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47 : Day -39 : Nerima


「あたしに口を開いてほしければ、餌を用意しろよ。腹減ってんだ」


 うそぶくマフユを無視して、ケートは淡々と追及の手を進める。


「以前、ボクの投資している関連の会社から、重要なデータが盗まれたという話をしたな?」


「……?」


 首をかしげるチューヤ。

 同じ場にいたサアヤが、確認しつつ記憶を掘り起こす。


「ほら、チューヤ、なんかケーたんがリョーちんとケンカしてて」


「……ああ、ウサギとカメがどうとかいう、どうでもいい話か」


「どうでもいいとはなんだ!」


「ともかく、そのときリョーちんの知り合いのルイさんが盗みにはいったとか、ケーたんがケンカ売ってたじゃん?」


「当時の証拠では、そう考えざるを得なかったんだ!」


「なんか、何年もまえの伏線を回収している気分だな」


 言ってはならないことを言うチューヤ。

 それについては、すくなくとも「実行犯」については暴露され、ケートからチューヤにその情報が送られたおかげで、「王子の狐」のシナリオが進められた経緯もある。


「で、ところが?」


「ああ、新しい証拠が見つかってな。実行犯を雇った黒幕だ。そう、犯人は……そこの蛇の一味なんだよ」


 一同の視線が、再びマフユに集まった。

 マフユは悪びれもせず、ふんと鼻を鳴らす。


「なんの証拠があるってんだ?」


「おい、このフロッピーを見ても、まだそういうことが言えるのか? これは、おまえがおまえの友達にくれてやった、悪魔のアイテムだろうが?」


 現物として指し示す、5インチフロッピー。

 それにどの程度の証拠能力があるのかが、チューヤたちにはわからない。


「わかるように説明してくれよ、ケート」


「しかたないな。……うちではセキュリティの一環として、開発したモジュールのプロテクトコードを、5インチのフロッピーに落として保管していたんだ」


 だからケートは、その古式ゆかしい様式の正体を、すぐに見破ったのだった。


「データ本体じゃなくてか?」


「開発に複数人がかかわっているし、バックアップの問題もある。そもそも巨大すぎてネットワーク上に置いておくしかないんだ。しかしもちろん、だれでもアクセスされるのは困る。そこで重要な鍵だけを、14枚のフロッピーディスクに落として、中心的な数人の開発者だけが触れる仕様にしていた。それが盗まれた」


「……14枚ねえ」


 チューヤの脳裏に、いやな感触が宿る。

 世の中、人体も含め、重要なものはだいたい14のパーツにバラされるものらしい。


「もちろん盗まれたと判明した時点で、プロテクトコードなんか無効化されるわけだが」


「じゃ問題ないだろ」


「盗まれた直後に、データは全部、ダークウェブに吸い上げられてんだよ。あいつらは古いバージョンのデータなら、プロテクトを解除できるってわけだ」


「……怖い世の中だねえ」


「ダークウェブか。ふん、なるほどな」


 マフユも表情のどこかで得心がいっている。

 ケートは苛立ちながら、マフユを睨みつけた。


「で、残り13枚のフロッピーディスクはどうした?」


「キキは、あたしのお気に入りだからな。2枚くれてやった。あとの12枚は知らんが、なんかドルオタみたいなやつが、推しメンをコピーするんだとか言い出して、何枚か勝手に持ち出したらしいってのは聞いた」


 理解が進むほどに、チューヤも頭痛がしてきた。

 AKVN14とかいうアイドルグループにはさしたる興味もなかったが、彼女らが本拠としている赤羽に乗り込む理由が、またひとつ増えてしまった。

 そういえば総選挙とやらが、アメリカ大統領選よろしく、この11月中に開催されるらしい──。




「そろそろ吐いてもらおうか、クソ蛇。ロシア絡みってのはわかってる。キキーモラはもちろん、ロキからして北欧系だしな」


 まなじりを決し、ケートが詰め寄った。

 茶々を入れるつもりはないが、なんとなく問いかけるチューヤ。


「北欧ってダークなのか?」


「極地方ってのは原理的に太陽から受けるエネルギー量が少ないんだ。皮膚の色が薄くなった分、精神はダークにもなろうさ」


「そんな理由?」


 ケートは、深く吐息した。

 ぐるり一同を見まわし、両手を広げ、演説調に語りだす。


「キミたちは、いいかげんに理解すべきだ。人間を含めたすべての生物は、そこから派生した悪魔も含めて、すべて宇宙という巨大な秩序の歯車にすぎない。北欧の主神オーディンも、そもそも冥府の神だということを忘れるな。

 いまさら言うまでもないが、神が正義だなんて夢にも思うんじゃない。ギリシャ神話の神々はもとより、だいたい世界中で神どもは好き勝手してる。好き勝手できる()()()()()()というのは、そういうことだからだ。

 だからお嬢の妬み深い唯一神が、どれだけ手前勝手な理由で大虐殺に走ろうと、あいつらにとっちゃ当然なんだ。好き勝手した勝ち残りが、自分に都合のいい悪魔に神の名をつけて、あたかも正義であるかのようにでっちあげる。それが歴史ってもんだ」


 マフユは唾を吐き、中指を立てて言葉を返す。


「長々とチビの講釈なんざ聞きたくねえ。あたしはべつに自分が正義だとも、正しいとも、わるいとすら思ってねえ。すなおに望むことをやってるだけだ」


「それが悪だってんだよ」


「てめえにとってはな。あたしらにとっては、これが自然なんだ。力の強いだれかが、それをやろうとして、力のつづくかぎりやる。当然の話だ」


 秩序と暗黒は、噛み合わない側面を接して、互いを削り合う。

 ケートは暗黒以外の勢力を代表するように、マフユの深淵に立ち向かう。


「ボクは、お嬢が好むような正義の話は好きじゃないが、その力が現に最強の宗教を築き、世界を支配している事実は認める。

 人類が築き上げてきた秩序の話なら、ボクの領分だ。いまさら科学の恩恵について説明するまでもあるまい。

 リョージがでっち上げようとしてるご都合主義の混沌にも、一利くらいは認めてやってもいい。あくまでもボクたちの箱庭の一部としてだがな。

 ──だが蛇、おまえの論理は不可能だ。完全に破綻している。ぜったいに認めるわけにはいかない」


 対峙するケートとマフユ。

 どちらかといえば、チューヤたちもケートの側にいる。


「うるせえな。だからあたしは、認めてもらおうなんて思ってないって言ってんだろ」


「認めないどころじゃない、明確に否定する。おまえらのやってることは、われわれに対するあきらかな攻撃だ。自分の道を行くのは勝手だが、他人の道を破壊したり盗んだりするんじゃないよ」


「食えるパイの数は決まってんだ。奪われたくなければ守れ。その能力のないクズには、そもそも生きる資格がねえんだって、ガキのころに身体で教わらなかったのか?」


「クズはおまえだ。自分で生み出すことも考えることもせず、他人の物を奪ったり壊したりするしかできない連中には、ほんとうにヘドが出る」


 両者の対立は永遠につづく。

 果てしない回帰に陥ったかのような両者のあいだに、チューヤが割ってはいる。


「まあまあ、おふたりさん。……ともかくマフユ、ケートのところから、なにを盗み出したって?」


「あたしが盗んだわけじゃねえ。仕事ゴトを踏んだのは王子の居酒屋のバイトだ」


「それは知ってる。王子のクダギツネ……三河島の探偵さんとつながってるんだよな」


「なんだよ、知り合いか。残念だったな、週明けにうちの玄人が始末にいったはずだから、たぶんもう……()()()()()()だぜ」


 ひへへ、と笑うマフユ。

 ──彼女の母体となる組織は、暗黒の極致だ。

 彼女らが消しに向かったとしたら、そう簡単に生き残れはしないだろう。いまさら実行犯を消すことにどれほどの意味があるのかはわからないが、情報屋だけに、なんらかのヤバいネタを握っているのかもしれない。


「なんてことすんだ、くそ。いつか天罰くらうぞ、おまえら」


「それより蛇、盗んだデータをどうする気だ」


「ふん、それを使ってやべえもんつくってるらしいってことくらいしか、あたしは知らん。サイバネなんとかって技術らしいが、人間やめさせてくれんだろ」


 マフユはナチュラルに人間をやめている感じだが、テクノロジーの側面からも「超人化」の計画は進んでいる。

 それが「科学の子」であるケートの側で進められることはわかるが、マフユの側も同じ技術に、おそらくはもっとラディカルな使い方をもってアプローチしていると思われる。


「そいつを食った悪魔が、どのくらい強化されるかって話だ。あんな、ただの老婆みたいな妖怪が、これだけのことをやってくれてるんだからな」


 じっさいレベル以上に強敵だったキキーモラ。

 崩れた死体が、どれだけ悪魔のブーストアップに寄与したかを、間接的に物語っている。

 ケートの会社が開発したプログラムは、どうやら悪魔の能力を飛躍的に加速する性能をもつらしい。


「つまり、そのプログラムを食った悪魔は、強さがブーストされる?」


「わるいがタイプSには関係ないぞ。タイプRの、それも適性のある人間にしか効果がない。言い換えれば、適性さえ合えばサイボーグになれる。ある種の分身(ゴースト)をつくるわけだから、強さが増すだけじゃなく、特殊な能力を身に着けることも考えられる。サイバネティクスに可能なすべてができるだろう」


「日本鉄道サイバネティクス協議会もびっくりですな」


「……なんだそれは」


「サイバネ規格知らないの!? 古くはマルスシステムから、最近ではIC乗車券の規格まで、日本の鉄道技術におけるサイバネティクスをですな」


「さて、井戸の底を調べるか」


 一同くるりとチューヤに背を向ける。

 その場に鉄ヲタを取り残し、一同はキキーモラが出てきた壁の穴を抜け、むこう側へ。


 ──そこは、たしかに「古井戸」の様相で、閉じ込められたら絶望の叫びをあげてすすり泣く気持ちもわかる。

 だが、泣く女はすでに倒した。

 あとはこの井戸を登って、外に出るだけのはずだが──。


「……なんか聞こえねえか?」


 マフユの指摘に、耳を澄ます一同。

 たしかに聞こえる。

 ……下だ。


「下から聞こえるね?」


 底より下があったら、底じゃないじゃない、と言いたげなサアヤ。


「ふん、一方通行のエレベーターかもな」


 底抜けシナリオを想定するケート。

 空間はさらに深く、特異点に向かって落ちていく。



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