよ。アナにはいいって言ったくせに。俺が平――」

「だから違う。あなたは男でしょ。男に馴れ馴れしくされる覚えはないっていうこと。アナ、こんな奴に馴れ馴れしく呼ばせないほうがいいよ。こういうチャラついた男は、図に乗るんだから」

「ひっでー」

「ぷっ」


 二人の賑やかなやりとりに、アナトリアは思わず吹き出す。

作品の続きに興味・関心を持って頂けましたら、ブクマ、★をクリックして頂けますと非常に嬉しいです。

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