EP.2‐アプル村襲撃‐
アプル村へ向かう道中ユリとロウはグリフの馬上で軽く小話をしていた。
「最近アプル村周辺にゲートが発生したみたいでね、魔物の目撃が増えていると知らせがあったから正式に支援をする事を伝える為に書状をアプル村の村長に渡しに来たんだよ」
「ゲート…」
聞き覚えの無い単語にユリは思わず口に出してしまったが、ロウにはユリがゲートに対して深刻に思ったように感じたようだ。
「そう、魔界と繋がっているとされるゲート、この辺りで発生した例は無くてアプル村の兵士もギルドの冒険者達も駆け出しの者ばかりだから発生した魔物の討伐に手間取っているみたいだね」
ロウが話す内容は聞き馴染みの無いもので魔界に冒険者ギルドもユリが居たゲームでは存在しないものだった。
「そろそろアプル村が見えてくる頃だよ」
ロウのその言葉通り道の左右の林が無くなっていき視界が開けると遠くに木で作られた外壁に囲まれた人工物が見えた。
「あれが目的のアプル村なんだけど…様子が変だな…」
ユリはその言葉にアプル村の方向を再度注視してみると村の入り口と思われる門が破壊されて、そこから見える村の中は砂埃が立っていた。
「まずい!魔物に襲われているようだ!」
ユリは頭の中で自分がゲーム同様に戦うスキルなどを持っている事は理解しているがこれはゲームでは無く恐らく現実、ゲームのように怪我をすれば痛いし死ねばリスポーンなど無いだろう。そんな事をグリフの馬上で考えながらアプル村に近づいていく。
「ユリ、被害の規模からして大型の魔物の可能性が高い、慎重に近づくんだ!」
その時アプル村に近づいた事で村の中の様子が先ほどよりも見えるようになっていた。そこには鬼のような見た目で首と手足首に金属の枷が付けられており、それぞれが鎖で繋がれている巨体の魔物の姿があった。
「プリズンオーガ…」
ユリはアプル村で暴れているモンスターには見覚えがあった、『Timeless Solace』タイソレの敵モブだ。
「プリズンオーガだって!?ギルドランクB級レイドクラスの魔物じゃないか!」
ロウの焦り様にユリは内心逆に驚いていた。プリズンオーガと言えばゲームでは廃墟群エリアに自然スポーンするモンスターだ。始めたての初心者ならともかく普通にゲームを進行していればエンジョイ勢でも負ける事は無い。だがロウの焦りようでは恐らく先ほど聞いた冒険者にはランクがあり、Bクラスの冒険者が大人数で相手をするレベルなのだろう。
「プリズンオーガは私一人では流石に相手が出来ない…注意を引いて村から引き離すしかない…」
やはりこの世界ではプリズンオーガは強い魔物という認識らしい、ユリは改めてプリズンオーガを見てみると確かにゲームの頃とは比べ物にならないほど迫力がある。プリズンオーガが弱いと思うのはゲームだからであって現実であの巨体は恐怖でしかない。
『グオオオォォォ!!!』
プリズンオーガは繋がれた鎖を煩わしそうに振り回して暴れており、村人が逃げまどっていた。その時プリズンオーガが暴れている近くの家から母娘と思われる二人が出てきた。母親と思われる女性は足が悪いのかユリと同年代ほどの少女に肩を支えられている。
ここからでは二人の会話は聞こえないが、恐らく母親が娘だけを逃がそうとしてそれを娘は拒んでいるような様子だ。
「まずい!プリズンオーガが母娘に気づいた!」
プリズンオーガは母娘を見つけると重い鎖を引きずりながら近づいていく。その口からは涎が垂れて空腹である事が分かる。
「ロウさん!しっかり掴まってて下さい!」
「『共命』!」
ユリがスキル『共命』を使用するとユリとグリフが一瞬同じ色の光に包まれた。『共命』によりグリフのステータスが一時的に増加してユリが指示する前に母娘に向かって高速で駆け出した。
「うわっ!」
あまりのグリフの加速にロウがよろめき少し情けない声を発してユリにつかまった。
「す、すまない…しかし『共命』は動物と力を共有すると言われているスキル…グリフの強化具合からしてユリ君は…」
「話は後です、僕がプリズンオーガを引き付けるのでロウさんは母娘をお願いします!」
プリズンオーガを一人で相手をするという無茶にロウは一瞬ユリを止めようとしたが何かを確信したような顔をして首を縦に振った。
「分かった、今はユリを信じよう」
二人を乗せたグリフが壊れた村の門を突破して一直線でプリズンオーガに近づいていく。幸いプリズンオーガは鈍足なので母娘には到達していなかった。
「ではロウさんとグリフは母娘を救出したら離脱して下さい!よっと」
ユリは体を右に倒すとグリフから飛び降りてそのままプリズンオーガに向かって走った。一方のロウはグリフに乗ったまま母娘の方向へ走っていく。
「『ワイドインパクト』!」
ユリが魔法を唱えると拳に力が集まりそのまま前方に拳を突き出した。
『グアァァァ!!!』
拳から放たれた衝撃波を左側に受けたプリズンオーガはうめき声を上げてよろめきそのまま倒れこんだ。その隙にロウは母娘に到達した。
「二人とも大丈夫か!ここから離れるぞ!」
「あ、ありがとうございます…私は大丈夫なのでお母さんをお願いします…!」
ロウはグリフを降りると母親を抱きあげ、そのまま離脱する事が出来た。それを見届けたユリは起き上がったプリズンオーガと対峙した。
「さて、なんでゲームの中のプリズンオーガがいるのか分からないけど…」
ユリは周囲を見渡すとプリズンオーガが暴れたのであろう無残な建物や村を守ろうとしたのであろう人が倒れている。
「とても話が通じるとは思えないし敵なのはゲームと一緒か…」
ユリがなぜゲームの世界からこの世界に来てしまったのか、その手掛かりになるかもと思ったがプリズンオーガはゲームの時と変わらず敵モブのままのようだ。強いて言えばゲームの時のようにプログラム通りに動くのではなく、自我がある生き物であると言う事だ。
『グアァァァ!!!』
プリズンオーガは自身を突き飛ばしたユリに標的を変えて鎖を振り回してユリの頭上から叩き潰すように振り下ろした。凄まじい砂埃が立ちプリズンオーガは倒したと確信したのかニヤけている。
「プリズンオーガの素早さステータスで当たる訳ないでしょ、『ファイアスレッド』」
ユリが『ファイアスレッド』と唱えると指先から炎の糸が素早く飛び出しプリズンオーガの左胸を貫通して、そのままプリズンオーガは低くうめくと前のめりに突っ伏した。倒れたプリズンオーガは消えてドロップアイテムを落とした…訳では無くそのまま残ったままだった。
「倒したのに消えない…やっぱりゲームとは違うんだ…」
ユリがプリズンオーガを倒した所で母娘を安全な場所へ移動させたロウが戻って来た。
「ユリ!大丈夫か!母娘は安全な所に避難させたから…もう大丈夫…」
「あ、ロウさん。プリズンオーガならもう倒しました。もう大丈夫ですよ」
ユリの言葉にロウは驚愕とも恐怖とも取れる顔をして驚いた。
「ユリ…プリズンオーガを一人で討伐したのか…?」
ユリはロウの困惑した様子に焦った、母娘のピンチに必死になっていて忘れていたがプリズンオーガはこの世界ではかなり強力な魔物という認識らしい。それをいとも簡単に倒したとなれば異常だと思われても仕方がないだろう。
「凄いじゃないか!『共命』スキルを使える事もグリフの強化具合を見ても思ったがユリはA級ランクの冒険者だったのかい?言ってくれればこんなに心配する必要なかったじゃないか…」
「へっ?えーと…冒険者って訳じゃないんですけど」
プリズンオーガはB級レイド級なんてロウが言うものだからそれを単騎で倒すのは異常な事かも知れないと思ったが、ロウの口ぶりから察するにA級ランクならば不思議でも無いらしい。
「そうなのかい?プリズンオーガを単騎で倒せる実力者ならどこのギルドでも優遇されるだろうに…っとそんな事より負傷者の手当てだ。回復魔法を使えるのであれば協力して欲しいのだが…」
「お手伝いします」
二人は顔を見合わせ頷くと急ぎ負傷者の手当てに向かった。