廃病院の幽霊
古くなったレントゲン写真や黄ばんだカルテ、錆びたメスに割れた注射器。足元に落ちているもの一つ一つが禍々しい気配を纏っているようにも思える。
そんな廃病院に足音が響き渡った。
ガン、ガンとなにかを叩くような音も。なにかが割れるような音も。
「ひ、ひぃ〜……」
思わず情けない声をあげ、私はその場にしゃがみ込んでしまった。
なんで臆病な私がこんなところに、と今更なことが頭に浮かぶ。新入りなんだから病院が良いだろ、と言っていた先輩の笑顔が恨めしい。
だがもし文句を言おうものならまたあの恐ろしい顔で凄まれてしまうだろう。想像するだけで泣きそうだ。
そうでなくても私のためというのが分かるのだから、文句など言えようはずもないのだけれど。
そんな私の様子を嘲笑うように、どこからかゲラゲラと下品な笑い声が聞こえてきた。
足音や話し声などの音はだんだんと私がいる手術室に近付いてくる。もうすぐそこだ。
そして手術室のドアが開こうとした。
ああもう、なんでわざわざこんな山奥の廃病院なんてところに肝試しに来るのさ。遊園地のお化け屋敷にでも行ってろ!
そんな怒りにも似た思いと恐怖がないまぜになってしまい、私は叫び声をあげた。
その金切り声を聞いたのか、それとも開いたドアから私の姿が見えたのか。向こうからも悲鳴が聞こえてくる。
ああもう、怖いもの見たさにこんなとこにまで来てるくせに幽霊を見たくらいで大騒ぎをしないでほしい。
まあ、私の姿はたしかにかなり恐ろしげなものではあるけれど。
大学生くらいの男女数人が大慌てな様子でドタバタと逃げる後ろ姿を見ながら、私はそんなことを考える。
先輩なんかは、ここで追いかけてさらに恐怖の渦に叩き込んでやれなんて言うけど、そんなことは私には無理だ。そもそも廃病院の雰囲気が怖すぎる。
物陰からなにか飛び出してきたら絶対気絶してしまう。
幽霊だって、怖いものは怖いのだ。
脅かしやすいシチュエーションなのは良いけど、私自身が怖くっちゃあ意味がないと思う。
ああ、廃病院の担当の幽霊になんかなりたくなかった。