黒狼
その若人は、暴虐無人の一族の生まれであった。
一族の名を、「狼牙」と言った。
それは一族が狼の獣人族であることと、その攻撃として自身の顎力を腕力に乗せて空間を削り取る【狼牙】という一族の技が原因である。
その技と気性の荒さより一族は山賊として、各地の山脈に点々と存在しており、
交渉こそできるものの、力を絶対の指標として尊ぶ一族の掟により、
何か彼らと取引をするなら、まず彼らより強くならなければ話にならない。
そんな狼牙の一族でも、忌み嫌われる得意な存在、
「黒狼」
として彼は生まれた。
黒曜石を介し捕食すると、「黒狼」だけの特別な【狼牙】だけでなく、【狼爪】や【狼駆】といった特殊な異能を発現させる一族に伝わる突然変異であり、
度々、その黒き異能を用いて一族の中でも台頭することから畏怖と嫉妬、羨望の対象であった。
さらに、
彼はその中でも、さらに特殊中の特殊、
権能として「黒曜刃」という超能力を持って生まれた。
特殊な、この世界における黒曜石の魔法的性質を基本的に持ちながらも、その他の金属性質を併せ持つその特殊な【黒曜金属】を生み出し、自身の思い通りにその金属性質や質量を操作できる金属精製の力である。
黒狼は黒曜石を捕食することで通常の狼牙だけではない先天的な異能を発揮できるため、自身で自給自足qでも、
生まれからして漆黒の体毛と、見る者を圧倒する輝く黒紫の瞳、
そしてその特別な権能は恐れられ、彼は両親以外まともに話したことすら無かった。
父は同じ黒狼であり、その地域の山脈を縄張りする「シュバルト」の長である、ブルゥーダ。
北方の大陸を横断する山脈一体を縄張りとして支配する巨大な一族「ヴォルカン」の長の娘、ヒルダ。
血縁としては優秀に見えるものの、忌み嫌われし「黒狼」である彼には関係がなかった。
名を、ヴォルフガング・カンシュバルツ=ディルティナ。
そう。
後に位階権能序列にて上位に残る少年であった。
彼が強さに執着し、位階権能序列に参戦することになったのは必然であろう。
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「オッサン、アレ、どうすんだよ」
「ノア殿が感じられぬ…御付きの彼等次第であろうな。」
ヴォルフが問いかけたのは、ガンジン=真洞。
先ほどの試合の対戦相手であった古老だ。
岩鉄斎とも呼ばれるかの老練の達人は、
あくまでも、ロアとミハエルの動向次第で、動きを決めるようであった。
「…オッサンなら別に、アイツらと戦えるだろ。」
「無論だ。ワシは奴らを恐れているわけではない。」
「ノア殿に礼を尽くし、その直下で動く彼等2人の行動に合わせるだけだ。」
そうこうしているうちに、ロアとミハイルが意を決したようで、
ホムラをはじめとするセンチネンクルスたちの前に歩み出た。
「この場は、このミハイルが収める。」
「ついては、その他一切への手出しはできないと思ってもらおう。」
「あぁ、このロアがこの世界の者達には何人たりとも害させぬ」
2人はそれぞれ金と白銀の翼を広げたかと思うと
一瞬で姿を変えた。
ミハイルは白を基調としたバトラータキシードへ、
ロアは黄金の鎧を纏う絢爛なる騎士へ。
「…」
無言でホムラはソレを眺めていたが、
ミハイルが右手を前に伸ばしたところで口を開いた。
「君たちに用はないんだが、邪魔するなら消えてもらわざるを得ない」
「そんなにうまくいくかな?」
「…?」
【破天裁魔】を奪ったことで、ある種その力の眷属でしかないと考えていたホムラは大した戦闘にもならず2人を屈服させられると踏んでいた。
が。
ズンッ!!!!!
「なにっ…?」
全身が指先の細胞一つに至るまで完全に制止させられている。
「ノア様の権能が我らに牙を向くと…」
「奪っただけの下郎が…本気でそう思っていたのか?」
他のセンチネンクルスが動こうとするも、
ギャイン!!!!!
いつのまにか抜剣していたロアの一薙で牽制する。
「我、ノア様の剣にして、牙。」
「動けば…斬る。」
そうして、剣を大地へ突き立てる。
その場の人間が黄金の力によって透過していき、
どこかへと消えていく。
「…これは。」
その問いにはロアが答える。
「彼らはノア様が愛する無辜の民。」
「貴様らに傷つけられないことを目的とした異世界転移を行ったまで。」
「…」
ホムラのその視線はその異世界転移をしていない者達に向いていた。
そしてその謎には、ミハイルが答える。
「彼らは貴様らの誕生に関わる者達。そして貴様らにも引けを取らぬ強者であるが故、私の責にてこの場に残した。」
「無論、一切の害は加えさせぬのは変わらぬがな。」
「…まぁ、動かずとも使える力は【破天裁魔】だけではないんだよね。」
「!!」
ホムラの肩からオーラがたちのぼり、
ノアの力を写しとった権能が立ち上がる。
コキッ!パキッ!と、
首を慣らし、拘束から解除されたことで軽くなった肩を回すホムラ。
「君たちもまた、僕の権能を理解していないようだね。」
「…まぁ、僕に劣る彼らが動けないのは仕方ないか。」
遥か後方で牽制で動けない他のセンチネンクルスに軽く顔を傾けて言うホムラ。
「実際、君らと戦う以上の余裕はなさそうだ。」
ホムラがそのチカラを発揮する前に、
「ハッ!」
ロアが一気に力を解放し、光の羽根を舞い散らせ完全に世界から余計な非戦闘員を逃した。
「…いい仕事だ、ロア…!!」
「貴様に褒められても嬉しくはないな!!」
一気に距離を詰めて、
ロアは黄金の剣で、
ミハイルは腕から展開した白い光の刃で、
ホムラを捉える。
「…。」
ギリギリ…と高密度の炎のオーラを両腕に纏ったホムラがソレらを交差するように受け止める。
しばらく硬直した後、3人の高速戦闘が始まった。




