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PanDemonicA/2 -パンデモニカ/第2部-  作者: フジキヒデキ
選択と集中と力ずくの世界へ
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80 : Day -36 : Umeyashiki


 付設のスポーツカフェというところで、若者たちはまず空腹を満たした。

 といってもリョージはさきに食べていし、チューヤも2時間ほどまえにブランチをとったばかりだ。

 ひとりオムライスをパクつくサアヤの横で、軽くコーヒーを飲む男子2名。


「リョージって、蒲田くわしいの?」


「小さいころからオヤジの仕事で、けっこうきてたかな」


 チューヤの問いに、うなずくリョージ。


「仕事って」


「お金持ち用の教会の改築とか」


「お金持ちなら田園調布だろ」


「田園調布は世田谷と思われがちだが、大田区だぞ」


「ああ、そうだっけ。……てか、だまされるところだった。リョージが蒲田にくわしいのは、プロレスのせいだろ」


「あ、バレた? 東京の3大聖地だからな。後楽園ホール、日本武道館、並ぶは大田区総合体育館!」


「世界三大美女かよ……」


 3大なんとか、という惹句は汎用されている。

 世界三大美女の3人目が小野小町なのは、もちろん日本だけだ。

 プロレス3大聖地についても、開催地が3つめの聖地、という暗黙のルールがある。

 とはいえ事実、大田区総合体育館では、しょっちゅうプロレスの興業が行なわれていて、聖地でもおかしくはない。

 京急蒲田から500メートルほどで、交通の便もすぐれている。


「大田区の開催は個人的に好きなんだ。昔から、しょっちゅう来てるしな」


「けど、このまえは国技館だったし、そのまえは有明だったろ、3つめの聖地」


「バレてるら。最近は多いよな、有明も」


「こんど、お嬢でも誘ってやったら」


 チューヤにとっては、なかば自虐的なフリ。

 そこには多少の狡知もある。有明は、他の会場と比較して「血みどろ」の「セメント」である蓋然性が高い。

 そんなところに連れて行ったリョージを、ヒナノがどう思うか。


 気づいて、チューヤは深いため息を漏らした。

 俺って小物だな。

 そんなチューヤを、最後のオムライスの山をつつきながら、女々しくて女々しくてつらいのう、とにやにや笑って眺めているサアヤ。


「いやー、お嬢はプロレスなんか見ないだろー」


「……そういや、水曜はどうだったの、リョージ?」


 横目でうかがう小物。

 堕ちるところまで堕ちるか、とサアヤは嘆息する。あえてコメントせず、黙ってオムライスを咀嚼した。


 ちなみにここの食事メニューは、ほぼすべて450円という激安価格に統一されている。しかも200円のドリンクとセットにすると150円引きなので、500円で飲み食いができるということになる。

 お財布にとてもやさしい。

 その飲み慣れたコーヒーをすすりながら、リョージに拘泥はいっさいない。


「ん? ああ、おまえも行ったろ、雑色の中華料理屋。あそこ連れてって、話を聞いた」


「ナナちゃんに?」


「お嬢を連れては会えないだろ」


「たしかに、デンジャラスだよね。けどナナちゃん関係なんでしょ?」


「ああ、彼女のオヤジさん。オレも最初は知らなくてさ、ただのお店の常連さんだと思ってたんだけど、どうやら自衛隊の関係者らしくて、六郷土手の悪魔とつながってるらしい」


 チューヤはナノマシンを起動し、データを確認する。


名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅

オシリス/死神/E/紀元前/古代エジプト/ピラミッド・テキスト/六郷土手


「オシリスか……なるほど」


 これで、ホルスの発言ともつながる。

 エジプトの悪魔は、なにをたくらんでいるのか。


「なんか、三宿ですげー兵器が研究されてるらしくて」


「三宿?」


 所在地は厳密には三宿ではないが、一般に「三宿」といえば、防衛省防衛装備庁電子装備研究所を指す。


「自衛隊の施設だよ。で、その情報を狙って暗躍してる海外の組織が、いくつかあるらしい。ちなみに老先生の一派もそのひとつ」


「勘弁してくれよ。また国際政治のスパイアクションかよ」


「また? まあ、ともかくそのひと自身は、べつに情報をもってるわけじゃないんだ。音楽隊のひとだからな」


「……音楽隊て。じゃ、技術情報とかは」


「いまはもってないけど、内部のひとであることはたしかだろ。いろいろ極秘計画とかも、小耳に挟んでいるらしいぞ」


「なるほど。お嬢も言ってた」


 そこでチューヤは、手短にきのうの顛末を話した。

 意外にヒナノと密接ト・ラブるアクション超大作らしい、という雰囲気が一瞬だけ生まれたが、すぐに立ち消えた。


「ま、ヒナノンならだいじょぶだよね」


「どういう意味ですかね、サアヤさん」


「ミツヤスくん、元気だった?」


「ああ、あいかわらず超絶美声だったよ。歌で悪魔を撃退するっての、はじめて見た」


 ミツヤスの能力は、おそらくタイプAと思われる。

 「聖歌」的なスキルで、破魔系の魔法と同じ効果を発揮する。

 おかげでチューヤも助かったわけだが、そのまえにサキュバスの淫歌で走った暴挙については、もちろん端折っておいた。


「……でな、話をもどすんだが、その自衛隊員のオットさん」


「ナナちゃんのお母さんの夫? めんどくさいな、父親って言えよ」


「いや、じゃなくて、じゃなくはないが、オットさんは名前だ。オット・オストル……なんとかさん。チェコ出身なんだってさ。で、ナナちゃん生まれて日本に帰化したらしい」


「へー。外国出身でも自衛隊ってはいれるんだな。ま、そりゃそーか。で、そのオットさんがどうしたって?」


「殺気を感じて、突如として逃げ出した。彼の感覚は非常に正しかった。その数分後、髪を振り乱したおばさんが店に駆け込んできて、オットは、わたしのオットはいますか、ここにいるのはわかっている、出てきなさい! と大絶叫」


 げんなりして首を振るサアヤ。


「リョーちんの周囲では、そういう刃傷沙汰というか痴情のもつれが絶えないね……」


「店長が、さきほどお帰りになりましたと教えると、おいおい泣きながらこう訴えた。夫が泥棒ネコ女に目をつけられて困っている、いっそバラバラに引き裂いて保管してしまいたいと思うが、どうか、と」


「……わけわかりませんが」


「うん、オレもよくわからん。どうやら、うちの母が危険な人々とやりとりをしているようで、とても心配です助けてくださいませんか、というのがナナちゃんの相談だ。赤羽関係だということで、おまえを連れて行ったほうが話は早そうだから、頼むぞ」


 ぽん、とチューヤの肩をたたくリョージ。

 唐突に自分とつなげられ、ぽかーんとするチューヤ。

 リョージの判断としてはじゅうぶんに的確だが、相談されるほうとしては手に余る。しかたなく記憶を掘り起こすチューヤ。

 ──たしかに水曜日の夜、リョージからグループチャットが飛んできて、ナナちゃんのアカウントがチューヤのSNSに追加されている。

 緊急事態の場合、そのグループ宛に連絡がくることになっている。


「最近、スッカスカのアドレス帳に、知り合いの名前が増えてるみたいで、よかったねーチューヤ」


「そういう皮肉いいですから、サアヤさん。……で、どういうことだよ、リョージ」


「だからくわしいことは、当人から聞いてくれよ」


「じゃなくて、その……まあ、それだけで済んだならよかったけども」


「うむ、水曜はそれで終わった。で、木曜なんだが、お返しにオレがお嬢に付き合った」


 ぎくり、とチューヤの背中が揺れた。

 リョージとヒナノ、はじめてのおデートということか?

 当人にそういうつもりはなかっただろうが、そういうことなのだ、とチューヤは決めつけた。


「つ、付き合ったって?」


 どぎまぎして吃るチューヤに、サアヤは静かに憐みの視線を向ける。


「なんか代々木上原に、ガブリエル? とかってひとが監禁されてて……いや、監禁されてるのは本郷のほうだったかな、ともかくその問題をどうにかするために、代々木上原と折衝しなきゃならんらしい。一度はお嬢単独で、というか、お付きの者たちを連れてだろうけど、モスクみたいなところに行ったらしい。が、女ということでなかなか入れてもらえないところもあったらしくてな、そこで男の力を貸してくれというわけだ」


「楽しそうっすね……」


「偵察みたいなものだったよ。あそこには、もっかい行かなきゃならん。チューヤもいっしょにくるか?」


「俺が行くことを好まないひともいそうだからな……」


 ちらりと横を見て、サアヤの哀れみの視線にぶつかり、さらに沈むチューヤ。


「そうか? チューヤはすごく役に立つ男だと思うが」


「そう言ってくれるのはリョージだけだよ。──そんなこと、お嬢いっこも教えてくんなかったなー」


 気高く彼方を見つめるヒナノの横顔を思い出し、その視界にチューヤのはいりこむ余地はないのであろう、と理解して嘆息した。

 女々しいのう、とサアヤまで憐れみを通り越してため息が出た。

 どうやら、彼らは高校生らしい……。


「──で、プロレス何時から?」


 その話を継続する勇気と気力がなくなり、チューヤは話題を変えた。


「あと1時間くらいではじまる。そろそろこっちの友達も着くころなんだがな」


 ふりかえった瞬間、そこに笑顔があった。



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