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PanDemonicA/2 -パンデモニカ/第2部-  作者: フジキヒデキ
下天は夢幻の如くなり
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66 : Day -38 : Shakujii-Kōen


「全員、無事に送り届けましたわ、校長」


 ぴし、と麻雀卓に牌を打ち込むのは、木枯らしの紋吉。


「校長ではない、アクマダモンだモーン。……リーチ」


 打牌を横にする校長。


「……まだ17歳の美少女が残ってるけどねー。えっとー、それ、ポーン」


 サアヤが校長の捨てた發を鳴く。


「結局、ふざけて集めたんスか、校長は、鍋部のみんな」


 ふてて捨てたチューヤのパイが、校長に直撃する。


「ローン! 安いほうだけど勘弁してやるモン。リーチ、白……おっドラ発見、ゴンニーだモーン」


「くっ、裏乗せるとか……」


「感謝してよチューヤ、私が鳴かなかったら一発で満貫直撃だよ」


「サアヤが鳴かなかったら捨てなかったけどね!」


 じゃらじゃらと牌をかき混ぜる。

 アクマダモン、木枯らしの紋吉、チューヤ、サアヤの4人が、鍋部の部室で麻雀卓を囲んでいる。

 これじたい非常にシュールな絵柄だが、どうやら夢ではないようだ。


 1時間ほどまえ、目を開くと、そこにはアクマダモンがいた。

 悲鳴をあげて飛び退いた。

 記憶が錯綜していた。


 そういえば俺は山を登って、頂上に着いたと思ったら崖で、そこから落ちて……目が覚めたのか?

 落ちると目覚める、まさに夢オチってか!

 と突っ込みたいところだが、まだ目覚めているという確信がない。

 ともかく東京の頂点を極めたが、そのさきは崖だった。


「愛宕山とは、恐れ入ったな。東京の最高峰ではないか」


 大阪の天保山と並び称されていい、標高26メートルの23区最高峰。

 そんな、とぼけた会話を交わしてから1時間のうちに、部員たちを全員、送り届けて顧問の責任を果たしたのが成田先生。

 ドアが開いて部室にもどってきたのは……木枯らしの紋吉。

 ようやくその着ぐるみにも慣れてきたようで、先日よりも足取りは軽快だ。


 なぜか部室に備品として置いてある麻雀卓シートと麻雀牌。

 この日のためであるかのように現在、それを使用している。


「ふざけてはいない。たまたまだ。トンナンシャーペー」


 牌を積む校長。


「ハクハツチューヤ!」


 サイコロを振るサアヤ。


「白髪言わない」


 山から配牌を取るチューヤ。


「東郷、西原、南小路、北内、ですか」


 顧問としてはおぼえやすいことを喜ぶ紋吉。


「麻雀とは、じつに宇宙的なゲームだと思わんかね? われわれの発想に、大きく働きかける力をもっている」


 配牌を並べ替える校長。

 ──東場3局。サアヤの親番。


「おっとー、先生それローン」


 8巡目、サアヤが牌を倒す。


「ダマ!? あらやだ、純チャン三色イーペー……え……」


 紋吉が自分の点棒を数えだす。アクマダモンは冷や汗を垂らし、


「インパチか……おそろしい子……」


「あいかわらずサアヤつえーなー。おまえの運否天賦はハンパないよ……」


 その強さをよく知っているチューヤは、サアヤの捨て牌にだけは気をつける。


「ファミリー麻雀で鍛えてるからねー」


 もちろんサアヤの「運」パラメータは飛び抜けている。

 18000点の手持ちがなかった紋吉は、箱を裏返して降参の意を表す。


「校長、そろそろ。……発田さん、送っていきますよ」


「チューヤはどうするの?」


 立ち上がるサアヤ。


「まだ、もうちょっと話していくよ、校長、いやアクマダモンと」


「そっか。じゃ先生、いっしょに帰りましょ」


 女たちが出て行く。

 部室にはチューヤと校長だけが残る。


 この舞台をしつらえた狂言まわし。それ以上でも以下でもない、と彼は言う。

 世界のほとんど始まりからいた、原初の神々の一柱。

 だいだらぼっち、あるいは創世の巨人。


 彼らは、はじめて地球上に生まれた知的生命体の取り扱いについて、どんな合意のもとに動いているのか、あるいは行き当たりばったりのチャレンジなのか。

 いずれにしても、校長は待っている。

 チューヤが道を選ぶ、そのときを。


「……なんで俺なんスか、校長」


「ニシオギのアクマツカイといえば、業界では有名だモン」


 小器用に牌を箱にもどす、着ぐるみの悪魔。

 チューヤも点棒をまとめて、アクマダモンに差し出す。

 たぶん彼がここで麻雀を打ったのは、今回がはじめてではない。


「それ、俺じゃないっスね。だったら異世界線の俺に決めさせてくださいよ」


「どっちにしても、同じことだよ。きみは、彼の同位体なのだから」


「……よくわかんねーけど、じゃあ、俺が決めた方向に世界は転がるとでも言うんスか?」


「きみは何様のつもりだ?」


「言ってみただけなのに、そんな脳天(から)竹割りみたいに全否定しなくてもいいでしょ!」


「まあ4体同時召喚できる悪魔使いというのは、それなりに希少価値はあるよ」


 もちろんチューヤは、自分自身をそれほど高く評価してはいない。

 むしろ自罰的で自己嫌悪が強い、鬱屈したロボットアニメの主人公に近いようなところがある。

 人格が才能に直結するかどうかの議論はさておき、その選択がどこまで重要な意味をもつかという話になると、彼自身というよりも環境のほうがより重要だ。


「俺の道は俺が決めるしかない、ってのはそうなんでしょうけど」


「若者の成長を見守るのは、じつに小気味良い。もちろんきみ自身が選ぶことが重要だが、そのために、ひとつ指針をあげよう」


 牌だけを箱にもどすと、麻雀セットの片づけを中断し、両手を後ろに組んで部屋をまわりながら言う。

 校長の言葉に、悩み顔のチューヤは顔を挙げた。


「さすが校長、導いてくれるんすか」


「いいや。決めるのは、きみ自身だ。こういう考え方もある、というだけの話だよ。──たとえば、彼女を見たまえ」


 そう言って、校長は境界化した麻雀卓の上、南家にヒナノの姿を投影した。

 この「麻雀卓」という配置自体が、じつは重要な意味をもっている。


 ──誇り高い淑女。

 世界の半分の信仰を背負い、唯一神の正義を体現する。


「お嬢が主人公、って話なら聞いたことありますよ。たしかに世界史は、現にキリスト教を中心とする一神教によって動かされているようなところがある」


「そのとおりだ。ゆえに彼女が背負うのは、その中心となる世界史、唯一神教史観にもとづいた信徒たち、()()()()()()を、彼女は救うだろう」


「全人類の……半分」


「つぎに、彼を見ろ」


 校長は西家にケートの姿を投影する。


「ケートの正義は、数学を中心とした科学、ですよね。インドの宗教をバックボーンにしてはいますけど、よく見れば核心になっているのはインドに発した数学だ」


「そうだ。彼らは人類の到達した叡智を象徴する。人類の生存域を押し広げ、いずれは宇宙を支配しようとしている。彼は人類を救うだろう。より正確には、()()()()()を」


「人類の、未来……」


「つぎに、彼を見ろ」


 東家にリョージ。


「リョージですか。最初はカオスな不良、みたいなイメージでしたけど、あいつほど自然を大事にしてるやつはいませんよ。気持ち的には、あいつのやり方が正しいんじゃないかなって思うときもあります」


「なぜなら彼は、()()()()()からだ。人類はやりすぎた。それを理解して、その生存域を縮小しようとしている。人類は他の生物たちから、あまりにも搾取しすぎた。それを返してやろう、というわけだ」


「しかも、無理のない方法でね。そうか、だから正しいように思えるんだ。リョージは、多様な生命を救おうとしている」


 カオスとは混沌であり、画一化された秩序に対立する。

 人間に選ばれた生命だけでなく、すべての生命の自然で自由な生存競争を是とする。

 リョージの父親は、人類が都市という一極に集中して暮らせるように、億の帝都を築いてやろうではないか、という社是の会社で働いている。


 人類は、いくつかの拠点に集まって暮らすべきだ。

 そして残った土地は、地球の仲間たちに返してやろう。

 それが「現代のカオス」ということになる。


「最後に、彼女を見ろ」


 闇の中心に立つように見える、マフユは北家だ。

 彼女にだけは同調できない、とチューヤは思っていたが、なぜか空恐ろしい吸引力のようなものも感じる。

 そこに言い知れない説得力をもたらす理屈が、あるとしたら。


「世界を滅ぼそうとかいうやつでしょ。さすがに、それには同意できないですよ」


「それはきみが、生命の側──有機的な視点に立つからだ。ロキ(邪神)とはロック(岩)なのだ。生命にとっては、邪悪な神に見えるかもしれない。だが考えてもみたまえ、宇宙とは基本、無機的なものだ。生命などという夾雑物によって、無機物たちの静寂を乱されたくはない。()()()()()()()()()()と──()()()()()()()()としたら、どうかね?」


 半導体が、考えて、答えを出す。

 われわれは、いま、そういう時代にいる。

 無機物による世界が、宇宙の本来あるべき姿。

 人類をはるかに超越した思考力、彼らの無限に広がる()()()()を、個々の人類の小さな脳髄に把握できるわけがない。

 飛躍しすぎる。思考が追いつかない。


「ちょっと待ってください、校長、それって」


「そうだな、彼女の存在を理解することが、このさい、いちばんむずかしいのかもしれない。だが、重要な問題なのだ。彼女がラスボスである可能性は高いだろう。しかし、本当の主人公である可能性だってあるのだ。きみはその事実を、心のどこかに刻んでおく必要がある」


「マフユが、主人公……。生命という有機物から、無機物の世界を、守る」


 チューヤの脳に、抱えきれない情報がぶちこまれ、錯綜する。

 一介の高校生には、容易に処理できない。できるはずがない。

 あらためて、ぐるりと世界を見わたす。


 人類の半分を救おうとする少女。

 人類の未来を築こうとする少年。

 生物全体を救おうとする少年。

 そして無機物の世界に還ろうとする少女。


 人類の行く末が、この選択にかかっている。

 だが、そもそも人類の行く末など、考えるべき立場ではないはずだ。

 ひとりの高校生男子がキモチイイ答えであれば、それでじゅうぶんなのだ──。


「ならばつくるがいい、きみの神を。アッラーフと、ゴータマブッダと、シヴァを寄せ集めて、3身合体するがいい。きみの道は、そういう困難の果てにしか、開けないのだ」


「俺の、神を、つくる……」


 ふつうのゲームでは、ありえない。ラスボスが最初からナカマにできるとか、おかしい。いや、もちろん最初からはできないが、ある程度プレイさえすればレベルは上がる。

 だが思想は?

 その神は、ほんとうに従うべき神か?


 アクマダモンの視線にぶつかり、チューヤはブルッと背筋をふるわせた。

 この考えを推し進められる段階に、まだ自分はいない。


「保留です、校長! 俺ァ答えを保留しますぜ、永遠に!」


「捨て鉢なことを、胸を張って言うのはやめたまえ。まあ、さしあたりはそれでいいだろう。それしかないかもしれんな。だが、いずれは」


 追い詰められたら、決めざるを得ない。

 そんな日が、遠からずやってくる。



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