表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/93

29 : Day -41 : Kami-Igusa


 膨らむアクマダモン。

 白い影は天井を突き破る勢いで、いや事実その靄ははるか上空まで達し、横にも巨大な足として広がりを見せた。

 白い、巨大な「ニンゲン」が、そこに出現したかのようだ。

 直後、その影はアクマダモンの白い身体に吸い込まれて消えた。


「──われわれ原初神が生まれたのは、おおよそ42億年まえのことだ」


 響く校長の声。

 顔を見合わせる高校生たち。

 これまで見せられた人類史、数十万年の記憶については、まあ認めてやってもいい段階かもしれないと合意する。

 しかし万年と億年では、ちょっと飛躍しすぎるのではないか?


「……いきなり話を聞く気が失せるようなことを言うな」


「そうだよ校長、いくらなんでもテキトー抜かしすぎ!」


「アメーバさえ生まれていませんね」


 ヒナノは言いながらも、ケートのほうを気にしていた。

 ──ケートは黙っている。頭上のハルキゲニアも。


 彼らは、どうやら自分たちの認識の一歩先にいるようだ、と直感的に認めるヒナノ。

 本来、地質年代レベル、つまり宇宙的な話になったら、ケートがまっさきに突っ込んでいかなければならないのだ。

 しかし彼は、黙して聞き耳を立てている。

 これは妄言の類ではないのか……?


「まあ聞きたまえ。地学の授業だと思って」


 アクマダモンは教育者らしく言った。

 ──地球は、およそ45億年まえに誕生した、ということになっている。


 原初の神であれば、45億歳だ、と言い放ってもおかしくはない。

 しかしアクマダモンは別段、遠慮して42億年まえ、と言ったわけでもない。

 45億6700万年まえ。

 蓋然性の高い推測として、若き日の天の川銀河が近傍の矮小銀河と衝突し、無数の星が生まれる「スターバースト」が発生した。

 そのひとつとして誕生したのが、われわれの太陽系である。


 誕生したばかりの太陽系内部では物質大循環が起こり、数千万年をかけて現在残っているような物質の「分布」が生まれた。

 やがて双極流が停止し、物質大循環のフェーズが終了。

 各領域では、引力による衝突が頻繁に起こり、小さなかけらが徐々に大きなかけらへと成長していった。

 この過程で誕生したのが、地球、そして月である。


 42億年まえ。

 まだ巨大な隕石の「重爆撃」は、地球上にも頻繁に起こっていた。

 ドライな原始地球に降り注いだ微惑星で、2億年をかけ、大気と海洋が生まれていたが、まだ生命にとっては猛毒の海だった。

 諸説あるものの、一般的には「生物」誕生()()である。


 大陸地殻に比べ、密度が高くて薄い海洋地殻は、このころ、直径1000キロに達する巨大隕石の衝突によって生まれた。

 落下点の地殻はプラズマ化して消失、表面はマグマに覆われる。

 クレーター中心部に玄武岩質の中央丘ができ、これをきっかけとしてマントル上昇流を生み出した。冷えて固まったマグマ表層は、薄く密度の高い海洋地殻となった。


 この巨大クレーターが、初期の「海洋」となった。

 マントル上昇流が海洋地殻に裂け目をつくり、海嶺となった。

 持ち上げられたプレートは、自己重力によって横滑りを開始。密度が高いため、周辺の大陸地殻の下へ沈み込みをはじめた。

 プレートテクトニクスの開始である。


「そういうわけだ」


 ひと仕事、終えた感じのアクマダモン。

 ポカーンとする生徒たち。

 なにを言っているのだろう、このハゲ散らかしたシロクマは。


「おい、このハゲ殴っていいだろ?」


「よろしくてよ」


 腕をまくるマフユに、ヒナノのフリをして同意するチューヤ。

 本物のヒナノは、あえてこの低偏差値どもを無視しつつ、


「お待ちなさい。まさか校長、それで教育者の義務を果たしたというつもりではないでしょうね?」


「そう……できたての地球は当初、ぐらぐらと煮え立つ鍋のようなものだった。きみたちの大好きな、鍋だ」


 アクマダモンは言った。

 地球が鍋だったころ、自分たちは生まれたのだという……。


「おれが鍋だったころー、あいつはシロクマだったー、わっかるかなー、わっかんねーよー」


 サアヤが頭を抱えて、うんうん言っている。

 鍋部にわかりやすいように説明してるつもりらしい、と高校生たちは察していたが、だからといってこのシロクマを殴らなくていい理由にはならない。

 しかしもうすこし、話を聞いてやろう。


 ──温度が低下することによって、溶けていた表面は固まり、おそらく単一のプレートになったと考えられる。

 たとえば火星は、いまでも単一のプレートによって固まっているらしい。

 なぜなら現在までのところ、地質的な活動の痕跡はほとんど確認されていないからだ。


 しかし地球は、そのような「死んだ惑星」と異なり、風化侵食やプレートテクトニクスなどによって、つねに新しい地面と入れ替わっている。

 これはすばらしいことである反面、過去の重要な痕跡を残した証拠が、消し去られてしまうことを意味する。


 事実、月はその全体がほぼ45億年まえの状態で保存されているのに対し、地球上には、地球成立の前半(22億年以上まえ)の痕跡を発見できる場所が5%以下しかない。

 なかでも40億年というオーダーになってくると、該当する岩石そのものがほとんど見つからず、地質の成立過程やプレート運動などの証拠を発見するのは、きわめてむずかしい。


「理屈で考えれば、そうだったんだろうな、と想像してくれたまえ」


 指を立てるアクマダモン。

 その通りのことができるのは、素養のあるケートくらいのものだが。

 彼は、あくまで懐疑的科学者の立場に立とうと努力している。


「証拠がなければ確定はできない。あくまで仮説だ。それが科学的態度というものだ」


 ケートの知識によれば、現在、もっとも古いプレートテクトニクスの証拠が、オーストラリアの「ハニーイーター玄武岩」に見つかっている。

 32億年まえのものと考えられ、すくなくともそのころには、地球には現在とほぼ同じ速度で移動するプレートが存在した。


 さらに遡るアクマダモンの主張では、プレート活動の開始は42億年まえ。

 すでに部分的な表面の冷却は進んでおり、猛毒ではあるが、海もあった。

 きっかけは隕石であり、その後、地球内部の活動がプレート分割を促進して、いくつものプレートが生まれては消えていった。


 そのころには地球の中心には液体の外核ができており、発生した電流が強い磁場を生みだして、宇宙線から地表をシールドした。

 生命を生み出す準備が整っていく──が、()()()このさい()()()()()()

 問題は、()()()()()()()()()()()()()されたことだ。


「生命が重要ではない? ふざけてんのか、校長」


「事実だ。われわれは、プレートテクトニクスとともに誕生した。……古い原初神が、全員残っているわけではない。むしろ地球深部に飲み込まれて消えてしまったものも多い。だが43億7000万年まえくらい……控えめにいっても42億年まえには、われわれの仲間はすでに誕生していた」


 頭のいい生徒から順に、卒然と、理解がやってきた。

 プレートテクトニクス……プレート。

 原初神……12。


「なんのことー?」


 頭のわるい生徒代表で声を上げるサアヤ。


「原初神は……」


 息をのむヒナノ。


「プレートの神、ということか」


 短く息を吐くケート。

 想像はしていても、信じてはいなかった、という表情に諦めがよぎる。


 ここまではっきりと告げられては、とりあえず受け入れておかないわけにもいかない。

 そもそも最初から暗示は受けていた。それを確認するために、熊本くんだりまで行ったのだ。

 そしていま、校長は原初神の出自を語った。


 それが事実だとしたら、人類が生み出した神や悪魔のもつ何万年ていどの歴史とは、桁ちがいに「原初」の神であることは、まちがいない。

 彼らは地球を覆う十数枚のプレートを根拠とする、まさしく原初の存在──。


 瞬間、チューヤの眼球の裏に、悪魔相関プログラムのノーティスが走った。

 ──地霊ダイダラボッチ(41)の合体制限が解除されました。


「おおお? な、なにこれ、校長!?」


 チューヤだけが騒いでいるが、他の面々にもなんとなくその意味は伝わる。


悪魔名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅

ダイダラボッチ/地霊/F/3世紀/呉/三五歴紀(盤古)/若林


「必要なときは呼びたまえ。まだそのレベルではないようだが」


「こ、校長って、ダイダラボッチなの?」


「校長ではない。創世の巨人、ダイダラボッチという概念が、きみの世界に開かれたという意味だ」


 プレートの神という概念に、もっとも近い悪魔として割り当てられた名が、ダイダラボッチ──そう理解すべきだ。


「創世の巨人、か」


 一同の声が重なった。

 ──世界各地に創世神話があり、巨人が死んでその身体が多くの動物や植物、自然、地形などを生み出したという類型は、ごくスタンダードなパターンである。

 盤古、アトラスなどの巨人を代表して、今回、校長アクマダモンはダイダラボッチという()()()()()()


「唯一神は5分割されてるのに、創世の巨人はまとめて一体ってか」


 ゲーム脳的な悪魔使いの発言に、露骨にいやな顔をするヒナノ。

 キリスト教、イスラーム、ユダヤ教、それぞれの神に別の名を割り当て、ゲーム化しているという時点で、世が世なら異端審問で火あぶりだ。


「信じる者の数が桁外れでね」


 肩をすくめるアクマダモン。

 ──かつては強い力を持っていた八百万の神々、妖怪、幽霊といったたぐいも、現在はその力を著しく減殺されている。

 だれも()()てくれないものに、力などありようはずが()()

 一方で、信仰の力は集中し、唯一神という巨大なアブラハムの宗教に、全人類の半分が心を寄せ集めている。


「わかってますよ、校長。悪魔使いが呼んでいるのは、あくまで分霊だってことは」


 なぐさめるように言うチューヤ。

 悪魔には悪魔の世界があり、悪魔使いは契約にもとづいて、かぎられた幅だけ次元の扉を開き、その力を引き出してくる。

 わずかな割合の分霊でも、人間にとってはじゅうぶんに強力だ。


「しかし原初神なんだろ? もっと強くてもいいような気もするが」


 素朴なリョージの疑問に、自虐気味に答えるアクマダモン。


「あくまでプレートにへばりついたアメーバ状の自意識のカケラ、みたいなものなのだよ。巨大な一枚のプレートに集まる意思を集めて、ようやく1個の人格らしきものになる程度でしかないのだ」


 サアヤがちょんちょんとチューヤの袖を引き、プレートってなに? と問うた。

 チューヤは、きょろきょろと左右を見まわし、俺も自信はないが、たぶん地球の表面を覆う地殻のことじゃないかな、と答えた。

 そのやりとりを、鋭く指さすケート。


「地学ちゃんと受けないからそうなるんだ! リピート・アフター・ミー! 理想の硬さリソスフェア、汗かいて柔らかアセノスフェア!」


「り、理想の硬さリソスフェア」


「汗かいて柔らかアセノスフェア……」


 そういえば聞いた気がする、と思いながら返すチューヤ。

 どうでもいいなー、と思いながら棒読みのサアヤ。


 ──プレートが薄くてアセノスフェアが直下まで上昇している場所では、地殻とプレートはイコールといってもいいが、基本的に両者は異なる概念である。

 大陸の安定地塊では、地殻厚は30キロメートル、対して海洋は5キロメートルほどしかない。その下、マントル上層のモホ面までを含むのがプレートだ。


「……わかったよ、原初神はプレートであると」


「ふわぁ……」


 めんどくさくなって受け入れることにするリョージと、すでに寝ているマフユ。

 それでも教育者はあきらめず、丹念に言を継ぐ。


「そのカギをもっている、と言ったほうが正確だろう。きみたちにわかりやすいような表現方法や人格のようなものは、完全に後付けだ。……日本列島のような島弧で、われわれが出現しやすい理屈は伝わっているかな?」


 いちいち考えさせるやり方が、教育者らしいといえばらしい。

 経験が知識とつながる瞬間ほど、教育に最適なタイミングはない。そのことを見透かしたかのような、連結する記憶。

 日本列島で、チューヤたちが見た、4体の原初神──。


「プレート境界面……」


 くぐもった声でその事実を口走ることにより、受け入れがたい事実を事実として受け入れる段階へ。


「四体のそれらしき影が見えましたね、たしかに」


「日本に集まった四枚の……プレートってことか」


 地震大国に暮らしていれば、チューヤでもその程度の知識はある。

 ぱちぱちぱち、と拍手をする校長。


「いまのところは、それでよいだろう」


 原初神の秘密が、明かされた──。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ