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PanDemonicA/2 -パンデモニカ/第2部-  作者: フジキヒデキ
オレはプロレスマン
83/93

82 : Day -36 : Ōmori


「だけど、いいのかな」


 満員札止めの大田区総合体育館に、リョージと並んで座るのはサアヤ。


「そうそう、遠慮すべきなのはサアヤだよな」


 反対の隣にはもちろんチューヤ。


「なんでよ!」


 自分を心から愛しているにちがいない男たちに囲まれること、その満足すべき状況に悦に入っているサアヤとしては、できればこの位置はキープしたいところだった。


「当人がくれたんだし、いいんじゃね?」


 リョージはもしゃもしゃとポップコーンを食いながら、プロレス会場という雰囲気を楽しんでいる。


「そもそもお姉さんと、お姉さんの友だちと、リョージの3人で見るつもりだったんだよな?」


「ああ、だけど姉貴が急に仕事でこれないとか言い出してさ、で、そーいやチューヤがダイコク先生の試合、観たいって言ってたって思いだして」


「電話くれたわけだ。なんて親切な友人だろう。感涙!」


「で、オマケについてきた私に、あの親切なお姉さんがチケットをわけてくれたわけだね!」


 サアヤの分のチケットを買うべくダフ屋を探そうとしたとき、タイミングのいい電話がケーコにかかってきたのだった。

 緊急の用事だとかで、彼女はサアヤにチケットをくれて立ち去った。

 まるでわざとのようなお膳立てであった。


「ラッキー、ってことでいいのかな」


「いんじゃね。そーいや、チューヤたちとプロレス観戦すんの、はじめてだよな」


「そうだっけ?」


「いつもは男同士か、ケーたんがいるか、ってところなんでしょ」


「サアヤはいくら洗脳しても、プ女子にはなりそうにないよな」


「そうだねー。べつに、きらいじゃないけどね」


「豚に小判だ! ケーコさんに見ていただいたほうが、レスラーたちもどれほど喜んだか知れない」


「だれが豚だ! チューヤこそ、猫に真珠だろ! サアヤさんに見てもらっても、レスラーたち大歓喜に決まってじゃん」


 リョージは横から聞こえるいつもの嬌声(アホボイス)をBGMに、ひとりごちるようにつぶやく。


「ま、あのひともいろいろいそがしいし、今回の件では、ほかにも事情が絡んでるからな。むしろ、おまえらふたりがいてくれたほうが、オレにとっても都合がいい」


「え、なに?」


「いや、なんでも。とりあえず楽しんでくれよ、プロレスを」


「お、おう」


 太い拳を差し出すリョージに、みずからの貧弱な拳を恥ずかしげに合わせるチューヤ。

 ほんとうに、このリョージという男は、気持ちのいいナイスガイだ。




 東京23国志キング・オブ・プロレス11・8のフラッグがはためいている。

 23人のレスラーが集まり、10試合前後が行なわれる定番の興業だ。


 14時開場、16時開始。

 今回は9試合が行われ、各試合は平均10分前後で決着がつく。

 入場パフォーマンスやインターバルをはさんでも、だいたい20時までには終わるので、青少年にもやさしいプログラムだ。


 CS放送やネット配信はもちろん、深夜枠ではあるが民放キー局もはいっている。

 チューヤたちは放送席のうしろ、なかなか高そうな座席にいた。


 第1試合は60分1本勝負、ファンタジスタ・ラフマッチ。

 第2試合は30分1本勝負、スペシャル・シングルマッチ。

 そして第3試合に、ダイコク先生を含むタッグマッチが組まれていた。


 これはリミックスマッチと呼ばれる特別試合で、所属チームに関係なくシャッフルされた選手がタッグを組み、あるいは同一チーム内で対戦するという、観客にとっては物珍しい対戦カードとなっている。


「先生が邪教と組むのか。これは見逃せないな!」


「ははは、チューヤもプロレスくわしくなったなあ」


 影響されやすいチューヤとしては、第3試合が序盤の山場とみている。

 なかなかいい組み合わせだが、試合順的に前座的な時間帯なので、どう楽しませてくれるか、というあたりが見どころだ。


 現在、試合はオープニングファイトのさなか。

 女色ボーズとファットマスクが、コミカルな動きでエンターテインメントを展開している。

 プロレスのすそ野を広げる、バラエティ班によるマッチアップだ。


 ぬるぬるヒップアタックと自爆ヘッドバットが激突し、両者がリング上でのたうちまわっている。

 観客の拍手と笑い声。

 血なまぐさいことが苦手なサアヤも、笑顔で拍手する。


「ラフマッチって、ラフなファイトかと思ったけど」


「お笑いのラフだろうな、この場合」


「プロレスって筋書きのあるコミックショーなんだね」


 真相を穿つサアヤ。

 八百長にもつながりかねない論理にチューヤは複雑な表情だが、リョージはすなおにうなずいた。


「いや、あれはだれが見てもコミックショーだ。もちろん真剣な格闘技でもあるけどな。相撲だって、格闘技であり、伝統芸能だろ?」


「いろんな面があるんだね! さすがリョーちん!」


 もちろんサアヤも、それほど深い含意があって言っているわけではない。


「カオスなんだよ。世界ってのは。そう単純には割り切れないのさ」


「リョージの言うことももっともだけど、ケートと気が合わない理由はそのへんだろうな」


 割れなければ、割り切れる「理論」を求めつづける。

 それがケートの流儀だ。


「世の中みんなが、あいつみたいな天才じゃないからなあ」


「天才って生きづらいよね! その点、チューヤはボンクラでよかったねえ」


「お互いね、サアヤさん……」


 そんなアホ夫婦を、ほほえましい視線で見守るリョージ。


「いや、おまえらはけっこう天才だよ。ある意味で」


 チューヤとサアヤは、思わず視線をそらせ、互いに胸に手を当ててつぶやく。


「て、鉄道のことかな……」


「昭和歌謡のことかな……」


 リョージは楽しそうに笑った。


「あはは。好きなものがあるってのはいいことだ」


 そのとき照明が落ち、音楽が変わった。

 大きすぎるBGMとともに、場内アナウンスが響きわたる。




「これより第2試合、スペシャル・シングルマッチ、30分一本勝負を行ないます」


 BGMに乗って、入場選手の紹介が流れる。

 第2試合は、技巧派の若手ヒール(悪役)レオポルド益子と、ベビーフェイス(善玉)らいよんはーつの試合だ。

 会場は、一面に巨大ビジョンを設置、その下にステージを設け、中心にあるリングと花道でつなぐ、という形が一般的になっている。

 テーマソングが鳴り響く。同時にスクリーンに映像。


「うぉおぉおーっ!」


 観客の歓声はいや増す。

 プログラムにも書かれているが、そんなものを見なくても多くのファンは瞬時に理解する。つぎに、だれが出てくるか。


「えーと、らいよんさん?」


 イントロを知らないサアヤが、スクリーンに目を凝らす。

 観客の多くが、思い思いのサインボードを掲げる。


 ステージのエントランスから姿を現したレスラーが、花道に向かう。

 手を伸ばす観客の手をたたき、あるいは憎悪を煽るように。

 ベビーフェイスとヒールで、声援とブーイングが明確にわかれる。


 賛否両論が渦巻くレスラーの場合、声援とブーイングが拮抗するのも特徴だが、それだけ人気がある証拠ともいえる。

 だが基本的には、もちろん声援のほうが多い。


「テンポがよくなったな」


 昔は、レスラーがリングにそろってからリングアナが順に紹介する、という流れだったが、現在のように入場シーンで代替するのは、展開をスピードアップする役に立っている。


 マーチングバンドを連れて入場する、らいよんはーつ。

 自分でラップをやりながら入場する、レオポルド益子。

 ダンスをするとか、歌うとか、当節のプロレスラーはなんでもやらなければならないし、できなければレスラーとしての成功はむずかしい。




 試合はリズミカルに進む。

 リング上では、早くも激しい技の応酬がくりひろげられている。

 らいよんはーつが飛ぶ。その必殺技は、フライングタイガー。


「ただのクロスチョップじゃない?」


「そうだよ!」


 サアヤの突っ込みを正面から受け止めるチューヤ。

 プロレスとは、そういうものだ。


 ただの蹴りでも、シャイニングウィザード。

 ただのラリアットでも、レインメーカー。

 ただの逆エビ固めでも、ウォール・オブ・ジェリコ。

 かくのごとく、技名までカッコよくなければいけない。それがプロレスである。


「リョーちんの技がファイナル中略なのとかなのもうなずけるね」


「撲殺天使だっけ?」


 リョージ自身、おぼえていないらしい。

 憤慨するのはチューヤ。


「忘れんなよ! バロールをぶっ倒した最終技、雪崩式オメガ・アポカリプス撲殺天使だろ! ファイナルとか、ひとかけらもねえから!」


「よくおぼえてんなあ」


「チューヤ、リョーちんのファンだからね……」


 感心する内輪のリョージに、呆れる外野のサアヤ。

 ──やがて第2試合の決着がつく。

 当然のように、善玉の勝利で終わった。

 インターバルにパンフレットに目を通していたサアヤは、いまさらながらの事実に気づいて言った。


「ダイコク先生の正式リングネームって、なんかむずかしいんだね。ええと、大王……」


「大王黒獅子仮面でしょ! 通称「ダイコク」、別名「牛鬼」。フィニッシュホールドはダイコク柱ドライバー。得意技はエビ固め。英語名はMIBマスク・イン・ブラック!」


 立て板に水でまくしたてるチューヤ。


「もう、無駄にくわしいんだから……」


「獅子なのに、なんで牛鬼なんだ?」


 リョージの問いに、チューヤは飛び上がった。


「知らないの!?」


「いや、すまん。レスラーごとに愛称とか通称とか、いろいろありすぎて」


「黒獅子はブラックタイガー、ブラックタイガーはクルマエビでしょ! で、和名がクルマエビ科のウシエビ! ウシエビだから牛鬼!」


「ややこしいな。そーいや試合がまったりしたとき、実況がなんかそんなこと言ってた気もすっけど」


「その、どうでもいいことよく知ってんな、みたいな目で見るのやめて!」


「リョーちんは、自分が戦うことにしか興味がないんだよね……」


 サアヤは、チューヤとリョージを交互に見ながら、どっちもどっちかな、と思った。

 ちなみに、ブラックタイガーは一時期、隆盛を極めたが、ウイルスなどの蔓延により、現在はバナメイエビなどにその座を譲りつつある。

 そこまでの豆知識を披露できるようになれば、チューヤも一人前だ。

 つぎはいよいよ彼らにとっての本番、第3試合である。



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