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PanDemonicA/2 -パンデモニカ/第2部-  作者: フジキヒデキ
それとも人間やめますか?
22/93

21 : Day -42 : Nakamurabashi


「……あたしはもう、とっくに人間じゃねえんだよ」


 ギロリ、と睨むマフユの目は、あきらかに爬虫類だ。

 ──人間をやめる。


 薬物依存防止のキャンペーンとして有名なキャッチコピーだが、薬物依存から回復しようとしている人間まで「ヒトをやめたゾンビのようなもの」と扱うのはいかがなものか、という指摘などを受けて問題となった。

 どちらの方向に社会を誘導したいのか考えさせられる、意識高い系の社会学者や作家ならではの問題提起だが、言葉の定義を含めた証明じたいの困難さはもとより、そもそも論として「人間である」からなんだというのか? という根源的な問いが、そこには横たわっている。


 神に選ばれた地球を支配すべき万物の霊長という見方もあれば、地球を滅ぼす害虫として嫌忌する見方もある。

 われわれは、どちらなのか?


 ──彼女は人間をやめたかもしれないが、みずから望んでそうなろうとする人々もいる。

 超人への進化と、依存心理、社会規範と倫理、オーバーテクノロジーなど──絡み合った諸問題は、それぞれが答えを出すべき「自由な選択」だ。

 マフユが、マフユの答えを出したように。


「マフユ、おまえ」


 いまだ声のふるえを隠せないチューヤ。


「サアヤが怖がるから、化けの皮1枚かぶってっけどな。──これがタイプRだ。おまえなら、わかんだろ」


 現状、見た目はマフユだ。

 ──全人類に適用を拡大した悪魔相関プログラム「ARMS」。

 チューヤをはじめとするタイプS(悪魔使い)は、進化した悪魔召喚プログラムを用いる(サモナー)が、マフユをはじめとするタイプRは、自分の肉体を改造する「リフォーマー」として、自己にプログラムを適用している。


 他のタイプが魔法やスキルを「学習」するのと同様、タイプRの肉体改造者は、物理的な「変身」を蓄積する(上書きされる場合もある)。

 改造された肉体は、もとにはもどらない。

 異世界線における変更なので、現世側でその変化を見ることはできない(現世に悪魔が物理的に出現できないように)が、境界では変身(強化)が適用される。

 ただし現世側の「化けの皮」をまとったまま行動することも、一応は可能のようだ。


「だけどまだ、人間っちゃ人間だろ」


 チューヤの見たかぎり、一応はそう言える。


「まーな。まだギリ、人間の姿かたちは保ってる。だが、いつまで()()()()()()状態でいられっかな」


 とくに、わからなくなっても悔いはなさそうな口調だった。

 女は「変身」に対する拒否反応が、あまりない。

 美容整形手術というものが人口に膾炙する以前から、彼女らは「化粧」という変身経験を積み重ねてきた。

 自然のまま、ありのままなどという「ただの言葉」がキレイゴトにすぎない事実を、だれよりも知っている。


 さまざまな文化において、女が「景品」「トロフィー」として扱われてきた歴史も、その信念を支えている。

 売り払われたさき、獲得者の好みに合わせて「染まる」ことは、女にとって必要不可欠の処世術だった。

 同様の病理を男の側に重ねれば、不自然な筋肉増強などに走る者が、それにあたるだろう。


 くりかえされてきた入れ墨や抜歯など、太古の文化からも証拠は十二分にある。

 人類は、()()()()()()()()のだ。


「あっれはーだれっだ、ダメだ、だけど、あれがーフユっち、であればー、デビーウマーン♪」


 サアヤの歌声が、状況にピタリとくる。

 彼女は、皮をかぶっていないマフユを直視してはいないはずだが、それでもある程度、察するところはあるのだろう。

 その歌声のおかげで、問題の深刻さがやや拭えた。


 もちろんマフユは人類の裏切り者であり、すべてを捨てて戦う女だ。

 ……なんのために?

 それはわからない。

 すくなくとも現状、最大の問題は、悪魔の力を身につけた邪悪なヒロインであることだ……。




 視界が開け、新しい地平が広がった。

 開発前の石神井公園を思わせる練馬の曠野には、貯水池に水源を供給する広い丘が広がっていた。


「もうアンテナに頼る必要はないみたいだぜ」


 サアヤのアホ毛を愛でながら、マフユが言った。

 地面を見れば、なにかを引きずったような跡。

 ──死のルートが、このさきに伸びている。

 見上げれば、丘の頂。

 十字架ならぬ三角木馬に縛られているのは、ブブ子。


「どういう状況だろ……」


 唖然とするサアヤ。

 チューヤも引きつった表情で、そのエキセントリックなありさまを三度見してから、


「あの男子が、ブ……部長をさらって、木馬にまたがらせてるんじゃないかな」


 ブブ子の横に立つ男子生徒らしい男。あれが「悪役」であるという説明が、このさいもっともわかりやすい。

 ──ひとりの男子生徒が、横恋慕したブブ子をさらって丘を逃げたことから、このミッションはスタートした。

 途中、それなりの冒険活劇をはさんで、丘の頂上まで達した。

 そこには三角木馬に縛られて、窮地のブブ子がいる。


「部長は、撫子なでしこ部長は、ぼくのものだァアーッ!」


 と、その横で気が狂ったように叫んでいる姿だけを見ても、かような展開を当てはめて考えるのがもっとも妥当であろう、と判断された。

 そのありさまを眺め、全身にサブイボを立てるマフユ。


「男なんて絶滅すりゃいいんだ」


「あの男については、絶滅させてやることに賛成するよ」


 悪魔を召喚し、戦陣を整えるチューヤ。

 ようやく、邪魔者の存在に気づいた男子が、ゆらり、と好色な視線を憎悪に変えてチューヤたちを凝視する。

 彼の影に浮かび上がる悪魔の姿が、チューヤのアナライザにもはっきりと見えた。


名/種族/ランク/時代/地域/系統/支配駅

インキュバス/夜魔/I/中世/ヨーロッパ/古代ローマ神話/十条


 ヨーロッパ各地の伝承に残る男性型の夢魔。女性型のサキュバスと対をなす。

 眠っている女性の夢に忍び込み、子どもを身籠らせるという。そうして生まれた子どもは、悪霊や魔女などであるとされる。

 インキュバスに取り憑かれたら教会で祈祷を受けるとよいとされるが、それでも追い払うだけで退治まではできないという。

 木馬の上から、縛られたブブ子が声を張り上げる。


「約束どおり、助けにきてくれたですね! がんばるですよ、中谷部長」


「なんだよ部長って。おまえ、いつのまに会社員になったんだ」


「また忘れてんのかよ! 俺、鍋部の部長だぞ!」


 つまらないことに引っかかるマフユに、つまらないながらも突っ込むチューヤ。

 しかたなく、大事なことを思い出させるサアヤ。


「ほら、敵きたよ!」


「部長は、撫子部長は、ぼくのものだァ!」


 男子生徒の手足から、衣服がはじけ飛んだ。

 おそらく彼の「性欲」が、すべて魔力に変換されている。

 これから部長にイタズラをしたい、という欲望が、さらにその魔力を増強している。

 世界標準で見ても、中高生男子の性欲ほど恐ろしいものはない。


「インキュバス山田ですよ。山田はインキュバスに魅入られているですよ!」


 叫ぶブブ子。

 山田はオカルト同好会の数少ない部員のひとりであったが、部長に心酔するあまり、その性欲の暴走を抑制できなくなり、ついに悪魔の手先となって彼女を拉致監禁暴行することに心を決めた──らしい。


「どこぞのAV監督みたいな名前だな」


「メッメ! AVとか、メッメ!」


 記憶の底を探るチューヤに、苦情申し立てるサアヤ。

 ──AVから悪魔に感染し、部長を餌食にするまでに成長した、今夜の山田。

 彼が見たAVの数だけ、無数のインキュバスが影となって出現し、周囲を取り囲む。

 おそるべき精臭に気が遠くなる。

 レベルも数も、桁ちがいの様相。そもそもボス補正を受けた悪魔に初期レベルが関係ないことは、ミルメコレオの例でもあきらかだ。


「男子だからしょうがない、とは思うが……」


 このレベルの性欲には、チューヤもさすがに引く。


「どっちの味方だ、てめえ! ともかくぶっ殺すぞ、オラァ!」


 世界の全男子をぶっ殺す勢いで、マフユが先行した。

 ──とにかく彼女は自由に戦う。

 その戦闘力は侮れず、チューヤはいつもどおり、状況に適応しつつ利用することにした。

 陣容を組み替え、それぞれに指示をする。


「前衛、マフユを援護! 中盤、戦端を維持、分断に気をつけろ!」


「私は?」


「サアヤ、いつもどおり!」


「テキトーだなおい」


「言っても聞かないくせに!」


 やかましい後方を無視して、マフユは自由に戦っている。

 憎むべき「男」を、つぎつぎとぶちのめす。それじたい、彼女にとって快感。


「あーっはっは! 死ね死ね、死んじまえ! てめえらに生きる価値はねえ!」


 あっというまに、その両手が血に染まる。

 いや、両手どころか、全身にインキュバスとそれに取り憑かれた男子生徒の血が、雨のように降り注ぐ。

 マフユにとって、男もオスもメールも、すべて滅殺すべき敵だ。

 まちがえて自分が殺されないかとチューヤは心配したが、その犠牲になってから「まちがってねえよ」と言われそうな気もして、さらにゾッとした。


 戦いは過酷だったが、ほどなく決着はついた。

 人間の仮面を剥いだマフユの戦闘力は、いつもながらすごい。

 チューヤのアナライザ上、敵の体力はほぼ0に近い。

 戦闘は終わろうとしている──。




「終わりだ、山田。くたばんな」


 狂気の目でトドメを刺そうとするマフユを止めたのは、サアヤだった。

 できるだけ殺さない、それが彼女の生きる道。


「ダメだよフユっち、わるい子かもしんないけど、殺したら」


「ああん? またそれかよ、サアヤ。あの哀れなベンサン屋のガキみたいに、こいつにも生き地獄を味わわせようってか? ……わるくねえ考えだな」


「なんだ、きさま、どうするつもりだ」


 身動きのとれない山田の表情に、恐怖が宿る。

 マフユは、ごくりと喉を鳴らし、おええ、とカエルの卵のようなものをつぎつぎと吐き出す。

 さすがに想像の斜め上を超えてきて、チューヤとサアヤは飛びのいた。

 遠巻きにまわりこんで、ブブ子のいましめを解いてやりながら、


「……また人間やめてきたな、マフユよ」


「楽しいぜえ、禁断症状ってやつァ。この虫の卵をよ、てめえにやるよ」


 口の端から粘液を垂らしながら言うマフユ。

 山田は動けない。


「うわ、やめ、やめろ……っ」


「安心しろ、たまに快楽をくれるぜ。のたうちまわる激痛のはざまに、一瞬だけな。──死にゃあしねえよ、ってか、死のうとしても無理やり生かすぜ、死んでもらっちゃ、この虫にとっても都合がわるいからな。

 死の直前の状態で、卵まみれになるまで、エサとして生きろ。……よく言うだろ、シャブ断ちした3日目がいっちゃんつれえって。皮膚の下を虫が這いまわってるってよォ。そいつを味わいな、山田」


 卵を握った手を、ぞぶり、と山田の腹に埋める。

 マフユの皮膚は蛇のウロコの色をしているし、額には第三の目がある。髪の毛は蛇のように蠢いているし、背中には羽らしきものも見えた。

 たしかに彼女は、デビルウーマンだ。


「うげ、えぇえ……ッぉお、えぇお」


 地獄の底から響くような山田の喘鳴。

 チューヤはそのありさまを指さしつつ、隣の少女におそるおそる問いかける。


「……サアヤさん、あれはいいの?」


「うーん。まあ生きてるだけで丸もうけだよ」


 サアヤの思想は拷問を是とするのか、いまいちわからない。

 彼女にとっては、死ぬよりも地獄を生きるほうがマシ、ということなのか。

 死んだほうがずっと楽なこともある、と知っている者らにとっては、むしろこの世でもっとも恐ろしい存在こそサアヤかもしれない。


「2、3日、埋まってな!」


 マフユが、地面の穴に山田を生き埋めにする。

 そのようすを、ブブ子が無感動に眺めている。

 チューヤは周囲を見まわし、違和感をおぼえる。

 ──境界が、解けない。


「どうなってんだ? この境界を結んだのは、山田……インキュバスじゃないのか?」


「なんだ? やっぱ殺さないとダメか?」


 ふりかえって問うマフユに、


「いや、それだけ痛めつければじゅうぶんだ。負けを認めさえすれば、境界は解けるはずだ。山田のつくった境界なら、だが……」


「世の中、そううまくはいかないですよ」


 背後から、ブブ子の声。

 3人は、ゆっくりと彼女に視線を集めた。

 ゾッとするような展開を、予感して……。



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