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26 : Day -41 : Fujimidai


 ハッとして目を見開く。

 ……変わっていない。


 ここは体育館、時間は──おそらくさっきのつづき。

 いや、まちがいない。

 さっき見たアモンが、サイコロを振った手を、いま、ゆっくりと下ろしているところだ。

 連続した時間軸の上、敵と対峙している状況は変わらない。

 ただ、ひとつだけ異なる状況があるとすれば──いくら見まわしても、仲間がいない。


「ずるいよなあ、おれはひとりなのに、おまえらだけが徒党を組んでよお」


 アモンが言った。


「ああっ? おまえだって、さんざんナカマ呼びまくったじゃないか! ザコども始末するのだって、たいへんなんだぞ!」


 チューヤは反論するが、悪魔は聞く耳をもたない。


「これなら対等だ。正々堂々、一対一で勝負しようじゃないか。そうだ、正々堂々だ。かかってこい、悪魔使い!」


 アモンが臨戦態勢を整える。

 チューヤは当然のように対抗して悪魔を召喚したが、同時に内心ゾッとしてもいた。

 この()()()()()()()()()()放り込まれているのではないか。

 いや、そのはずだ。


 リョージやマフユなら、ひとりでなんとかするかもしれない。

 だが、それ以外の偏ったタイプの面々は、パーティ戦闘を前提としたスタイルで戦う傾向が強い。

 こいつ、確実に何人かを仕留めるつもりで……。


「みんなとも、同時に戦っているのか?」


「並行する世界線で、結末だけが重なる。勝って道を拓け、負けたら死ね、ルールは単純だ!」


 戦闘は再開された。

 チューヤはただ、与えられたルールのもと、戦うしかできない──。




 ガァ、ガァ……。

 ガチョウの声が聞こえる。

 床に横たわり、チューヤは瀕死の視線を、その声のほうに向けた。

 ──サアヤの幻が、見える。


「かわいいガチョウだね!」


 サアヤが楽しそうに、ガチョウの歩行をマネている。


「北へ行くんだ。ラップランドへ、雁の故郷へ!」


 ガチョウがしゃべっているところをみると、これは死の直前に見る走馬灯だろう、とチューヤは理解した。


「おまえには無理だ。だっておまえは、ただの白いガチョウじゃないか」


 ガチョウの背後から歩いてくる人影が、そう言った。

 ガチョウが答える。


「ぼくにだってできる。ガチョウが飛べないなんて、だれが言った!?」


「どんなに努力しても、ガチョウはガチョウなんだよ、ハンサ」


「ブラフ? カモン、ブラフ、カモナッ!」


 遠く、どこからか聞こえる声にふりかえり、叫ぶガチョウ。

 やおら背後の人影がガチョウに飛び乗り、大空に舞い上がった。


「……ふしぎな旅に出そうな雰囲気だな」


 やけに呑気なイメージの走馬灯だ、と思いながら、つぶやくチューヤ。

 ──ニルスとモルテンならぬ、ブラフとハンサが体育館の宙を舞う。

 スウェーデンのノーベル賞作家が書いた名作を、昭和のアニメバージョンでよく知っているサアヤとしては、首をかしげて複雑な表情だ。

 サアヤが歌っている。


「……冬の訪れ淋しいけど、みんなと地球の上さ~♪」


「妙だな。おい、起きろチューヤ」


 その声に、チューヤはハッとして起き上がった。

 いや、起きてはいない。ここは魂の時間、ただ精神だけが起きている。


「ケート!? なんで、おまえがここに」


 他の面々もいるかと見まわしたが、どうやらサアヤとケートだけのようだ。

 冷静に自分自身を考察できるらしいケートは、信頼に足る発言でチューヤの思考を支援する。


「知らんよ。瀕死の状態になったところだから、たぶん走馬灯なんじゃないか?」


「カモンニルスって声いいよね、キャロットかわいいし」


 ケートの横に歩み寄るサアヤ。

 彼女もシルエットからして、どうやら魂のみの存在だ。

 魂の時間に特有のこの景色は、何度も見てきた。ケートとサアヤは見つめ合い、


「原作には存在しないがな」


「え、まじで!?」


 死人にしては、緊張感のかけらもない会話を交わしている。

 そう、彼らは()()()()()()()()()()()()


「オタクな話だね。ってか、みんな死んでるの? 死ぬと世界線を飛び越えられる、ってことかな?」


 同じ魂の時間を共有するチューヤ。

 ここで、サアヤとケート()()がチューヤの世界線に混じったことには、当然に強い意味がある──。




「正気になんしたか」


 別の声に、チューヤは視線を向けた。


「……ああ、テイネか。邪教がいるってことは、やっぱり魂の時間だね」


「つまり、アレは魂だけの存在でありんす」


 テイネの示唆するさき、サアヤとケートが戯れている。

 なんとなく、仲良く話している彼らの世界に、チューヤだけが近づきがたいものを感じている。

 ここはチューヤの世界で、彼らは客人のような感覚があった。


「どういうことだよ? 死ぬと別の世界線へも飛べるのか?」


「よく見なんし。ふたりとも()()()()でありんす。魂のさきが切れてはいないざんしょ?」


「……まあ、よく見りゃそうかも。けど、俺が悪魔を召喚して蘇生魔法をかけてやるわけにもいかないんだろ?」


 だとしたら、同じことだ。

 対アモン戦を、全員が1対1で戦う。これが()()()()()()だとすれば。


「この世界線から抜けられなければ、そうざんすね。()()()()()()、大事にしなんし」


「どういうこと? てか、あのガチョウと乗ってる小人、なんなのよ?」


 魂の時間を動きまわっている以上、あれも実体のない存在であろう。


「恥ずかしがりの飼い主に代わって、伝えるでありんす。──本来、原初の神々にしか許されぬ遊びの道具、盗まれたことは口惜しい。ハンサを使ってとりもどしてほしい、由」


「……ハンサ? どっかで聞いたことあんな」


 悪魔全書を起動し、検索をかける。

 即座にヒットした。


名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅

ハンサ/霊鳥/J/紀元前/古代インド/ヴェーダ/西大島


 白いガチョウの姿をしており、ブラフマーの乗り物とされる。

 純粋さや神の知識などを司り、高次元の存在ブラフマーへの到達のシンボルとして扱われている。

 レベル1桁で扱える霊鳥は有用だ。


「おー、なつかしい。序盤に合体素材として、けっこう世話になったな」


「召喚さえすれば、あとはむこうで勝手にやる、ということでありんす」


 説明の少ないテイネ。

 まったくわけがわからないが、チューヤはそろそろ考えるのが面倒になっていた。


「そうかい。そんじゃまあ、瀕死の最終ターンこそ悪魔使いの本領発揮ってことで」


 邪教のレシピを組み立てる。

 悪魔使いはHP0になる攻撃を受けても、最終ターンのみ悪魔を使役しつづけることができる。

 今回も、回復役となつかしい低レベル悪魔を合体し、邪教の味方を閉じる。


 ──時間の流れがもどる。

 即座に蘇生魔法が執行され、チューヤの体力が回復する。


「しぶてえガキだ! いいかげんにくたばれよ!」


 叫ぶアモン。

 何度もぶっ殺しているはずなのに、そのたびに立ち上がってくるチューヤに、そうとうイライラしていた。

 邪教の味方の使用は1戦闘1回こっきりだが、瀕死からの回復は最終ターン内に完結さえすれば、回数に制限はない。つまり蘇生アイテムや悪魔のスキルがつづくかぎり、


「はははは、悪魔使いは不滅なんだよ。何度でもよみがえるさ!」


 どこぞの大佐のように笑い、チューヤは召喚したハンサの動きを目で追った。

 ──ハンサはレベルが低いので、もちろん戦闘要員としては期待できない。


 だが、()()()()()は果たしてくれそうだ。

 その動きはまるで吸い寄せられるようにアモンの懐を目指し、ぬるり、とその懐中から件の「サイコロ」をくわえて抜け出した。

 ハッとするアモン。にやりと笑うチューヤ。

 時間が止まり、空間が──弾ける。



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