緋色の封印
ノアが不死鳥と化したのは意図があった。
ノアは度々、異能の起源、エラッタファクターの存在を感じていた。
それは自身の持つ、最強の異能「破天裁魔」から異能そのものに関するブラックボックスの可能性を示唆する感覚が度々あったからだった。
今回の件によって、自身の異能の予想外の副産物がそのブラックボックスによるものだと感じたノアはその期限を辿る必要があった。
よって時間移動を用いて過去へ行き、それを暴いた上で現代に戻り力の封印を破ってやろうと考えたのだ。
それには火の鳥という時空間を超越する生命体に自身の肉体を変化させて時の壁を超えると言う方法を使うのが最適解であった。
もちろんその過程で肉体の死を受け入れなければならず、一度完全に敗北することを受け入れなければならなかったのだ。
「2000年代か…」
感傷に耽っている場合ではないのだろうが、異能の全ての種類が出揃ったと言われるその年代の時代背景を考えて対策する必要が彼にはあった。
摩天楼を首を回して眺めながら大都会の夜景を真上から見下ろすノア・フェニックス。
「さて、破天裁魔で検証から始めるか…」
そう言って飛び立ち、翼で風を切りながら力を発動しようと広大な空間に力が行き渡ったその時。
ノア・フェニックスの胴体を超巨大なモリのような矢が貫いた。
さらに、そのすぐ刹那、無数の銀の弾丸がノアの身体のいたるところに風穴を開ける。
不死鳥として燃え上がり甦ったノアは本来のノアに戻ることで対応しようとするが、異能の力が発揮できない。
かろうじて、空中で姿勢を取り戻し静止するノア。
かつてのノアの肉体へと変貌する。
そんなノアの周りにはすでに無数の黒いフード付きのマントによって顔を隠した者たちが取り囲んでいた。
「ダメではないですか、ノア様」
慇懃無礼な態度で姿を現したのは3000年代でノアに先制攻撃を加えた薄ら笑いの男。
「貴様は…!」
しかし、対応しようとしても【破天裁魔】の感触がない。
「力が使えなくなったのは私たちのせいではありませんよ?」
聞かれてもいないのに余計なことを答える男。
「恐ろしきは破天裁魔ですね…?あの力は貴方ですら御しきれぬ力と言うわけです。」
しかし、深くは答えない。
恐ろしき力とは、ホムラと言う男の行方は?
聞きたいことは山ほどあるが、今唯一の懸念事項を告げるノア。
「貴様たちは何をしにきた。」
本当の力を解放すればお前たちなど相手ではないぞというニュアンスを暗に込めるノア。
「もちろん貴方の“殺害”ですよ、ノア様。」
「貴方があの状態で逃げおおせるとは思いませんでしたが、それがわかったのであればどんな形でもあなたが肉体を持てぬよう“死”という牢獄に閉じ込めさせていただくまでです。」
ハッとして自らを貫いた矢の痕をみると、そこから謎の“紋様”が滲み出してきている。
「万全な貴方なら確かにこの力も意味をなさないということは存じておりますが…」
クク…と笑いを交える男。
「何分、あなたはもう無敵ではない。」
「貴様から我に害するこの力の波動を感じるな…?」
ノアから目に見える殺意の奔流が周囲へと溢れ出る。
思わず怯む薄ら笑いの男。
「(コイツ、まだこんなチカラを…?!)」
「(いや、そんなはずはない…【破天裁魔】とは違う、肉体そのものに宿る気や神力の類か…!!)」
しかし、直ぐに持ち直し、【宣言】する。
「我が名は“ジグラード・トリスタン”!!」
「これよりかの“現人神”ウルティノア・アルヴァルトの討伐に入る!」
「超越異能顕現神域!!前へ!!」
ジグラードと名乗った男の命に応じて、黒マントの者たちが一斉にマントを脱ぎ捨て攻撃を開始した。
「これは…!!」
ノアは驚愕していた。
自分を取り囲むその者たちは一人一人が3000年代の自分に匹敵する異能の効果範囲と干渉強度を持っていだからだ。
「(これ程の強者どもが我の調べに引っかかりもせず隠れていられるはずはない…!)」
「(!!…そうか、主神級の権能者が見つからなかったのは…!)」
既に、回避不可能と悟っていたノアは右手を掲げて力を込める。
その動作と込められた力の強さに包囲した者たちは警戒して近づかず、そのまま遠距離攻撃に移行した。
「(警戒させられたなら上々!!)」
そのまま掲げた拳を手刀に変えて自らの胸の中心を貫いた。
「(我が力が使えぬのなら、マハと編み出した時間遡行の秘術と我が存在そのものを一つにしてさらに過去へ!!)」
「(異能の起源の時代、1000年代へ!)」
包囲する者たちの様々な攻撃が一斉にノアへと殺到する。
それを尻目にノアは取り出したモノを見ていた。
ノアから取り出された輝く力の結晶はまるでダイヤの宝石や、光の雫のようなモノであった。
ノアはそれを握りしめ、極大のエネルギーと共に自らを巻き込み爆縮させた。
吸い込むような爆風、そして一瞬の間が空いた後、凄まじい爆風が深夜の摩天楼、その上空で発生する。
あらゆるチカラで身体を害されたノアだが、明らかに致命傷を浴びていながらも直立不動でその場に、その空中に立っていた。
まるで目を閉じて立ったまま寝ているようだ。
「…生命活動の停止を確認。」
超越異能顕現神域と呼ばれた者の1人がそう発言した。
「…肉体への“死”の刻定を確認しました。これより肉体を封印する為移送を開始します。封印に有効な能力者は残り、それ以外は本部へ帰還なさい。」
その通達で大多数の超越異能顕現神域が姿を消した。
「これで終わり…ですか。」
ここまで薄ら笑いを一向に崩していないジグラードはその笑みを浮かべた眼差しをノアに向ける。
粛々と進むノアの封印作業を見ながら、何故だかジグラードは終わった感じがしなかった。
「…」
夜風に揺れるジグラードの髪、その肩越しに月と赤い月の二つが満月を迎えていた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
ノアは暗闇で目が覚めた。
なにか金属の箱に入っていることがわかる。
「いやぁ、この度はおめでとうございます。」
「なに、息子が5つの歳を迎えたまでですよ。」
箱の外で2人の男が何か話しているようだ。
「アンク。こちらにきなさい」
なにかが箱へ駆け寄ってくる。
子供のようだ。
「この箱は我が一族が守り続けているモノだ。」
「さぁ、アンクくん、開けてみなさい。」
2人の声により、子供が外側から箱に触れる。
箱がチカラを帯びてひとりでに開いた。
そこには赤髪の少年が立っていた。
「おお!!!!アンク!!!」
「これは我らが王へ直ぐ伝えねば!」
おそらくアンクと呼ばれる少年の父親であろう男が喜ぶ中、黒い幅広の羽帽子を被った男が部屋を出て行った。
アンクがノアに触れる。
力の結晶であったノアはその宝石のような自身がアンクの右手へと吸い込まれていくのを感じた。
「なんということだ!」
「アンクが箱を開けただけでなく、【救世神の適格者】だったとは!」
気がつくと、ノアは自身の体がアンクと呼ばれた少年のものになっていることに気がつく。
「いや、この子の体に入ったのか…」
1人つぶやく中、アンクの父親は未だに興奮しているようだ。
「アンク!早速だが王へ謁見に行くぞ!」
「謁見?」
「あぁ!炎王とも呼ばれるお方、オルド・アンクロス=ロード王だ。お前はそれだけの資質があるんだ!」
ふと、アンクの父が右手を見た。
「ところでその右手の紋様はなんだ?」
「…さぁ?わからないよ。」
そうか、と特に気にすることなく父親とノアは部屋を後にした。