緋色の封印
「…実力は拮抗するように審判団に申し入れたつもりですが…」
「どうやら、想定外に差があったようですね?」
ミハイル、そしてロアが続ける。
審判団はそちらの裁量だったな?とでも言いたげな目線を向けるロア。責任を問いたいようだが、対するミハイルは素知らぬ顔だ。
「あの者が我への挑戦権を持つ者か。」
ノアは既に修復中にも関わらず武舞台中央にてノアを見据える性別不詳の異能者、アレクサンドロ・マリヤ=ミハイロヴナに目を向ける。
無表情でノアを見上げているマリヤは対戦相手が登場したことで姿勢をそちらに向けた。
「久しぶりね、ミハル」
「…。」
どうやら顔見知りのようだが、マリヤはミハルと呼ばれているようだ。
「アレクサンドロ・マリヤ=ミハイロヴナ…旧軍事闘争異能序列、最後の序列一位、でしたか?」
ロアがミハイルへマリヤを見据えながら問う。
「彼女は改造異能者計画で覚醒した新人類の女性人格タイプです。」
「まぁ、彼女は新人類でなくとも彼女らしさは失われないと個人的には思いますが。」
軍事闘争異能序列とはノアが世界平和を達成する年前まで存在した、各国の軍事技術、戦闘技能、異能開発力を比べ合う裏の世界戦争と呼ばれていたもので、ノアによって現在の位階権能序列に統合された審査協会だ。
「なぜならあの異能と彼女の生殖機能は統合されているからです。」
かの序列では、異能の研究はもとより、その異能と扱う者そのものの同一性、必然性についての研究など、「異能と人」についての倫理を無視して追求する側面を持ち合わせており、彼女も当然その影響を多分に受けていた。
人間というそのものが持つ生殖による増殖能力。
これを異能に置き換えた時に生産タイプの異能と捉えて切り離し、本来、改造タイプであった生まれる前の彼女の異能と統合することによって、生まれた新人類がマリヤだ。
「結構、背が伸びた?それ以外ほんとに変わっていないから少しビックリしたわ。」
マリヤは無表情のまま見つめる。
「まぁ、私はこの通り…!」
一回りして見せるエリザベス。
「若さだけでは説明のできない圧倒的な美を手に入れてしまったわ…!」
華美な衣装にそぐわぬ確かな美貌と可憐さに会場もいろめき立つ。
「「「エリザベスさまぁ!!!」」」
どうやら歓声には熱狂的な応援者も混じっているようだ。
準備が整ったようで審判が2人の間に現れる。
「双方準備はよろしいですね?」
当然!といった姿のエリーに、特に反応もないマリヤ。
試合開始の合図が響く。
「試合開始ぃいいい!!!」
掛け声とともに、エリーが動いた。
金色のオーラで身体の輪郭を覆ったエリーは、そのまま頭上2、3メートルの高さまで浮き上がる。
両腕を広げ、目を瞑った状態で息を深く吸い込む。
【 平伏すがよい、全ては我が前に塵と同じ。 】
決して大きくはない。しかし空間に響き渡るその声はエリーを中心に全てを侵食していく。
【 普く悉くを統べる我の前に、その役割を示せ。 】
会場のほとんどの者は反応できていなかったが、ノアを含めた実力者、そして、対戦相手であるマリヤにはその異能の干渉を捉えることができていた。
「…ーーー。」
言葉を発さずに喉から聞き取れない音を出すマリヤ。
そのまま大きく後退する。
「ようやく…まともな反応を返しましたわね…!」
少し怒りの混じった声色でマリヤに視線を向けるエリー。
どうやらマリヤがほぼ無反応なことが気に障っているようだ。
「ですがその程度の回避では、もう私の異能からは逃れられなくってよ!」
キッ!!っとマリヤのかなり後方を睨め付けたエリー。
それによって空間の侵食が、放射的な広がりから意思を持った軌道に代わり一気にマリヤの後方を優先として広がり上げた。
「まだまだぁッ!!」
肘の内側の関節を左手で抑えるようにして掲げたエリーは、そのまま何かを振り下ろす動作で腕を向ける。
「…!」
後方の侵食に反応して半身になっていたマリヤは両腕の袖から棒状のペンのような物を取り出して上空から迫る空間の塊を腕を交差し得物で受け止める。
「ぐっ…く…!」
苦悶の表情を浮かべるマリヤ。
その質量的な攻撃により武舞台にヒビが広がる。
「以前の経験が生きたようですわね…しかし…」
「もう終わりですわッ!!」
込める力を上げるエリー。
だがマリヤはその力押し一辺倒な攻め方は以前の戦闘で感じた感触と違い、違和感を感じた。
「!!」
マリヤがその違和感を感じて感覚を研ぎ澄ますと、ペン状の得物の先端から徐々に、“エリーのチカラ"に侵されていくのを感じる。
「気づきましたわね?」
「そう、私は位階の低い無機物だけでなく、異能者などの他者に至っても直接触れている部分から間接的にであればその存在を掌握できるようになりましたの!」
エリーの異能はノアの【破天裁魔】を参考にして、旧
NATO異能研究機関が、才能ある異能者を集めノアの異能に近づけるように教育、訓練を施した結果形作られた物だ。
その性質から掌握した空間を自在に操れるエリーは幼くして同じく軍事闘争異能序列で活躍していたマリヤと対戦したことがあった。
その際、マリヤは掌握した空間の大気をそのまま相手にぶつけたり、掌握した空間同士を入れ替えることによって空間移動して近接戦闘・急速離脱を繰り返す戦闘スタイルであった。
「…。それは知ってる。」
「!!」
交差していた腕を左右に弾き、押さえつけられていた大気そのものを吹き飛ばすマリヤ。
急に言葉を発したマリヤに驚くエリーだったがすぐにそれ以上の驚きに気づく。
「貴方…!なぜ侵食したエリアに…!?」
エリーの侵食し、隷属下にある空間は力の差が開き過ぎている相手や意志を持たない存在を除けば、入った時点で違和感を感じる。
マリヤほどの実力者ならば、そこに自ら踏み入ることはおろか、その領域の境すら感じ取れるはずであり相手のまな板の上に自らを差し出すような真似はしないからだ。
「あなたは3つ勘違いをしている。」
「ッ!?」
マリアの姿が消えた。
エリーは掌握下にある空間を経由して位置情報を取っているため包囲していたマリヤを特定できないはずがない。
「1つ、あなたの力は“絶対”じゃない。」
ハッとしてエリーが振り向くと真後ろにマリヤが得物を目前に向けていた。
咄嗟に振り払い空間を切り裂くエリー。
しかし、残像か、幻か、マリヤの実体はすでにそこになくエリーの真下に着地しようとしている。
【 四天の空よ 、 我が敵を押し並べて滅せよ 】
声を張り宣言するエリー。
四方より大気の壁が、地面を抉り障害物を粉微塵にして砂煙を上げながら迫る。
「2つ、あの頃の私は異能者としても間者としても完成してなかった。」
複数の影がエリーの背に映る。
当然、大気の圧縮で真下は爆散したが、そこにマリヤはいない。
エリーも影がその背を捉える前に気づくも、実体を持つ分身なのか、それぞれが四肢を押さえ5体目のマリヤが背を捉える。
落下し地面に叩きつけられるエリーであったがダメージはない。
「残念でしたわね…!そしてこの程度の拘束は!」
エリーの操っていた空間に含まれる地面はエリーに味方をして柔らかくなり、エリーが受けるはずの衝撃を地面が全て受けていた。
エリーの体から光が迸りそれぞれのマリヤを振り払う。更に、全身に力を込める。
「そしてあなたが私を知るように、貴方の異能も私は知っていますわ!」
いつのまにか四肢に書き込まれていたインクの文字。
それは内側からの光によって砕けるように消え去った。同時に侵食を受けていたのか四肢に書き込みを入れた分身が霧散する。
「貴方の手口は相手に書き込んだ命令を実行させる、洗脳・干渉系の改造タイプ!」
「手口さえわかっていれば怖くなど…!」
またしても違和感に気づくエリー。
「…!?」
「3つ、あなたは私のことを知らないかもしれないけど、私はあなたのことをよく覚えている。」
起きあがろうと手を着くエリーだが、手足に力が入らない。
「…。あなたはつ…」
「私を覚えている…!?先ほどは、私を覚えていないから反応していなかったのではなくて?!」
マリヤの言葉を遮り、エリーが困惑しながら問いかける。
「…あなたと以前戦ったあと、あなたがノア様の再現を目的に育てられているというのを聞いた。」
問いには答えず、ノアの方に歩いて行くマリヤ。
ノアは面白そうにそれを見つめている。
「だからそれから、私はあなたの能力についてずっと考えていた、あなたとの戦いをそのままノア様との戦いに活かせるとおもったから。」
「さっきの大気の塊をぶつける攻撃…あの時にそれをは直接異能で操ってるのは前と同じだった。」
「それが一体何だというの…!?」
そう発言しながらもエリーはみずからのすでに掌握した空間自体は動かせることに気づき、自らの体を大気圧などで物理的に外部から動かすことで起き上がるとができた。
「私の異能は【構成記述者】」
「異能で直接殴るのは私にとっては直接私に触れているのと変わらない。」
「まさかあの時…!?」
「あなたが直接自分に異能を使おうとした時にその支配権が私に移るように、あなたの異能そのものに書き加えた」
「なっ…!?」
「もうあなたは自分の体の支配を私に渡してしまっている」
「異能そのものは肉体に依存しないから別に動かせると思うけどおすすめはしない。」
当然、そんなことをすれば異能の権限まで失う可能性がある。というリスクをマリヤは示していた。
「…ぐっ!くうぅぅう!!!!!!!」
くぐもった声を上げるエリー。
「ノア様、勝負は私の勝ちだけど、試合は彼女の勝ちにしてあげられる?」
「!?」
驚くエリー。
ノアもなぜそのようなことを問うのか。という表情だ。
「…あなたに遮られた話の続きをするね。」
異能による間接的な支持によって立つことしかもはやできないローラにマリヤは近づき耳元で語りかける。
「私にあなたの空間掌握が効かないのは私が周囲を「空白」の行を書き込み続けているから。」
「でもその最中は言葉を発せれない。」
「だから急に喋らなくなった違和感を与えないように最初は返事しなかった。」
「試合開始前から私の行動を読んでいたとでも…!?」
「ううん。違う。」
「確実に勝負に勝つにはこれが最善だったから少しズルいけど試合前からあなたの言動を誘導しちゃった。これも間者の技術。」
「だから私は負けでいい。」
「私の目的はノア様と戦うことだから。」
振り返り背を向けて歩くマリヤ。
「しかし…負けて私が戦いに残るなど…!!」
「…さっき言いかけたことを言うね。」
プライドが許さない、と言った様子のエリー。
歩き去りながらマリヤは顔だけ半分エリーに向けて言う。
「あなたは強い。昔から、今でも。私がその証明。」
去っていくマリヤを呆然と見つめるエリーだったが、不意に体の力が戻る。
マリヤが能力を解除したのだ。
審判もマリヤの試合継続の意思がないのを見て宣言する。
「勝者、エリザベス・スチュアート!!」
エリーは居直しながらもマリヤの背を見続ける。
「この借りは必ず返しますわ。ミハル。」
状況が飲み込めていなかった観客なども審判の掛け声で歓声をあげる中、エリーは一人呟く。
そのまま歓声を背に退場して行くのだった。