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PanDemonicA/2 -パンデモニカ/第2部-  作者: フジキヒデキ
マクスウェルの悪魔
41/93

40 : Day -40 : Hikarigaoka


「知りたいなら、教えてあげるですよ?」


 聞いたことのある声に、ふりかえる。


「ブブ子か」


 ペッと唾を吐くマフユ。

 一瞬、険悪な空気になりかけたが、


「……きょうのところは、無駄に絡むつもりはないですよ。ぼくが味方であることを、知っておいてほしいだけなので」


 ブブ子は、とくにチューヤに対して親しげだった。

 オタ階層は、チューヤのような種族でも対等に話せる、数少ない女子である。

 最近のチューヤは、サアヤのおかげで「一般」階級に分類されることが多いものの、引きこもりのうえに鉄ヲタという悪条件は、容易にこの階層から転がり落とす。


 中間層と底辺の境界に暮らす男、それがチューヤだ。

 その点も踏まえた「仲間意識」かな、と考えてみたが、あまり合理的推論ではないような気がした。


 ほどなく彼らは、ブブ子に連れられる形で数理部へともどった。

 問題の解決には、根源となる場所にもどるべきだ、という理屈には一理ある。

 が、足を踏み入れたのは、その隣、オカルト部(同好会)の部室だった。

 ブブ子がヘゲモニーをとっている以上、妥当な流れではある。


 ──部室には古いテレビがあり、ビデオがセットされていた。

 謎解きが、開始される。


「先週からの出来事が、全部記録されているですよ」


 再生ボタンを押すブブ子に、舌打ちするマフユ。


「盗撮かよ、趣味わりいな」


「警戒と予防のためですよ」


 それなら自分たちの部室を撮るべきだと思われるが、チューヤが見たところそれは、


「なんで隣の部屋が?」


「世の中には、知るべきことと、知らなくていいことがあるですよ。……まったく、けしからんビデオですよ」


 ビデオでは、数理部の男子生徒と、商業科の女子生徒らしい男女が、絡み合っている。

 場所は数理部の部室だ。


「プライバシーだよ! そういう覗きはよくないよ!」


 サアヤのきれいごとを受けてでもあるまいが、ブブ子はビデオを早送りする。

 ──行き過ぎたらしい。

 画面には、悲惨な状況に「裏返った」死体が大写しされた。


「うえっ」


「だからさ、これ、もう警察案件だろ」


 目を背けるサアヤに、ケートも軽く嘔吐く。

 スプラッタには比較的慣れているチューヤをして、


「俺も最初から思ってるんだが……なんで警察に見せなかったんだ? ブ……部長」


「死体がなければ、事件にならないからですよ。そんなこと、中谷くんなら先刻承知のはずですよ?」


 ブブ子の答えは、どこかズレている。

 しかし、それもそうなのだ。


 異世界線の「侵食」は、こちら側に「死体」を残さない。

 ビデオのような物的証拠があるならともかく、そうでなければただの行方不明事件として片づけられてしまう。

 さいわい(?)前回の数理部の事件は、大量の出血など、あきらかに「事件性」が見られたため、警察が介入して初動を行なったわけだが、その後、捜査は進展せず、おそらく「お宮入り」ということになるだろう。


「悠長なもんだな、日本の警察も」


「だから死体を消すんだよ、玄人は」


 ケートとマフユが、期せずしてチューヤを見た。


「ちょっと! なんかわかんないけど、こっち見ないでくれる!?」


「空間の裂け目を抜けて、この世を乗っ取るために悪魔が現れたですよ。ぼくたちが次元の扉を開けてしまったですよ」


 ブブ子もまっすぐ彼を見つめて言った。

 なぜか自分の責任のような気がして、チューヤは弱々しく反論を試みる。


「いや、開けたのは俺たちじゃないだろ」


「……ちがうですよ。()()()()()()()()()()()ですよ」


 ぞくりとふるえる。──また、その言葉。


「どういうことなんだ」


「ぼくたちは、あの世界を使()()()()()ですよ。お互い様に、もううんざりなのですよ」


 たゆん、たゆん、と壁が揺れていることに、チューヤは気づいた。

 全員、臨戦態勢を整える。

 揺れているように見えた壁は、無数に這いまわる虫のようだと気づく。その虫は、部屋の隅にあるアリ塚のような構造物から這い出していた。


「ブ……」


 チューヤにブブチョウを言わせるまえに、


「心配しなくても、攻撃はしてこないですよ。ぼくは、この虫に巣を貸してやってる大家なので」


「この虫は……」


 チューヤには見おぼえがある。


「ウブという妖虫ですよ。ここから、いろんな部室に巣を張り巡らしているので、中谷くんたちも、おなじみさんかもしれないですよ」


 アルケニー先生と戦ったとき、敵の強力なバックアッパーとして活躍してくれた悪魔だ。

 なるほど、ここに巣を張っていたと……。

 そのとき、ガルルル、とサアヤの頭上で犬が威嚇音を発した。

 ひさしぶりにケルベロスが自己主張をしている。


「そうですよ。この部屋が、犬を殺したですよ」


「聞き捨てならないんですけど」


 くふふ、と笑うブブ子に、ケルベロスの頭を押さえつつ警戒するサアヤ。


「猫や鳥や猿も、殺そうとしてるですよ」


「……なんかの冗談? それとも比喩?」


 笑みを深めるブブ子に、チューヤも警戒の度を増す。


「人間、知らなくてもいいことというのが、ちょいちょいあるもんですよ。もちろん、知っていたほうがいいこともあるですが」


 ブブ子は言って、ポケットからなにかを取り出した。

 一瞬、動きを止める一同。

 その「モノ」に、だれもが見おぼえがある。


「……デメトリクス」


「カプセル」


 とっくに気づいていたことだが、もちろん彼女も「悪魔」の関係者だ。

 ただ支配されているだけか、それとも主体的か、その他の事情があるのか、くわしいことはまだわからないが、当然、デメトリクス・カプセルによって「強化」を受けているはずだ。

 まだ彼女がどのタイプの保因者(キャリア)かはわからないが、チューヤの予感だと、タイプRらしい。

 マフユと同じ「ニオイ」がする……。

 ブブブブ……と、ハエが羽ばたくような音が、どこかから聞こえた。


「そうですよ。中谷くんのデヴコとは、発現がちょっとちがうですが、モノは同じですよ」


「でぶ?」


「でぶならー、ハニワがー、有田焼になれるですよー、フォッフォッ……って、なにやらせるですか!?」


 ひとりボケ突っ込むブブ子。

 ブブ子はどうやら昭和のCMにくわしいらしい、と察知したサアヤが、やや警戒心をゆるめた。だれにもわからない元ネタを拾えるのは、彼女だけだ。

 昭和の歌娘は、昭和の香りのするものに対して一律、心を開く傾向がある。


「デヴィル・コーデックのことか?」


 プログラムに関してはケートがくわしい。


「ちょうど中谷クンも、()()()の受け入れ態勢が整ったようにお見受けするですよ。よかったら、これいかがですか?」


 差し出されたカプセルを、思わず受け取るチューヤ。

 それは「渡りに船」だった。


 デメトリクス・カプセルは、レベル1で1個、レベル10で2個、レベル25で3個、レベル50で最大の4個まで摂取可能で、その機能を最大限開放できる。

 たまにマフユのようにオーバードーズで暴走する者もいるが、基本的には安全マージンを保って摂取するかぎり、危険はない──とされている。

 現状、チューヤは3個目のカプセルを受け入れられる状態だ。


 悪魔相関プログラムは、どうやら全東京に感染拡大しつつある。

 ということは、ユーザー数も爆発的に増えているはずで、部分的には品薄状態であってもおかしくない。

 逆にいえば、それなりの供給網があるはずだ。

 ジャミラコワイ博士からの宿題には、そちらの調査も含まれている。

 残念ながら、カプセルの供給網についての調査は、あまり進んでいないのだが。


「デメトリクスに封入されたプログラムって、コリレーション(相関)を記述してるんじゃないの?」


 カプセルを眺めながら言うチューヤに、ブブ子は冷たい見解を返す。


「いろんな解釈があるですよ。悪魔も人間も、しょせんデータなのですですよ?」


「そんなことないよー、世の中まだまだアナログだよー?」


 サアヤがどのレベルから世の中を体しているのかは不明だが、さして深い意味があって言っているわけではあるまい。


「そういや最近、カプセルの値段が高騰してるらしいね」


「うちらにはケーたんという大金持ちがいるから、必要になったらお願いすればいいよ!」


 貧乏人たちの視線を受けて、複雑な表情のケート。

 モノが同じなら、だれから供給を受けても同じことだ。ケートを信じて、逆に高くつく可能性もある。だからといって、ブブ子からの供給を受け入れるべきか?


「ルートはいろいろあるですよ。中谷くんがどのルートを選ぶかで、デヴコの意味そのものが大きく変わるです。楽しみですよ」


「おそろしい子……」


 冗談抜きで空恐ろしい、とチューヤは思った。

 しかし、カプセル自体に罪はない。

 チューヤは手刀を切って、カプセルを嚥下した。

 それを見つめるケート、ブブ子、マフユ、サアヤの視線の意味は、複雑だ。




「ねえ、ちょっと変じゃない?」


 と、サアヤがテレビのほうを指して言った。

 ──さっきまで死体が映っているだけだったが、その死体が……動いている。

 内臓は外にぶちまけたまま、顔だけ起こして、こちらを見つめている。

 目の周りが黒く、手足も変な方向に曲がっている。

 その伸ばした指が、画面に触れた……瞬間、ぐにゃり、と曲がって指が突き出した。


「やべえぞ、こいつ」


 壁際に飛び退くチューヤたち。

 テレビから這い出してくる男。ホラーによくある風景だ。

 いざ立ち会ってみると、たしかに気味はわるいが、滑稽さも感じる。


 ……部屋そのものが、おかしなことになっている、と気づいた。

 直線であるはずの壁と天井の境目がゆがみ、柱が曲がり、椅子が壁に埋もれ、電灯がギザギザになっている。

 ホワイトボードは歪んだ楕円で、窓ガラスは虹色だ。

 ()()()()()()()ようとしている。脳髄まで裏返されたような感覚。気持ちがわるい。

 あちら側に──引き込まれる。


「ぼくの部室に、なんてことしてくれるですか」


 ブブ子の声が、遠くに聞こえた。

 つぎの瞬間、テレビから伸びてきた腕が、いちばん近くにいたチューヤをつかもうとした──刹那。

 ブブ子が飛び出して、みずからその腕に捕まった。


 ずりゅっ、と引きずり込まれるブブ子。

 彼女が消えた瞬間、部屋の景色がもとどおりの輪郭をとりもどした。

 ハッとしてテレビを注視する。

 そこでは、ブブ子と悪魔が対峙している。


「やばい、助けないと」


 動こうとするチューヤの肩を、マフユが押さえる。


「やめとけ。あいつは、そういうやつじゃねえ」


 そのとき、画面内でふりかえったブブ子は、にやり、と笑って指を伸ばし、壁のほうを指さしたように見えた。

 直後、ぱつん、とテレビが消えた。

 唖然としたまま、動けないチューヤ。


「だけど俺、約束したんだよ。お互い困ったときは助け合うって」


 チューヤにとっては「知人」、いや、カプセルをもらうくらいの「友人」なのだが、


「ふん、くだらねえ。ブブ子だぞ。いちばん()()()()()()()だ」


 マフユにとっては「敵」らしい。

 もっとも彼女の場合は世界中が「敵」なので、ことさら特別視する必要はないのかもしれない。

 ケートは、最後にブブ子が指さした方向を気にして、なにやら探している。

 そちらは任せ、チューヤはマフユを見つめた。


「──やっぱ知ってんのか、マフユ」


「むしろ、なんで知らねーんだよ。おまえ大好きだろ、()()


 うんざりした表情で言うマフユに、


「王子電車ね! 王電については、俺に語らせたら2時間は」


 破顔一笑のチューヤを制すべく、絶妙のタイミングで割り込むサアヤ。


「ハウス! 正座して口チャック!」


「むぐむぐ……」


「ともかく、荒川線ってところはヤベエんだよ。北の闇の半分は、あのラインに集まってるからな」


 悪魔が「駅」に集まる理由は、マフユもようやく把握した。

 人間の生命力と感情の変動が、生体エネルギーとして悪魔のエサになる。

 それを集める最大効率の拠点が、駅だ。


 基本的に利用客の多い駅が、エキゾタイトを集める効率としては高いが、悪魔自身にとって有力な駅を支配することが、必ずしも自分の利益に直結するとはかぎらない。

 むしろ「逆の戦術」をとっている大悪魔も少なくない。


 自分の拠点とする駅の利用客は少なく、むしろ少数精鋭で要塞化する。エキゾタイトが必要なら、()()()出かければいい、という考え方だ。

 エリアを支配する悪魔に関係のない悪魔が、各地で勝手に境界を張っていることが多いのも、そのためだろう。

 そうして、荒川線や世田谷線などから出撃した「略奪部隊」により、境界の各地で戦闘がくりひろげられている、と考えられる。


 とくに顕著なのが「秋葉原」で、その支配悪魔は「スライム」だ。

 あらゆるゲームで序盤を支える重要なモンスターではあるが、もちろんそれじたいの力は非常に弱い。

 一方、秋葉原を利用する客数は非常に多く、その特殊な傾向とも相まって、偏った膨大なエネルギーが、スライムという種族に注がれることになる。

 言い換えれば、悪魔たち自身にとっても、スライムは非常においしいエサになりうる、というわけだ。


 荒川線は、そういう戦略をとった「大悪魔」が巣くう路線だ。

 想像すると、チューヤにも冷汗が垂れた。

 各路線にそれなりの「傾向」は、たしかにある。なかでも荒川線は、おそらく「終盤の難所」という理解が正しい。

 その駅(停留場)に巣食う悪魔の名前が、ルシファーからベルゼブブにいたるまで、軒並み高レベルすぎるのだ。


 ブブ子──もちろん、ベルゼブブだろう。

 恐ろしすぎる終盤の悪魔と、どうやって向き合うべきか、真摯に考えなければならないと思った。

 と、そのとき、壁際を探していたケートが、一冊の本を見つけた。


「あいつが指さしてたの、これか?」


 それは『アッピンの赤い本』──。



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