EP.5‐ギルドマスター‐
ユリはミーロに案内されてアプル村のギルドマスターが居る二階の部屋の前まで来ていた。
「ユリさん、ここがギルドマスターの部屋です」
そしてミーロが扉をノックするが中から返答は無かった。
「あれ?おかしいですね…フラウさんの話だと部屋に居るはずなんですけど…ギルドマスター?入りますよー?」
ミーロが扉をゆっくりと開けて二人は部屋の中に入った。すると部屋の中にはポーション調合に使うフラスコや試験管がまとまっている調合キットや回復ポーションに使う素材の薬草が長机の上に乱雑に置かれており、棚には薬品が並んでいた。
そして部屋の奥には大きな机があり、そこには白衣をまとい、ボサボサの銀髪で眼鏡をかけた少女が机に突っ伏し、涎を垂らして寝ていた。
「ギルドマスター!またそんな所で寝て…起きてください!」
驚く事にこの少女がギルドマスターのようで、ミーロがそのギルドマスターの肩をトントンと叩いて起こそうとした。
「う”〜ん…ミーロ、今日は勘弁しておくれ…魔力切れで身体がろくに動かんのじゃ…」
少女に似つかわしく無い言葉使いが聞こえた所でミーロがギルドマスターの顔にかかった髪を耳に掛けるとその特徴的な尖った耳が露わになった。
『エルフ』それはタイソレのゲーム内での選択出来る種族の一種であった。そのエルフと同一だとは限らないが自身は元よりプリズンオーガなどのゲーム内キャラクターが存在している以上、このエルフも無関係では無い可能性もある。
「お客様はプリズンオーガを討伐したユリさんという方ですよ」
「な、何!?それは挨拶せねばな…!よっこらせ…」
ギルドマスターは身体に力が入っていない状態でフラフラしながら椅子から立ち上がった。
「ギルドマスター、少し横になって休んだ方がいいですよ、ベットメイクしますから寝てください。ユリさん、ちょっと失礼しますね」
ミーロはユリに一言いってギルドマスターの寝室と思われる隣の部屋へと向かって行った。
「ミーロも過保護な奴じゃなぁ…ユリと言ったな、このような姿で申し訳ない。ワシはこのアプル村冒険者ギルドのギルドマスターをしているグラシーじゃ」
ギルドマスターのグラシーは机に手をつきながらヨタヨタとユリの方に向かってくる。その症状から魔力が切れた事によるデバフがかかっているようだ。
「初めましてグラシーさん、訳あって先程冒険者登録させていただいたのでご挨拶に参りました」
「ほう、報告から派遣された他のギルドの冒険者だと思っておったが違ったのだな。情け無い事じゃがワシは戦闘はからきしでな、王都の兵が派遣されてくるまででも村に滞在してもらえると助かる」
やはりギルドマスターは戦闘がからきしと言う事はポーション調合師でありながら攻撃ポーションの調合は出来ないのだろう。
「ロウさんから村の護衛依頼を受けているのでそれまでは滞在していますよ。それとグラシーさん、魔力切れならこのポーションを飲んでください」
ユリはインベントリ内に高品質の魔力ポーションを持っていたが、ひとまず最低品質である自作の魔力ポーションをポケットから取り出してグラシーに手渡した。
「これは…魔力ポーションか?高価な物をすまないのう。遠慮なくいただこうかな」
グラシーはユリからポーションを受け取るとくいっと飲み干した。
「ぷはっ…随分と美味なポーションじゃな、こんな味のポーションは飲んだことが無いぞ。それに魔力の回復は微量じゃが気分が落ち着くな…」
味などゲーム内では勿論関係無いので気にしたことも無かったが、恐らくポーション調合する際にストレス回復効果を付与する為に素材を追加したからだろう。
「それは私が調合する時にアーミービーの蜂蜜を素材に使ってるからですかね、魔力を回復しながらストレスも緩和出来るんです」
アーミービーとは大群でスポーンする小型モンスターで、一匹だけでは脅威にならないが必ず複数匹で相手にしなければならず、範囲攻撃が無いと厄介なモンスターである。ユリは他のゲーム内モンスターが存在しているのか確認をするために名前を出してみた。
「アーミービーの蜂蜜とは良い物を使っているな…しかしプリズンオーガを倒した上に回復魔法で怪我人を治したと聞いたぞ、つまりユリは3種類のスキルを上げておるのか…?」
アーミービーの蜂蜜が良い物と言うのは疑問だが、やはりこの世界でも存在しているようだ。そしてスキルの種類は戦闘スキルなら近接や弓術、その中から剣、鈍器、槍、弓、ボウガンなどに分かれている物だ。ユリは3種類どころでは無く種族(人間)で取得出来るスキルはまんべんなく上げているが、何となく予想していたが複数スキルの種類を上げる事はこの世界では珍しいようだ。
「僕の居た国では複数スキルを取得する人は珍しく無いんですけどね」
「普通生涯極められるスキルは2、3種類が限度じゃ…しかし、ユリは見たことも無い珍しい服装をしておる所を見ると異国人か、相当過酷な国からやってきたのじゃな…」
よくよく考えればスキルの修練はスキルを繰り返し使う事が基本、戦闘スキルであればスキルを使って敵を倒すなどだ。ゲームであれば特定の場所に湧く敵を繰り返し倒せば良いし、敵に倒されたとしてもリスポーンは出来る。だが、この世界では敵は無限に湧く訳では無いうえに死んでしまえばそれで終わりだ。この世界の住人もユリとスキルの違いこそ無いが、修練をする環境が違うのだろう。
「えぇまあそんな所です。ところでグラシーさんはポーション調合を始めて長いのですか?」
「ワシか?ワシは幼い頃にアプル村に来て冒険者の頃から調合をしていたからのう…80年といった所じゃな」
さすがエルフ、この見た目で80歳以上とはファンタジーだ。しかしやはり見た目と口調が合っていないように思えてユリが少し難しい顔をしていると、何かを察したグラシーは話し出した。
「ワシはまだ120歳じゃよ、人間で例えるならぴちぴちの15歳ほどじゃ」
「そうなんですか!?口調が…何と言うか古風だったので見た目以上に長生きされているのかと思ってました…」
するとグラシーは少し寂しげな顔になり話を続けた。
「若い姿のまま年老いるエルフも珍しくないからのう、勘違いするのも無理はない。ワシの場合は40歳ぐらいの幼い頃にこの村に来て仲良うなった者達が老いてからの口調がうつってしまったんじゃよ。皆とうに死んでしまったがの。ま、そんなこんなで回復ポーションの納品依頼をこなしていたら、いつのまにかギルドマスターになって今に至る訳じゃ」
ユリは話の中でギルドマスターであるグラシーがなぜ攻撃ポーションを作っていないのか分かった気がした、この世界ではポーション調合師と言うのは限られたスキルの選択肢の中で選ばれる事が少ないのだろう、そうなると必然的にポーションの流通量が減り重要度の高い回復ポーションばかり作られるようになったのだろう。だが戦闘スキルの修練と違い生産スキルは生産をする事によって修練値があがる。回復ポーションとはいえ80年間作り続けた修練値は相当な物になっているはずだ。
「あの、グラシーさん。ポーション調合スキルの事ですけど…」
その事をグラシーに話そうとしたその時、隣の扉が開きミーロが戻ってきた。
「あ、お話は終わりましたか?ギルドマスター、ベッドの準備が出来たので今日は休んでください」
「ありがとうミーロ、そうじゃな、今日はもう遅い。ユリ、また明日にでも話の続きをしよう」
こうしてその場は一度解散となり、グラシーは寝室へ向かい、ユリとミーロは一階へ降りた。
「そう言えばユリさんは村に滞在中はずっと宿屋に泊まるんですか?結構お金がかかっちゃいますけど…」
「宿屋には宿泊するけど、今回のお礼って事で村長が宿泊費と食費は出してくれるからお金は大丈夫。でも宿屋の場所を聞いてないから案内をお願い出来るかな?」
ユリが宿屋までの道案内をお願いするとミーロはユリの手を取った。
「そういう事なら任せてください!宿屋はこちらですよ!」
そしてミーロはユリの手を引き宿屋の方向へと歩き出した。
「ユリさん、明日はどうするか決めているんですか?」
「僕はグラシーさんにまだちょっと話があるし、せっかく冒険者に登録したから依頼も見てみたいからギルドに行くつもりだよ」
グラシーにはポーション調合スキルの事で伝えたい事もある。グラシーは今までの回復ポーショの調合の積み重ねでプリズンオーガ程度なら余裕で倒せる程の修練値になっている可能性が高い。
「ならギルドが開く時間に迎えに行きますから私も一緒に行っても良いですか?多分明日は森の調査依頼が出ると思うんですけど、この村で魔物や魔獣と戦闘になる可能性のある依頼を受けられる人はごく少数なんです。でも私ならレンジャーの索敵と隠密スキルで調査ぐらいなら出来るので朝一でギルドに向かおうと思ってるんです」
装備からして予想はしていたが、はやりミーロはレンジャー職だった。レンジャーはミーロの言った通り索敵や隠密が得意ないわゆる支援職だ。本来なら弓をメイン武器として使うはずだが、ミーロはレンジャーのスキルを薬草採取にしか活かして無いので短剣なのだろう。しかし土地勘のあるレンジャーほど心強いものはない。
「なら僕もその依頼があれば受けるからその時は一緒に行っても良いかな?」
するとユリの手を引きながら歩くミーロがくるりと振り返ってユリの両手を握った。
「本当ですか!?やった!実は不安だったんですけど、ユリさんがパーティを組んでくれたら心強いです!」
「いや、僕も慣れない場所だし、ましてや森だと何が起きるか分からないからね。こちらこそ頼りにしてるよ」
その後も歩きながら話をしている間に宿屋の前に着いた。
「それではユリさん、また明日の朝お迎えに来ますね!」
「あ、そうだ。今更だけど僕の事はユリって呼び捨てで良いし、言葉づかいだって気を使わなくて良いよ。僕たちそこまで歳は離れてないだろうし、一応女の子同士だしね」
一応、そう一応女の子同士なのだ。中身はともかく見た目では年齢の離れていない女の子同士がここまで気を使う必要など無いだろう。
「で、でも…」
「僕もミーロって呼ぶよ。それか僕は冒険者では後輩な訳だし、ミーロ先輩って呼んだ方がいいかな?」
ユリがそう言うとミーロは焦ったように顔の前で両手をブンブン振る。
「そ、それはやめてください!わ、わかりましたよ!…それじゃあユ、ユリ。改めてよろしくお願いします…!」
まあいきなり敬語を直せと言っても急に変わるのは難しいだろうが、少しづつ打ち解けて行けば良い。
「うん、明日もよろしくねミーロ」
その後二人は別れてミーロは自宅に戻り、ユリは宿屋の中に入った。宿屋へ入ると村長から話を開いた女将が迎えてくれた。そしてすぐに食事の準備をしてもらい、出された料理は少々ワイルドな味付けだが十分に美味しく、特に不安だった水は念のためこっそりと『浄化』スキルを使った。
「ふぅ…ごちそうさまでした。美味しかったです」
「なんだい?もういいのかい?せっかく村長のおごりなんだからもっと食べたらいいのにさ」
ユリが食べ終えると女将が食器を片付けに来た。ユリが食べるだけ村長が支払いをしてくれるから女将的にはもっと食べて欲しいのだろうがこの身体ではそんなに沢山入る気がしない。
「勘弁してくださいよ…沢山料理を出してくれたから満腹です…」
ユリは少し張り出した腹をさすりながら答えた。
「あっはっは!村長から村に出たプリズンオーガを倒した女性が来るなんて聞いてたからね、てっきり筋肉モリモリが来ると思って沢山仕込んじまったんだよ。それじゃこれが部屋の鍵だよ」
ユリは女将から部屋の鍵を受け取った。鍵には文字が描かれており、同じ文字の描かれた客室の扉がユリの部屋になるのだろう。
「こっちは別でお金は貰うけど、湯あみをするなら部屋にお湯を持っていくから声をかけてちょうだいね」
それだけ言うと女将は片づけた食器を持って店の奥に消えて行った。この宿屋に無いだけなのか、そもそもこの世界に風呂の概念が無いのか分からないが、体を清めるのはお湯を用意して拭く程度のようだ。まあ問題なのはそんな事より自分の体をこの服より下を見る事になる事だ。いくら自分の分身と言える体とはいえ見るのは少し気が引ける。
ユリは客室が続く廊下を進み、鍵と同じ文字が描かれた扉を見つけた。奥の角部屋になっており、左右に部屋が無い作りになっているので他の部屋よりも良い部屋にしてくれたのかも知れない。ユリは鍵を差し込み扉を開き部屋に入ると机と椅子が用意されており、ベットは綺麗に整えられている。
「良かった、部屋もベットも綺麗だ。これならゆっくり休める…」
ユリはドカッと椅子に腰かけて一息ついた。そして落ち着いてから自分の衣服を見ると少し汚れがめだった。
「まあ一日外で動き回ったからなあ…そうだ、『浄化』スキルなら汚れぐらいは綺麗にならないかな?」
ユリが先ほど飲料水に使用した『浄化』スキルを体に使用してみた。本来『浄化』スキルはアイテムに付いている毒や呪いを無効化するスキルだが汚れぐらいは取れるかもしれない。そして『浄化』の効果で服と体に付着した汚れがスーッと消え去った。
「よかった、これで服の汚れは綺麗になる!…けど体の方はイマイチかも」
ユリの思い通りに服の汚れは綺麗に落とすことが出来たが、体の方は表面の汚れだけ落ちてはいるが体を風呂で洗った時のようにスッキリはしなかった。
「うーん…なんか気持ち悪いけど今日はこれでいいか。眠いけど明日の準備をしておこう…」
ユリはインベントリ内を確認して中型カバンを取り出す。今まではアイテムを取り出す時は違和感の無いようにポケットから出していたが、流石に何度もポケットから出すのは無理がある。大き目のカバンであれば怪しまれる事も無いだろう。その後ユリは使えそうなアイテムを取り出し、机の上に出して確認をしているうちに眠気に襲われてそのままベットに潜り込んで眠りについたのだった。