EP.7-猫人族-
北の森へ向かったユリとミーロの二人はミーロを先頭にスキル『索敵』を使用しながら目的地である泉を目指して慎重に進んでいた。
「どうミーロ?普段の森を比べて何か変わった事はあった?」
ユリは今回の依頼内容は森の調査なので森に詳しいミーロに森に変化が無いか聞いてみた。
「うーん…いつもの森に比べると動物が少ないぐらいですかね。私も詳しくは無いですけど、ゲートって強力な魔物が一匹だけ出現して終わりの時と、ゲートから最初に出現した魔物を倒した後も弱い魔物が出現し続けるパターンがあるらしいので今回のゲートでは他の魔物は現れないかもしれませんね」
ゲートにそのような違いがあった事には驚いたが、つまり他の冒険者ギルドが討伐している魔物がミーロの言う後者のゲートから出てくると言う魔物なのだろう。
「そうだったら良かったけど…ミーロ、気づいた?」
ユリの言葉にミーロは首を縦に振った。
「!…はい、前に方向、恐らく泉の辺りで生き物の反応が複数あります」
ユリとミーロはほぼ同時に『索敵』に引っかかった生物を認識した。
「ミーロは僕の後ろに隠れて、慎重に進もう」
ミーロはユリの背後に回り、周囲を警戒しながら泉の方向へと進んだ。
「そろそろ泉の場所です。音からして何かが争っていますね…」
「誰かが襲われているのかもしれない、僕が確認してくるからミーロは『隠蔽』で隠れてて」
魔物同士で争っていたり、動物が暴れているだけかも知れないが人が襲われている可能性もある。
「ユリなら大丈夫だと思いますけど気を付けてくださいね…」
ユリは身を屈めて音のする泉へ近づくとゴブリンが複数体おり、何かを取り囲む形で戦闘をしているようだった。そして一匹のゴブリンが取り囲んだ何かに飛び掛かった。だがその瞬間ゴブリンは顔に大きな三本の引っ搔き傷を作り大きく吹き飛び、そのゴブリンに気を取られた周囲のゴブリンが怯んだ一瞬の隙に残りのゴブリンも同じように引き裂かれて倒れた。
「はぁはぁ…ここはどこにゃ…知らない森だしゴブリンも襲ってくるし、散々だにゃあ…」
ゴブリンが取り囲んでいたのは見覚えのある姿、タイソレのゲーム内では中立モブである猫人族だった。だが勿論ゲーム内では自我などは無いNPCだったはずだ。プリズンオーガやこのゴブリンがゲームのシステム通り動かずに自我を持って行動しているようにこの猫人族も自我を持っているようで、しかも他のモンスターと違い理性があるようだ。
「あの、大丈夫?」
ユリはとりあえず接触するために猫人族に声をかけた。
「に”ゃあ”!?何者だにゃ!…って人間の女の子?丁度良かったにゃ!ここはどこだか分かるかにゃ?猫人族の里の近くだと思うんだけどにゃ…」
猫人族の里とはタイソレのゲームにおいてその名の通り猫人族が生息しているフィールド名のひとつだ。話が出来るゲームの関係者ではあるが、相手はプレイヤーでは無くNPCなのでプレイヤー目線で話しても通じないだろう。
「猫人族の里…ここはアプル村の北にある森だよ?猫人族の里って言う所がこの辺りにあるなんて聞いてないね」
「そんにゃ…でも確かにこの辺りの匂いは嗅いだことが無いにゃ…」
この猫人族に聞けばなぜゲートと呼ばれている現象でタイソレのモンスターが出現している理由が分かるかも知れない。
「僕はこの泉までゲートの影響で魔物が森に生息していないかの調査に来たんだよ、あなたがここに居るのと関係があるかもしれないから覚えている事があったら教えてくれないかな?」
「うーん…ゲートって言うのは知らないけどにゃ…」
その後ユリは猫人族の女性からここに至るまでの話を聞いた。彼女が言うには猫人族の里では毎日が同じことの繰り返しの生活をしており、ある時猫人族の里の外に不思議な霧が見えた。その霧を見た途端に今まで感じた事の無い感情に襲われて初めて里の外に出て霧の中に入り込んだらしい。
「その霧を抜けて気付いたらここに居たんだにゃ、そしたらゴブリンに襲われたんだけど不思議と気分が良いにゃ!猫人族の里に居た時のもやもやした感じがサッパリ消えてるにゃ!」
彼女の話から推察するとタイソレ内の猫人族の里のエリア移動の箇所に突如謎の霧が現れ、ゲーム内キャラだった彼女のプログラムを外れてその霧に入り込んだ。つまりその謎の霧がゲートである可能性が高そうだ。謎は沢山残るが今分かるのはこんな所だろう。
「そうなるとその霧がこちらで言うゲートなのかな…そうなるとゲートから出てきたって事になるけどその事は黙っておいた方がいいかも…」
「黙っていた方がいいってそれはどういう事にゃ?」
まだ謎の霧がゲートであると決まった訳では無いが、この世界ではゲートから現れるのは魔物と言う事になっている。もしゲートから出てきたと言う事になれば魔物と言う扱いになるかも知れない。
「多分あなたが入った霧って言うのはこっちで言うゲートって言われている物でゲートからは魔物が現れるって言われてるから、そのゲートから出てきたってなったら魔物として討伐対象になるかも知れない…」
「そんにゃ!?うちは悪さなんかしないにゃ!」
猫人族は中立で対立しなければ味方にもなるNPCなので故意に敵対しなければ心強い味方にもなるだろう。
「それでもここではゲートから出てきたって事は秘密にしておいた方がいいよ、それよりもあなたはこれからどうするの?」
「分かったのにゃ、霧の事は秘密にするのにゃ。うーん、これからって言っても猫人族の里にも戻れそうに無いし…君について行ってもいいかにゃ…?」
その時ユリは背後から二人に近づく気配に気がついた。
「…まずい!僕の知り合いが近づいて来てる!良い?僕の話に合わせてね?」
「わ、分かったにゃ」
とりあえずゲートから出てきたかもしれない事を伏せておけば問題無いだろう。後はこの世界で猫人族がいるかが問題だが…エルフが存在している世界なので恐らく大丈夫だと思いたい。
「あのー…ユリ?大丈夫…?って何これ!?ゴブリンの死体だらけ!?…それに猫人族の人ですか?何でこんな所に?」
後方で待機していたミーロが恐る恐る様子を見に来て周りに転がるゴブリンの死体を見て驚いていたが、猫人族を見て疑問を持ったようだが、猫人族と言う種族は知っているようでそれ以上の驚きは無いようだ。
「え、えーと…この人は旅の途中にこの森で迷ったらしくて運悪くゴブリンに襲われてたんだよ!ね!」
「にゃ!?そ、そうだにゃ!いやー参った参ったにゃー」
咄嗟に出たユリの出鱈目に猫人族の彼女も同調する。かなり嘘くさい誤魔化しだったがミーロには通じだようだ。
「それは災難でしたね…それよりも一度ギルドに戻ってゴブリンが生息していた事を報告しに戻りましょう!猫人族のあなたも一緒に」
「それならよろしく頼むにゃ、うちはアクティって言うのにゃ」
アクティはもふもふの手を差し出しで握手を求めて来た。
「そう言えばまだ名乗って無かったね。僕はユリ、よろしく」
「私はミーロと言います!では村へ戻る前にゴブリンの証拠だけ回収しますね…えーと、確かゴブリンの場合は…」
ミーロは腰の短剣を抜いてゴブリンの死体の右耳を掴んで持ち上げるとスパッと切り落とした。右耳を切られたゴブリンの体がドサッと転がった。
「に”ゃ!?何してるのにゃ!?」
「これはゴブリンの討伐の証になるんです。今回は森にゴブリンが生息していた事の証拠ですけど、討伐依頼が無くても魔物は討伐した証があればギルドから報酬が出るんですよ」
ミーロは話しながらも残りのゴブリンの耳を淡々と切り落としていき、袋に詰め込みアクティに差し出した。
「おまたせしました、ゴブリンの傷からしてアクティさんが倒したんですよね!流石猫人族です!」
「あ、ありがとだにゃ…」
アクティは顔を引きつらせながらも袋を受け取った。
「ミーロ、魔物とは戦った事ないのに度胸あるね…」
「戦うのは怖いですけど、普段から動物は狩って解体もしていますからね、動かなければ動物の解体と変わりませんよ、それでは村に戻りましょうか」
思わぬ所でミーロのたくましい一面を見たユリは出会ったアクティを連れて村へ戻るのであった。