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PanDemonicA/2 -パンデモニカ/第2部-  作者: フジキヒデキ
神さまのつくりかた
61/93

60 : Day -38 : Iogi


「ヤハウェも原初神なんだよな、そういえば」


 つぶやくチューヤは、まだその問題の大きさを理解していない。

 部員一同、顔を見合わせて侃々諤々がはじまる。


「ユーラシアを支配する最大勢力だろ」


「待ってよ。たしか原初神って、名前は知られてるけど実力はないとか、そういうタイプの神さまなんじゃないの?」


「ほとんどは、そうだ。しかし、力のある神もいる」


「スフィンクスは、けっこう強かったよ。まあ有名だしね」


「そうか、アフリカのライオンに会ってきたか。人類の母なる大地を司りながら、あれほど人類に興味をもたぬ原初神もおらぬくらいだが」


 チューヤの言葉にうなずき、なつかしげに言う校長。

 たしかに、ペットショップのスフィンクスは、人間よりむしろ「動物たち」に興味があるようだった。


 多様な生物種の爆発を起こした、アフリカの大地溝帯。

 その壮大な実験室から生み出された、個性的な生命の流れを見守った原初神。

 ハイアールマグマを駆使して創造した生物たちの饗宴の掉尾を、みずから「スフィンクス」という奇形に身をやつすことで飾ろうとしているかのようだ──。


「けどさ、諸悪の根源は、人類の魂を賭けの対象にした、ワルワルーい原初神どもなんでしょ?」


「だとしたら、反撃したいかね? 何度も言うが、道を選ぶのはきみたち自身なのだ。神とともに生きるもよし、それを破壊するもよし、みずからが正しいと思う未来を選びたまえ」


 サアヤの問いに答え、原点を示す校長。

 ──ヒナノ、マフユ、それ以外の面々のさきにも、それぞれの道が伸びている。


 まだ、みずからの道をもたない者もいる。

 彼が、仲間たちのだれかと同じ道を選ぶのか、それとも単独の道を選ぶのか。

 最後に校長は、まっすぐにチューヤを見つめた。


「鍋は、すべてをごった煮し、混ぜこんでしまう。そんなことが可能なのか? 悪魔使いの道は、不可能への挑戦かもしれない。──()()()()()たまえ。たとえそれが唯一神であろうとも」


 がたり、とヒナノが立ち上がった。

 剣呑な話が、転がりはじめた──。


「だけど、唯一じゃないよね、悪魔の配置を見るとさ」


 チューヤの不用意な表現に対して、


「悪魔とはなんですか」


 噛みつくヒナノ。神への冒瀆を許すわけにはいかない。


「認めたくないのはわかるが、世界はもう、そういうシステムでまわってるだろ」


「けっこうリンクしちゃってるからね、ゲームの設定と」


 嘲弄ぎみのケートに、うなずくしかないチューヤ。

 かつて、この部室のパソコンからアクセスした『デビル豪』のデータベースにおいても、すでにあきらかになっている唯一神の5つの位格。

 中央区の各駅を支配するのは、ヤハウェ、パーテル、フィリウス、スピリタスサンクス、そしてアッラーフだ。


「5つの名前で出ています~♪」


 呑気に歌うサアヤから、邪教の味方に視線を移してうながすケート。


「それぞれ、バックボーンがいるな?」


「あいあーい。ヤハウェはユダヤ教、パーテルはカトリック、フィリウスはプロテスタント、スピリタスはオーソドックス(正教会)、そしてアッラーフはイスラーム、という設定になってるざんす」


 恐れげもなく答えるテイネ。

 このあたりは、悪魔全書を参照すれば開示されているデータだ。


「三位一体を、勝手にそのように分割するのは、いかがかと思いますが……」


「神学機構は事実、そういう運用をしている」


 眉根を寄せるヒナノを、冷たく突き放すケート。

 ──巨大すぎる組織、神学機構。

 多様化した「アブラハムの宗教」を一括して取り扱うという不可能に挑戦し、とにかくも成立したこと自体が快挙ではあるが、内部のきしみはいかんともしがたい。

 査問を受けるガブリエルの姿を思い出し、ヒナノは短く嘆息した。


「唯一神が唯一ではない、そう言いたいのですか、あなたたちは」


「いや、そうではないよ」


 首を振って言下に否定したのは、校長だった。

 ケートは意外そうな表情で顧み、


「まずはデカすぎる神学機構をたたこうって相談じゃないのかよ、校長」


「わたしは、どの生徒の敵にも味方にもならぬと言っている。ただ、きみたちに()()()()()を提示しているだけだ」


 それが一貫した校長の教育方針である。

 かつての日本が、同じ思考をもった会社人間を大量生産するためのマスプロ教育に邁進した過去から脱却し、新たに「考える悪魔たち」を創り出すことで、見えてくる未来がある。

 さしあたり「解体」対象となっているのが、神学機構なかんずく唯一神だ。


「たぶん、その5つのなかじゃ、()()()()()のはヤハウェだと思うんだ」


「ユダヤ教か。ま、信者数で考えれば、そうだろうな」


 億単位が当然のカトリックやイスラームに対して、ユダヤ教徒のオーダーは1000万程度だ。

 そもそもユダヤ教は「世界宗教」ではない。

 ユダヤ人のみが信じる「民族宗教」なのだ。


「……なるほど。だからヤハウェは、唯一神としては低めのレベルになっているわけだな」


「室井さんによると、レベル91以上は、強さというより〝序列〟って意味合いのほうが強いらしいよ」


「唯一神序列5位、やはうえさま~♪」


 ゲームプログラマーの裏庭を暴くチューヤに、悪乗りするサアヤ。

 弟を思い出し、憮然とするヒナノ。


「その歌い方はおやめなさい」


「さあ、そこからだ、重要なのは。……神さまの作り方、悪魔使いにとっては重要な情報だろう?」


「冒瀆ですね」


 ヒナノの視線が、いっそう厳しさを増す。

 最初から、チューヤという存在は、ヒナノにとって恐ろしく不遜で、許しがたいのだ。

 「悪魔使い」という名前からして、もう拒否反応のジンマシンが出るくらいである。


「だが、事実なのだ。ダビデの末裔(すえ)よ」


 校長の深い沼のような視線を受け止め、ヒナノはわずかに身じろぎして唇をかんだ。

 ──紀元前1000年ごろ、先住民であるペリシテ人との抗争を勝ち抜き、王国を打ち立てたのがダビデであり、エルサレムだ。

 ここに重要ななにかがあるとしたら、ド田舎カナンで、YHWHという神が生み出された、という事実であろうか。


 さっそく、ケートが乗っかった。

 彼は、ヒナノをいじめるのが大好きだ。


「そういうことか、校長。いや、ボクも昔から、それは思っていた」


「どうやら不愉快な話のようですね」


 ケートの表情を見ただけで、すべてを察したようにげんなりするヒナノ。

 仇敵、唯一なる神を腐す絶好の機会を、ケートが逃すはずもない。


「学問的な真実だよ、そうだろ校長。教えてくれ、()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「子音のみで、読み方は不明とされている。そもそも神聖なその名を、不用意に口にすべきではない。……そうだね?」


「やはうえさまー、って歌ってくれたらいいのに、ヒナノン!」


「…………」


 ヒナノは警戒を新たにした。

 脳裏によぎる弟ミツヤスも、かなり独特な思想をもっているが、いま目のまえにいる多神教徒たちとは()()()()、最終的には味方であると信じている。

 そう、考えてみれば、この部活には()()()()()()


 彼女は鋭い視線を校長に投げかけた。だれの敵にもならないのではなかったのか?

 と、そこでは最後の肉を頬張ったアクマダモンが、しっかりと着ぐるみを着こんで視線を防御している。

 やむなく攻撃的なケートに視線を転じると、彼は飄々と肩をすくめ、


「なんだい? 怖いじゃないか、あまり睨むなよ、やはうえさま」


「アブラハムの奉じる神……いえ、セム的一神教のすべての神罰を受けますよ」


 どろどろの会話をBGMに、校長が結論を求めたのはテイネだ。


「教えてくれ、その()()()の悪魔合体による作り方を」


 邪教の味方が、神の真実を曝露する。




 そのあまりにも冒瀆的な言辞に、ヒナノはしばし意味すら理解しかねた。

 唯一の神を、悪魔合体で、つくる?


「……は? キャラ……つくる、悪魔?」


 げらげら笑いだすケート。


「最高のカリカチュアだな、チューヤ、そう思わないか? まさに悪魔使いの面目躍如ってわけだ」


「邪教システムを使えば、神も悪魔も自由に生み出せる」


「いや、それほど自由じゃないけど」


 一応否定するチューヤだが、脳内には悪魔使い特有の思考回路が組み立てられている。


「理屈のうえでは、すべての悪魔は合成できて、ナカマとして使えるってことだろ?」


「ま、そうだね。合体制限が解除されてて、俺に使いこなす能力さえあれば、だけど」


 ということは、条件さえ整えば、ヤハウェだってつくれる。

 そもそも、ジャバザコクで教わったばかりではないか。

 神というものは押しなべて、人間によって歴史的に「つくられた」ものだと。


 ヤハウェも例外ではない。

 その誕生の過程は、シナイ山の精と、ウガリット市の最高神エルを()()()()()、という説が有力だ。


「ざんす。唯一神の具体的な合体レシピについては、ロックがかかっているので、あんさんにはまだ、まったくつくれる気配もござんせんが」


「だろうね……」


 そんなチューヤを見つめるヒナノの視線は、より厳しさを増している。というよりも、恐怖や嫌悪感のほうが強くなってきている。

 悪魔使いとは、なんと冒瀆的な存在であろうか。


「よもや、神を……」


「手遅れなんだよ、お嬢。ボクたちはもう、()()()()()()にいるんだ。──とっとと成長しろよ、チューヤ。キミがアッラーフとヤハウェを引き連れて、フェンリルとロキを退治する神々の黄昏を、ぜひとも特等席から眺めたい。くっくく……そうかい、悪魔を集めて合体させるだけでいいとはな、ヤハウェごときもんは」


「不遜な物言いはおやめなさい。なにが合体ですか……」


 信仰に篤い人々から見れば無礼にもほどがある思考だが、悪魔合体は遺伝子工学のように洗練された「神的要素の概念合成」を取り扱う応用数理であり、厳密に数値化され、そのふるまいは(ほぼ)完全に解析された、いわば「霊魂の科学」である。


 天才が頭を寄せ集めて、そういうロジックを構築してしまったのだから、冒瀆だの不遜だの言いだしたところで手遅れだ。

 量子力学のように、われわれの理性が反発するものを「認めない」のではなく、それはもう「そういうもの」だから、納得するしないはともかく受け入れる、というところからスタートしなければならない。


「──悪魔合体は、進化生物学なのだよ」


 校長が答えを喝破する。

 ──遺伝子の断片が混ざり、変化し、受け継がれる。

 それは生命の進化と、おどろくほど類似している。

 あたかも悪魔合体が、つぎなる人類社会のモデルケースであるかのような。

 そのような連想を誘導しているとしたら、校長の思惑は奈辺にあるか。

 チューヤの選ぶ道は、あるいは──。



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