13 : Day -42 : Shakujii-Kōen
「ちょっと男子ィ!? ここがどこか、わかってんの?」
ドアを開けたところで両手を腰に仁王立ち、サアヤが声を張り上げている。
「部室だろ?」
「そして、いまは昼休み」
やる気のない声で応じるチューヤに、持ってきたばかりの食材を冷蔵庫に放り込むケート。
「あー、くっそ! むずかしいな、この面!」
コントローラを手に、画面を見ながら悪態をつくのはリョージ。
部室には、備品としてモニターとパソコンとゲーム機が置かれている。
やけに高解像度・高応答速度のモニターを、パソコンとして使用するのはケートくらいだが、ときにはチューヤやマフユがゲームをやっていることもある。
そこにリョージが参加しているのは、かなりレアケースだ。
「下手だな、リョージ」
めずらしく自分のほうが上だと認識したらしいチューヤが、ゲスな笑みで言った。
「近所のガキがうまくてさ、ぜんぜん勝てねーから練習しようかと。……くっそ、ダメだ!」
コントローラを放り投げる。
人間には、向き不向きというものがある。
代わりにコントローラを手に、スタートボタンを押すチューヤ。
──ゲーム画面は、いわゆる「初代」。
昭和に生み出され、数々の少年少女の人生を狂わせた名作だ。
「何十年もまえのフォーマットだけど、遊べるよな、おまめさん」
ケートが椅子を引いてきて、チューヤの横に陣取った。
スーパー・オマリー・メーカー3(Super O'malley Maker 3)。
世界的ゲーム企業、云天堂により開発された、横スクロール・アクション・ゲームである。
つくって遊ぶジャンルの最高到達点であり、世界的な評価もきわめて高い。
「インターネットで、世界中のひとがつくったコースを遊べるため、ほぼ無限に楽しめる」
「何十年も遊ばれてきたゲームであり、これからも何十年かは遊べるだろう」
「よって、部室の備品として、このうえなく欠かせない」
三人の男子の解説に、ひとりの女子が激しく突っ込む。
「んなわけあるか! 学校でゲームして遊んでるとか、怒られるよ!?」
三人の男子は同時に、くるりと女子に向き直る。
「お母さんか、おまえは」
「いいだろ、ゲームくらい」
「そうだ。ゲーム脳とか妄言禁止」
ひとりの女子は、頭を抱えて首を振る。
「よくわかんないけど、あたしゃ悪者みたいだね!」
サアヤとしても、さほどゲームがきらいというわけでもない。
ふつうに男子の輪に合流し、画面を眺める。
各時代を代表するシリーズの異なったスキンを使用でき、超絶難易度、パズル、スピードランなど、さまざまなタイプのコースがつくられている。
しばしば使われる常套句だが、事実「無限に遊べる」。
「おまめさんは、ほんとに楽しいよな」
伝統のBGMを背景に、主人公を動かすチューヤ。リョージもうなずき、
「ダイコク先生がハマるのも理解できる」
「世界中のひとがハマってるからな、おまめさんは」
アメリカ出身のケートも、オマリーはアメリカのゲームだ、と朴訥に信じていた人間のひとりだった。
「いやあ、おまめさんは、ほんとに楽しい」
「無限に遊べるってのがいいよな、おまめさん」
「たしかに名作だよ、おまめさんてやつは」
笑顔でふつうに会話している男子に、
「ちょっと男子! 変な顔して、おまめさんおまめさん言うのやめてくれる?」
被害妄想の女子が苦言を呈す。
「生まれつきこの顔ですが」
「とくに問題のある言葉は言ってない」
「オマリーメーカー3、略しておまめさんだろ?」
「知ってっけど、いやな略し方だよね!」
女子はイライラと足踏みをする。
「だいたいサアヤだって好きじゃん、おまめさん」
「だよな。おまめさんのゲーム動画、よく見てるよな」
「下手な芸人が、おまめさんイジるやつだろ」
そろそろ悪乗りをはじめる男子。
彼らがこの手の空気を読みはじめると、ろくなことにならない。
「俺は断然、ダイコク先生のイジるおまめさんが、いちばん好きだけど」
「サアヤも、おまめさん出てくるクリ坊主、かわいー言うてたやん」
「やっぱり女子も大好きだよな、おまめさん。気持ちいいもんな」
「サアヤも大好き! おまめさ」
思わず椅子から立ち上がったチューヤに、
「うっせー! 男子め、言いたいだけだろ!」
並んだどたまを3連発、しばきあげるサアヤ。
三人は、並んで頭をさすりながら、
「乱暴な女子だな」
「女子って、突然怒り出すよな」
「まあ、わざと言ってんだけどね」
サアヤは愛用のハリセンを備品棚にもどしつつ、
「けど、オマリーはおもしろいよね!」
すぐに話題に合流する如才なさは女子らしい。
「サアヤはドヘタだけどな」
「ド言うな! ヘタだけども、チューヤだって言うほどうまくないでしょ!」
動体視力や反射速度を要求されるゲームは、一般に女子には向かない。
「ちなみにオマリーの本名は、オマリー・オマリーなんだよ」
「だからオマリー・ブラザーズなんだね!」
「ゴリラみたいだな」
「見た目の話はしてないが」
「ゴリラの学名はゴリラ・ゴリラ・ゴリラだって、有名なトリビアだろ」
「じゃオマリーの学名もオマリー・オマリー・オマリーだね!」
「ゲームキャラの学名ってなんだよ……」
さすがのチューヤも、そろそろバカバカしくなってきた。
リョージはケートに視線を移し、
「そんなことよりケート、さっき材料、冷蔵庫入れた?」
「おう。高級食材だぞ、心して使えよ」
言いながら壁の時計に視線を走らせ、立ち上がる。
「……もちろん、たったいま登校だよね?」
「まさか、おまえら朝からいたのか?」
問いかけたチューヤのほうが恥ずかしくなるくらい、ケートのほうがおどろいて問い返した。
「まあ若干、遅刻はしたけど……俺、登校するのがふつうだと思ってた……」
そもそもこのご時世に、学校に登校しているだけでも褒められるべきだ、と彼らは考えている。
ケートが登校してきたのも、おそらくは鍋のためだろう。
「お嬢の分もはいってるから」
「あらあら、おふたりでご登校? 仲がよろしいよーで」
「そう思うか?」
「正直あんまり」
「──ま、彼女が絡む問題も、いろいろあるからな。どこもかしこも、調整が必要なのさ」
ピン、とピアスを弾くケート。
ナノマシンを起動すれば、彼の頭上に巣くう古代生物も健在だ。
すべてが元通りになったようで、もちろんそんなわけがないことを知っている。
解き明かさなければならない問題とともに、進めなければならない現在進行形の問題も、枚挙にいとまがない。
「マフユは?」
冷蔵庫内の量から、リョージは1人分の不足を断定する。
「鍋の時間にならないと来ないだろ、あの蛇は」
「言い換えれば、放課後には必ずやってくるよね」
妥当なケートの見解に、裏書を与えるサアヤ。
チューヤはふと、顎に手を当てて考えながら、
「そーいや先週も、ひとりで待ってたな……」
あんな過激な戦いの直後にもかかわらず、ここに座って傷口をえぐっていた……。
ある意味、いつも過激な女、マフユ。
「なにエロい顔してんの、チューヤ」
疑いの目を向けるサアヤのアホ毛が揺れている。
チューヤはドギマギしながら、
「はああ!? サアヤさん、どういう触覚してんの?」
「おっと、ボクは行くぞ。ちょっといそがしいんでな」
「ケートはいつもいそがしいね……」
「このご時世に、アホづらさらしてヒマそうにしているキミらのほうが、ボクには信じられんよ」
いつものように毒を吐き、姿をくらます。
ケートの世界は、つねに難解で多忙のようだ。
やれやれと肩をすくめ、冷蔵庫に向き直るリョージ。
「さーて、んじゃ仕込むかな」
なんとなく、ゲーム画面にもどるチューヤ。
眼前に、世界につながるオマリーワールド。
世界のどこかで、だれかがつくったコースを遊べる。そのプレイ動画も含めて、世界に広がるゲームカルチャー。
チューヤももちろん、それなりにやりこんでいる。
リョージが途中であきらめた、そこそこむずかしそうなコースを引き継いで、遊びはじめた。
「けど、リョーちんがゲームやってるの、めずらしいよね。だいたいチューヤかフユっちが遊んでること多いのに。あと、たまにケーたんも見かけるかな」
温かい目でリョージを見つめたあと、厳しい目をチューヤに送るサアヤ。
「逆コンパイルとか、変なことやってるだけだろ、あいつは。……お嬢とリョージは、ほとんど触れたことないよな」
「オレの場合は、ヘタだからな」
「ダイコク先生に比べれば、みんなヘタだよ」
チューヤの言葉に、含意を汲み取ったリョージは、視線を向ける。
画面を見つめたまま、チューヤは語りだす。
ときおりサアヤの相槌をはさみながら、きのう北綾瀬で大黒とはじめて会った顛末を話した。
メンバーとは、なるべく情報交換をするべきだと考える。
秘密主義者も多いなか、リョージは比較的オープンなので話しやすい。
そうか、と言ってしばらく考え込むリョージ。
「やっぱりおまえは、そういう信仰か」
「え? 話聞いてた? 信仰とか、ないけど」
テレッテレレレレ♪
とゴール直前で死ぬオマリー。
「ダイコク先生の大ファンなんだろ? プロレス紹介したオレより。つまりおまえは、この国の信仰を背負うんだよな?」
リョージが、重要な問題を提起している。
「……背負わねえよ。けど、神道かと問われれば、消去法的にはそうですと答えるかな」
すなおに応じるチューヤ。
悪魔相関プログラムが、内的思考を推し進めるよううながす。
──世界の悪魔が集う場所、東京。
そこで、神と悪魔を相手に生き残りゲームに挑んでいるプレイヤーの一角として、宗教や信仰という問題と切り離されることは、原理的に不可能だ。
ごく一般的(ややオタク気味)な日本人、男子、高校生。
キリスト教やイスラム教に触れたおぼえがほとんどなく育ち、仏教で葬式をしている人々はよく見かけるが、ナマグサ坊主には非常な距離を感じるタイプ。
一方、自分が日本人であるという自覚はそれなりにあり、とくにキライになる理由もあまりないので、伝統的な信仰であるところの「神道」に近い可能性が、いちばん高いような気がしないでもないような気がする……という程度の信徒。
それがチューヤの立ち位置だ。
「ダイコクさまって七福神でしょ。あれ神道なの?」
ふと疑問を口にするサアヤ。
先祖伝来の仏教徒サアヤにとって、七福神と仏教はニアイコールである。
たしかに、毘沙門天や弁財天、布袋和尚といった名前は、きわめて仏教的だ。
──勘ちがいしているひとも多いが、世界三大宗教という呼び方で習うキリスト教、イスラム教、仏教は、信徒の数の多さではない。
信者数だけなら、仏教徒よりもヒンドゥー教徒のほうが多いからだ。
大黒天はもちろん、毘沙門天、弁財天も、その系譜はヒンドゥーにある。
ヒンドゥー教を含め、世界4大宗教という呼ばれ方をすることもあるが、ヒンドゥー教が「世界宗教」から弾かれることが多いのは、それがあまり「多国籍」ではないからだ。
インドとその周辺のわずかな国にのみ、信徒をもつ宗教は、いかに信徒数が多くても世界中に信徒をもつ「世界宗教」とは呼べない。
ヒンドゥーは、いわば最有力のインド「民族宗教」なのである。
「ケートがぶいぶい言わせるのも当然かな」
インドをバックグラウンドにもつ、というのは意外に心強い。
「天才なのはわかるが、まあ……個性的だよな」
言葉を選ぶリョージ。
リョージの背後には中国がいるが、それが中華人民共和国であると考えるのは早計だ。
一方、インドもまた一枚岩ではない。むしろ多様性こそインドである、という見方もある。
ただ、核心の部分で両国から生み出された「思想性」が、彼らを支えている。
リョージが老子のカオスを奉じて動くとすれば、ケートはインドの無限を数理的秩序に解析して落とし込む。
それが、具体的にどういう方向を指し示すのか。
──と、むずかしいことを考えるのに向いていない3人だけに、相剋の深奥を掘り下げる流れには、もちろん至らない。
「きょうのメニューは?」
「それな。野菜的にはカレーの材料に思えるが、大量の中華麺までご所望なのは、これいかに?」
一般ピープルたちの興味を受け、リョージは根菜系を切りながら答える。
「ま、放課後を楽しみにしてろよ」
「そういえば、聞いた? なんか、成田先生、今週から出てくるって話」
サアヤがふと言った。
女子はこの手の情報を、どこからともなく仕入れてくる。
チューヤとリョージは一瞬、顔を見合わせ、鍋部の顧問についての記憶を新たにする。
「そーいや、マフユとなんかあったんだって? 先生」
「やっぱ聞いてない? 俺の口から教えるのもなんなんだけど……」
考え込むチューヤ。
マフユの闇の部分が炸裂している。
サアヤと目を見合わせ、困った表情を察するまでもなく、
「いいよ、教えてくんなくて。知るべきことなら、自然に知らされるさ」
リョージには拘泥がない。
そう言われてしまうと、あえて語るのもバカバカしく思える。
料理をする男の背中を眺めて、なんとなく時間だけが過ぎた。
鍋部の昼休みは、こうして消化されていく。




