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PanDemonicA/2 -パンデモニカ/第2部-  作者: フジキヒデキ
神さまのつくりかた
63/93

62 : Day -38 : Shakujii-Kōen


「ケートの科学万能みたいな態度も、オレはどうかと思うけどな」


「そんなことは言っていない。科学はまだまだ不十分な体系だ。しかし、他のどんなパラダイムと比較しても、いちばんマシであることもまた事実だ」


「民主主義を気取っているつもりですか」


「みんな仲良く、仲良くね!」


「くだらねえ。みんな消えればいいんだ」


「おい! 最後にとっといた俺の肉が消えたぞ! またおまえか、マフユ!」


「葉っぱの下に隠したって、あたしにゃお見通しなんだよ。けけけ」


 騒がしい鍋部の面々を、生ぬるく見守るアクマダモン。

 彼らをここに集めたのは、あきらかに成功だったと確信する。


「それ~を木の葉で、ちょっと、か、ぶ、せ……」


 歌声が聞こえる。

 いつものようにサアヤの歌声かと思ったが、そうではない。

 室内に満たされていた境界の雰囲気が、異質な気配を含んでいることに気づく。

 だが、どんな意味をもつのかまではわからない。

 アクマダモンの姿が、揺らいで見えた。


「久我山どこさ……♪」


 かすれた老人の声が、最初メロディだと理解できなかったが、チューヤだけはハッとして、長い連想ゲームの答えにたどり着いたような気がした。


「たまに見る、悪夢に出てきた」


 あまりにも昔のことのように思われるが、まだ3週間しかたっていない。


「居眠りはよくないな」


 見透かしたような校長。

 彼が糸を引いて集めたヒーロー、ヒロインたち。

 その散在する意志を、集めて流そうとする別の強い意志。


()()()()()()()って」


 悪魔は言っていた。

 自分たちがこの世界を破壊する責任は、おまえたち自身にあると。


「けど呼んだのは校長じゃん」


「年寄りの妄言を信じるとすればな」


「あんたがたどこさの悪夢、みんなは見てないの?」


「正確には肥後てまり歌だね」


「なんでもいいよ。船場山の狸は、つまり校長、あんたなのか」


「ふふふ……それだと、わたしは食われてしまうな。まあ、似たようなものか」


「それをリョージが鉄砲で撃ってさ♪」


「こんなハゲ狸、食いたくねえな」


「冗談はさておき、どういうことですか、校長」


「──エコーだよ」


 錯綜していた会話が、校長に集まる。

 長い授業も、そろそろ終わりに近づいている。


「やまびこ?」


「そうだ。きみたちが叫び、紡いだ物語の残響だ。その世界は、しばしば破壊され、死滅し、崩壊して、絶望の苦難に満ちている」


 物語の世界であれば当然、そうなる蓋然性が高い。

 何事もない日常を描いても、ドラマにならないからだ。


「何千年もまえから言いつづけてきたでしょ、人類は。末世だ、世紀末だ、悔い改めよ、世界は滅びる、ってね。それが21世紀になって、突然その責任を問われても」


 チューヤは眉根を寄せ、先祖たちが積み上げてきた「借金を返せ」と言われて、なんで俺が返さにゃならんの、という気分に陥っている。

 借金は当事者が、当事者に返すべきだ。


「そう……だが、消え去ることはないのだ。高らかにことほぐ栄光の福音も、絶滅を叫ぶ脅迫の言辞も。滅びのエコーは積み重なり、きみたちを待っていた。無限にある世界で、虐げられた人々が、成功したきみたちの資源を、返せと要求している」


「だからさ、返せって言われても……べつに奪ったわけじゃないでしょ」


「きみたちから見れば、そうだ。だが、彼らから見ればそうではない。事実、滅びを描いて多くの人々が利益を得ているではないか」


 たしかに20世紀末には、世紀末ビジネスとでも呼ぶべきバブルがあった。

 1999年に世界は滅びる滅びる詐欺でリョージの姉は生まれたし、時々刻々、その手の煽りは巨大なマーケットを形成している。

 聖書からマヤ暦まで、時勢に見合った「滅び」を売り出し、日常の糧を得てきた人々は、世界中に一定数いる。


「かつて世界が絶滅する物語を描いた人々に、彼らがその印税を要求しているわけかな」


「ひらたくいえば、そういうことだ」


 ひらたくいいすぎているきらいはあるが、東京都が「非実在青少年」という論法をもって表現を規制しようとする事実があるなら、逆に「非実在世界線」に対して権利を主張する人々がいても不思議はない。

 彼らは、われわれの想像した破滅的世界観によって被害を受けた人々であり、それによって得た利益の応分を受け取ってしかるべき権利者である──。

 という主張は、現に採用され、進行中である。


 校長の姿が遠のく。

 いま、こうしてアクマダモンの授業を受けた世界線。

 あるいは、受けなかった世界線。

 そういうものがあっても、もちろんいいはずだ……。




「まあ、落ち着けよ。一杯飲んで忘れようぜ」


 どん、とリョージがテーブルのうえに、なにか重いものを置いた。

 その音で、何人かの視線が集まる。

 食い散らかした鍋の残滓に、魅力的な「銘酒」が映る。


「おい、リョージ。おまえは天才だな。サアヤを除けば、この部活で価値があるのはおまえだけだよ」


 うれしそうに、マフユが言った。


「いちばん無価値な駄ヘビは黙ってろ。……ボクは飲まんぞ、そんなもの」


「私もいいやー、ってか、みんなダメでしょ、それは!」


 そっぽを向くケートに、サアヤも同調する。

 酒に集まってきたのはマフユと、控えめにヒナノ。

 背伸びをしたい年頃のチューヤも、こっそりと近寄る。


「校長もいないし、俺はいいけど。てか、どっから出したんだよ、そんなもん」


 見まわせば、いつのまにかアクマダモンの姿はない。


「さあ、こいつがもってきた」


 リョージの傍らに、にょろっ、と顔を出す小さな妖精。

 チューヤは、ナノマシンを起動しながら、


「そーいやリョージ、またガーディアン付け替えたのか」


名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅

パック/妖精/F/中世/イギリス/民間伝承/栄町


「このまえ板橋のほうでさ、いろいろあったんだよ」


「またかよ……リョージのいろいろは長いからなあ」


「退屈はしないけどね」


 パックはオベロンの召使で、シェイクスピアの戯曲にも登場する有名な妖精だ。

 より邪悪に進化したケルトの妖精をプーカと呼び、パックよりも邪悪で、フェアリーのなかではもっとも強力とされている。

 悪魔使いネットワークによると、邪悪なパック「プーカ」が板橋あたりを荒らしている、という話を小耳にはさんだことはある。

 サテュロスから発展したこの邪悪な妖精退治の仕事を、どうやらリョージが請け負っていたらしい。


「で、オベロンさんとティターニア夫妻に感謝されてな、まあ、その後もなんやかやあったわけだが、こうしてオレのガーディアンになっている。けっこうトリッキーなスキルもってるし、おもしろいぞ」


 リョージの「なんやかや」は、ほんとうに冒険心をくすぐるエンターテインメントとエキセントリックに満ちているのだが、いまは掘り下げている余裕はない。


「もー、みんなまだ未成年でしょー?」


「……サアヤさん、このまえ俺の18歳の誕生日、お祝いしたよね」


「ひとりだけ年取ったやついたな、そういえば」


「やーい、おっさーん」


「私たち、まだビチョビチョの17歳!」


「ふん、濡れネズミどもめ」


「17歳にもなれば、りっぱなおとなですわ」


 ヒナノがめずらしく、自分のグラスをリョージのほうに差し出した。

 にや、っと笑ってドブドブとすりきり一杯そそぐリョージ。


「酒豪のお嬢が、堂々とワインに溺れられるってわけか」


「溺れません」


「もうー、日本では20歳からだよー?」


「存じておりますわ。おかげさまで去年から、ヨーロッパ旅行の楽しみが増えました」


「日本人でもいいの?」


「国籍がどこであろうと、飲酒や喫煙はその国の法律にしたがうのがルールです」


 国外でも適用される国内法というのはある(国外犯処罰規定など)が、飲酒について規定はないので、日本人でもドイツに行けば16歳で飲酒してかまわないし、ドイツ人でも日本に来たら19才だろうと飲酒してはならない。

 ちなみに、通貨の偽造は国籍に関係なく適用され、殺人、強姦などの重犯罪については国外犯罪規定に該当する。


「へー、外国は16歳から酒飲めるんだな。いいねえ、こんどオレも連れてってくれよ」


「……あなたが望むなら」


「リョージは、いまでもちょいちょい飲んでるだろ」


「付き合いだからしかたない。って、なんで知ってんだケート」


「リョーちん! メッ!」


「語るに落ちたな。秘密にしといてやるからカレー鍋を増やせ」


「違法だなんて知らなかったんだ、なんてな」


「? 違法って、酒とタバコが? ふつうに売ってるだろ。あたしの読む本のなかの高校生たちは、みんな堂々と飲酒喫煙してんだが」


「なにが()()()だ。昔のヤンキーマンガだろうが、それは」


「ヤンキーかっこワルイ!」


「最近の若者は善良になっているんだよ、昔のワルとちがって」


「それな」


「ケートとサアヤは、ほんとに飲まんのか?」


「付き合いだぞ、ケート。日本にはノミニケーションという言葉があってだな」


 年上らしくグラスを手に言うチューヤ。

 チューヤごときに偉ぶられると、さすがにカチンとくる。

 という心理作用まで計算していたのかは不明だが、ケートは冷蔵庫から牛乳を取り出してきて、言った。


「ボクは日本人だからな。アルコール代謝酵素が半分しかないんだよ。……これに混ぜろ」


「えー? 牛乳割りー?」


「気持ちわるいもん飲むな、おまえ」


 ストレートしか飲まないマフユは舌を出したが、


「いや、ポン酒には意外に合うぞ、牛乳。けっこう通じゃないか、ケート」


 加減して酒を注ぐリョージ。


「炭酸や柑橘系は合いませんが、ミルクはわるくないですね」


「もー! みんな17歳でしょ、なんでそんなにくわしいの!?」


「甘酒みたいなもんだよ。ほれ、ガムシロ。サアヤもいけ」


「……しかたないなー。これも付き合いだからねー、ほんと、しょーがないなー」


 日本国内ではもちろん違法だが、パックが見える程度には境界化している。

 境界は日本ではない、すくなくとも日本国の法律が執行される領域ではない、という強弁が通用するとすれば、彼らは情状酌量される余地がある。


 全員の手にわたる銘酒『酔夢丹』。

 乾杯の瞬間が近づく。

 刹那、ガラッと開く部室のドア。

 一同の視線が集まるさき、全力疾走してきたらしいアクマダモンが、息を切らせている。


「それは、わしが……いや、校長が大切にしている秘蔵の銘酒、『酔夢丹』じゃないかモン!? 勝手に飲んだら怒られるモン!」


 勝手に飲む以前に日本国民として怒られるわけだが、アクマダモンは飲酒についてどうこう言うつもりはないらしい。

 しばらく見つめ合っていた6人は、軽く肩をすくめ、さしてあわてるふうでもない。なかば無視している、といってもいい。


「さて、所有者の同意も得られたことだし、パーッといこう」


「モーン、モーン!」


 飛び込んできて暴れるアクマダモンをマフユが押さえつけ、リョージが新しいグラスをもってきて、校長の分を注ぐ。


「ひどい……」


「さだめじゃ」


 もらい泣くサアヤに、気にしていないケート。

 暴れる校長。


「やめるモン! その酒には、強い呪力がこめられているんだモン! 飲むと死ぬんだモーン!」


「昔の落語みたいな言い訳をするんじゃないよ。よし、乾杯だリョージ」


 アクマダモンに馬乗りになって言うマフユ。

 ──有名な狂言に、砂糖のことを「附子ぶすという猛毒だから近づくな」と言い置いて、主人が外出した隙に、それを食べてしまった太郎冠者、次郎冠者が「掛け軸と茶碗を壊してしまったので、お詫びに死のうと附子を食べたが死ねない」と言い訳する話がある。

 貴重な砂糖を守るためなら、どんな偉い人間もウソをつく、という話だ。


「やめるモーン! わかったモン、ほんとは死なないけど、たいへんなことになるモーン」


「こうなったら、もうあきらメロン、校長。やつらが飲むと言ったら飲むぞ」


 ケートが静かに諭すと、アクマダモンは徐々に動きを弱め、やがて言った。


「……し、しかたないモン。どうなっても知らんモーン」


「まあまあ、校長も一杯」


 グラスをもってくるリョージに、諦めがついたらしい校長。

 馬乗りになっていたマフユは立ち上がり、腰に手を当てて一気に飲み干す。


「ぷはーっ! こいつァいい酒だぜ、校長のくせに、やべえもん隠してやがんじゃねえか、なあおい!」


 ばんばんと校長の背中をたたくマフユ。

 かなり堂に入った酒乱の気配だ。


「どうなっても知らんモン……わしは、なにも見ておらぬ」


 アクマダモンは頭を脱ぐと、ひとり壁に向かってチビチビと飲みはじめた。

 結局、彼も飲みたいのだった。


 が、さすがに校長という立場では、生徒の飲酒まで容認するわけにはいかない。

 彼は「知らなかった」のだ。知らぬ間に生徒たちが校長室から酒を盗み出し、勝手に酒盛りを開いていたのだ。

 と、そういう体でないと困る。


「ツマミはないのか、リョージ、ツマミ!」


「待ってろ……ほい、一丁上がり、肉トーフお待ち!」


 残り物をぶち込んだフライパンに、冷蔵庫にあった豆腐と長ネギをザク切りで入れ、ゴマ油でひと焼き。

 あとは焼き肉のタレで完成する、男のツマミ・シリーズ第1弾。


 手を伸ばす、飢えたケダモノたち。

 ガッつくマフユの酒とサカナの消費量は群を抜いている。

 静かに酒をたしなむヒナノも、そうとうなものだ。


 肉トーフを小皿にとって、哀愁を帯びた背を向ける校長の横に、そっと置くサアヤのやさしさ。

 おえー、という顔をしつつも、べつに問題なく飲酒するアルデヒド脱水素酵素2(アルコール分解酵素)活性のチューヤ。

 ちびちびと飲みつつ、自分の遺伝子を呪うアルデヒド脱水素酵素2低活性のケート。


 日本人の6割は、欧米人と同様、問題なくアルコールを代謝できるが、4割は低活性で飲みすぎると具合がわるくなり、4%の不活性型においてはいわゆる「下戸」で、正常にアルコールを代謝できないため飲んではいけない。

 この部活には、4人の問題なく飲めるメンバーと、2人のやや弱いタイプがいるようだ。

 日本人としてはまっとうなバランスである、といえる。


「最上クンか」


「モガミクン? だれよそれ」


「肉ダレを、集めて組みし、最上クン」


「どこかで聞いたことあるな……」


「肉ダレ?」


「焼き肉のタレのことじゃね」


「肉ダレうまいよねー」


「集めて組むってなによ」


「もつ鍋にほりこまれた部位を組み立てれば、元通りの牛になる、と信じて集めつづける狂人の話かな」


「……ものを食ってるんですが」


「もつ鍋の話は別の機会にしてくれよ」


「肉トーフうまい! 成長期に欠かせないタンパク質のコラボレーション!」


「成長期にアルコールはどうかと思うが……」


「うむ、このインドと中華と和風が混ざったような、無国籍な割り下がいいね」


「ただの焼き肉のタレだが……」


「さっきから突っ込み弱いよ! 歌え、昭和の歌娘」


「いえーい! 酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞー♪」


「かんぱーい」


 酒宴。

 高校の部室にあるまじきこの醜態に、いかなる懲罰が下されるだろう──。



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