表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PanDemonicA/2 -パンデモニカ/第2部-  作者: フジキヒデキ
中肉中背マン・ゴーファイト
88/93

87 : Day -36 : Keikyū Kamata


「うちのリョーちん、クソつえーから! どんな相手も()()シリーズだから!」


 セコンドで叫ぶサアヤ。


「たしかに拳法を極めたコックではあるな」


 うなずくチューヤ。


「コックじゃねーよ」


 しかたなく突っ込みながら戦うリョージ。


「大いなるアクション!」


 右手を突き上げるサアヤ。


「セガール!」


 左手を突き上げるチューヤ。


「わけわかんねー応援すんなし!」


 両手で相手の攻撃を受け止めるリョージ。

 先刻、ようやくチューヤのターンを切り抜け、リョージに手番がまわった。


 期待と歓声に満ちて応援するチューヤたちだが、いまさらながら、バカ夫婦に応援されると、むしろ負担が増えることに気づくリョージ。

 とはいえ、たしかにリョーリヤはアースコックとして紹介されている。

 当人はただのコックのつもりでも、元特殊部隊で圧倒的な戦闘力をもち、理不尽なテロなどの戦いに巻き込まれて敵をボコボコにする、それが映画の主人公というものだ。

 リョージはそもそも、そういう主人公の「格」をもった男だった。


「チューヤとは大ちがいだね」


 的確なサアヤの指摘に、チューヤも一応は反論しておく。


「別のパターンもあっから! ふつーのひとががんばるって話も、けっこうウケるから」


「チューヤ、ふつーじゃないじゃん。鉄ヲタじゃん」


「……普通以下でスイマセンでした」


「うるせーなおまえら! カットしろチューヤ!」


 リング上では、リョージがふたりがかりで攻められていた。

 あわてて割り込むチューヤ。

 ()()()()的に、戦いは中盤戦を迎えていた。


 その後、何度かタッチがくりかえされた。

 チューヤはダッドとも、ごく短く戦い、だいぶボコられた。

 リョージがなんとか盛り返し、再びチューヤとタッチ。

 それなりの時間も経過した。

 プロレスのセオリーでは、このターンか、つぎのターンで決着、というのが暗黙の了解だ。


 タニオもそれは理解している。

 どうやら、あのリョージとかいう野郎を倒すのはむずかしそうだ、と考えチューヤがリングにいるうちに決着をつけよう、と決めたらしい。

 最初からリョージの力量は見極めていて、ここまであまりぶつからないようにしている。

 プロレスとしては、ぶつからないで済ますというのはあまりよくないのだが、タニオとしてもここは勝たなければならない、という思いが強いようだ。


 しぶといチューヤに対して、かなりエグい戦い方へ移行する。

 派手さはないが、致命的なダメージになりうる関節技の多用。

 リング上、コントロール技術の一種である、ハンマーロック。

 危険すぎるという理由で禁止されている関節技が、団体によっても異なるが、いくつかある。アームロックの多くが、これに該当する。

 そこからダブルバー・ハンマーロックへ。

 必要以上に我慢すると脱臼したり骨が折れる危険技だ。他の技への展開もやりやすい。


「うわあ、痛そう」


「えぐいな、タニオさん。素人相手にやる連携かよ」


 たっぷりとチューヤの関節にダメージを与えてから、ターゲットを首へ。

 頭に巻いていたバンダナを使った反則技で、リアルの興業でもたまに使っている。

 突込絞と呼ばれる絞め技の一種、ネクタイ絞めだ。

 相手は「落とし」にきている。


「ぐあ……っ、息、が……っ」


「うわあ、あれプロレス?」


 サアヤがおどろくまでもなく、厳密にはプロレスとは言い難い。

 わかりやすい反則技だが、それもプロレスの一部といえば一部だ。

 相手の襟に見立てたバンダナを引き絞り、そのまま絞め上げる。力の入れ具合を見るかぎり、そのまま落とす勢いだ。


「おい、それは禁じ手だろタニオさん、死ぬぞ!」


 言いながらカットにはいろうとするリョージの動きが止まる。

 助けるまでもなく、チューヤは下半身の力で相手を転がし、一瞬ゆるんだ隙間から指を突っ込んで、頸動脈に血を流す。

 生きぎたないチューヤらしい、本能的な反抗。

 無理やりだが、気合いで抜けようと思えばそれしかない方法だ。

 すこしおどろくリョージの横、


「ダイジョブ、チューヤはダイジョブだよ」


 言うサアヤの横顔に、なぜかリョージは言い知れぬ不安のようなものを感じる。

 不安を完全に覆い隠すような、彼女の確信的な「安心」は、どこからくるのか。


 チューヤがレベルアップしたとき、サアヤが勝手に「体力」のパラメータを上げている、という謎のウワサが流れるほど、たしかにチューヤの体力は極度に高い。

 体力とは、ひとことで言えば「殺しても死なない」能力だ。


 過去の異世界線でも、先頭に立って道を切り開く体力を示した。

 悪魔使いという特技を禁じられているいま、チューヤには戦う能力も知恵も魔法も、見るべきスペックはほとんどない。

 が、たしかに彼は「最後まで生き残って戦線を維持する」という、悪魔使いのお手本のような成長を示している。


 悪魔使いは、とにかく生きて召還を維持できれば、あとはナカマたちがなんとかしてくれる、という戦い方が基本だ。

 が、今回は自力で生き残らなければならない。

 体力だけで、どうにかなるのだろうか……。


「信じてるんだな」


「うん、まあ……()()だよね。()()()()()()なんだよ、チューヤは」


「ああ……。悪魔使いは最後まで生き残って、召喚を維持しなきゃいけないとか、そういうやつか」


「ま、そういう理由もあるみたいだけど、()()()()()()()()()()もいいとこ。……()()()()()()()()()んだよ。()()()()から。私のまえで、ぜったい死なないって」


 そこにある病的な響きに、リョージは一瞬、寒気のようなものを感じる。

 ──あいつはさ、家族とか友達とかが「死ぬ」ってのに、耐えられないんだよ。だから俺は、そう簡単に()()()()んだよな。


 いつか、チューヤがぽつりと言っていた言葉が、リョージの脳裏をよぎる。

 自分が死んだら、サアヤが壊れてしまう。だから、なるべく生きるんだと。


「そうだな。心配いらんよな。あいつは殺しても死なない()()あるし」


 生き延びれば、チャンスはくる。

 そうやって戦いつづけるチューヤの姿は、リョージにもある種のカタルシスをおぼえさせるほど、這い上がる「男の生きざま」が放つ光輝に満ちていた。


「しゃおら! そこだチューヤ、ぶちのめせ!」


「うぉおぉお!」


 傷だらけのチューヤが、渾身の力を込めてプロレスラーの巨体を持ち上げる。

 彼のターン、シンプルなボディスラムだが、心に響く衝撃があった。


「いい技だ」


「プロレスマンだな」


 一部の好事家はそう評価したが、いかんせん観客は少ない。


「こんにゃろ、トーシロがぁあ!」


 タニオが怒りのラリアットを繰り出す。チューヤのダメージが再び蓄積する。

 サンドバッグ状態のチューヤ。

 そもそもプロレスマンとしての基礎に大差がある。


 死にはしないが、死にたくなるほど痛い。

 それを乗り越えて戦えてこそ男、という原初的な文化は世界中にあるが、チューヤはその文化の継承者を自任したくはない、と心から思った。


 瞬間、首元に殺気。

 事実、まったき殺意のこもった裸締めが、チューヤの首筋を狙いすます。

 反射的に肩から首に力をこめるチューヤ。


「絞め技に対する基本は、顎を絞めることだ」


 リョージは言った。

 かつてチューヤは、リョージとプロレスごっこ(いやらしくない意味で)をやったとき、教わったことがある。

 最初はダイコク先生をはじめとするレスラーの技の解説だったのだが、その流れで一通りのことは教えてもらった。

 派手ではないのですぐに忘れそうなところだが、絞め技からの抜け方、という一項目が今回、何度もチューヤを助けている。


 裸締めなど窒息系の技をかけられると、素人はパニックになりがちだ。

 柔道でも「絞めが怖いのは知らないから」で、「あわてずに対処」すれば問題ない、と先生が言っていた。

 知っていても、じっさいにやられるとパニックになることは多い。

 言い換えれば、落ち着いて、冷静に対処すれば抜けられる。


 ひとつずつ、基本どおりに。

 落ちたら負けだ。

 苦しいのを我慢して、まず相手の腕を押し返す。

 隙間をつくり、気道を確保してから、状況に応じて、腕を引いたり切ったりする。


「くっそが、ぬるぬると、オイル塗りすぎなんだよォ!」


 苛立ったように叫ぶタニオの殺意から抜けるチューヤ。

 ガッツポーズのサアヤに向かって引き返し、伸ばされたリョージの手をたたく。


「しゃおら! よくやったぜ、チューヤ」


「はぁ、はあ……っ、あとは、頼む、リョージ……」


「おまえがじゅうぶん、やられてくれたおかげで、オレも遠慮なく倍返しできるぜ!」


 相手の技を「受ける」役は、チューヤがたっぷりとこなしてくれた。

 プロレスマンとしては、こんどは「こっちの番」となる。


「いくぞおらァ!」


 ダッドにタッチしようとしたタニオを引きもどし、ロープに振ってラリアットをかます。

 コーナーポストにかつぎあげ、雪崩式パワースラムを決める。

 華麗な空中技から、地味な関節まで、バラエティ豊かに魅せる。


「終わりだ、タニオさん!」


「くそォオ! 助けろ、ダッド!」


「うおぉお!」


「やらせねえよ!」


 カットにはいろうとするダッドを、チューヤが身体を張って妨害する。


「よっしゃ、いくぞ、いま必殺の!」


「なに、くそ、うぉおぉ、やぁめろぉお!」


 タニオも理解している。

 この空気は、試合終了の流れだ。

 リョージは絶好の空気をとらえて、相手の身体を高く放り投げた。


「オメガ、フリーフォール、エクスキューショナー、滅殺天使!」


 空中でつかまえた相手の首を、ハンギングツリーの形から、回転式バックブリーカーのように背負った勢いで、たたきつける。

 マンガのような必殺技だ。


 ダァァアンッ!


 激しい激突音とともに、リョージのファイナルムーブが炸裂。

 オニのHPは0だ。


「うぉおお! オメガ……なんだって?」


「中略、滅殺天使だよ」


 いまいち薄い感動で、リングサイドのサアヤが技名を略す。

 レフェリーが駆け寄り、大きく両手を振る。


 カンカンカンカンカン!


 ゴングが鳴り響き、リョージの勝利が告げられる。

 同時に、憑き物が落ちたような表情で、ダッドがリングサイドにくずおれる。

 境界が薄らいでいる。

 戦いは終わった──。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ