砕け散る天月輪
「馳せべ…王来。」
「無為無盲たる魔獣・悪鬼…奇士・怨霊」
「繋いで一太刀、心の臓」
「掲げられるは真の頂き」
「其の戴冠に古き月輪あろう価値なし」
『砕け散れ、天月輪よ。にべ須く…』
時は1時間前に遡る。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
東国、日照天眼国は、腰布や腰紐、いわゆる帯を用いた着物を中心とした着衣文化のある島国だ。
大陸の呉鳳泰武国を東海岸全体を取り囲む細長い島の国で、日照国側からは高い山程度しか見えず、呉鳳泰武国側からでは存在を確認できない程度の海の距離があった。
しかし、
ある日、世界のあらゆるところから見えるように、恒星の照らす軌道と垂直に、
世界の空に【溝】ができた。
それは黒い裂け目、
それは昼にも見得る天の川。
淵日輪と名付けられたソレの不気味な存在感とは、
また別に。
その恐ろしさが判明したのはそれを作り出したもの。
そう、異能生命体の一体、
天月輪の皇「カイエン」
にあった。
『我は真なる王、
皇帝、アミダ・カイエンである。
下賤なる貴様ら下等生物を統べる神でありこの世界に君臨するものなり』
全世界にその姿とその言葉を発布し、
淵日輪より無尽蔵に湧き出でる魔物『淵魔』と、
直接、淵日輪より飛来する『裁きの黒炎』が
瞬く間に世界を制圧した。
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「爺ちゃん、こんなところにいたら淵魔が来ちゃうよ〜…」
「大丈夫じゃ、やつらはあくまでも都や貴族どもが統べる領地を監視している。」
「こんな山奥、それも頂上付近に来たりせんわい」
「でも、淵日輪が観てるんじゃないのぉ…?」
「…」
そう、淵日輪は監視装置でもある。
天月輪の皇への侮辱や反抗勢力の集いを検知し、
無尽蔵の魔物の大群を粛清のために降下させてくる。
「…じゃから、悪口はいうなよ。キリヒト」
「…ん〜…」
不満げなキリヒトに呆れながらも黙々と山頂へ歩き続ける老人。
しばらくすると、山頂の開けた場所にたどり着いた。
「やったー…!」
やっと終わったと、キリヒトは石でできた円陣の中央にある台座に駆け寄り腰掛けた。
「コレ…!キリヒト、なにしちょる。そんなところに座るな。」
「ええ…いいじゃん。地べたに座りたくないしさ…」
「いいから降りんか。あまり時間がない。儀式は手短にすませたいのだ」
そういうと、円陣を囲う様にしてそり立つ石柱に手をかざし何らかの力で火を灯す。
『我が名は、ザンジン。』
『八百万の神々よ、汝ら神を騙る者に裁きを与える力を授けたまえ…』
そして冒頭の祝詞へと戻る。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
「爺ちゃん…?」
「ハァ、ハァ…なんじゃ。」
「山登りに来てくれたのはいいけどさ、もう帰ろうよ、爺ちゃんも疲れてる…みたいだし?」
自らの体、シワだらけの手を見て息切れしている自身へ思いを馳せる様な形になるザンジン。
「…そうじゃな。」
「じゃあ、肩かすからさ、そこの坂道から…」
「キリヒトよ…聞け。」
「!!」
いつに無く真剣な祖父の姿を眼差しに息を呑むキリヒト。
「本当は、お前の親父であるケントに継がせるはずであった」
「【神人斬りの隠者】と呼ばれる我ら一族の秘伝剣術がある。」
「名を、王来。」
「古の英雄である古き神々の剣技、それを降ろし、それだけで王となることすら出来る絶対無二の剣術じゃ」
そう言って、ザンジンは空を見上げる。
「…?」
キリヒトは急に黙ったザンジンに困惑しながら同じ様に空を見上げた。
「見えるじゃろう、あの忌々しい天月輪を…」
「…爺ちゃん!!」
淵日輪より。
カイエンを侮辱したと検知したキリヒト達に向かって淵魔達が空から降りてくる。
「聞け!キリヒトよ!」
「ワシの儀式は天月輪、【カイエン】を宿敵と定めるもの。これにより怨敵カイエンは我ら王来の標的と定まった!」
「奴が滅びるまで、我らは奴らにとっての天敵!無類の強さを誇るワシらが世界を救うのじゃ!」
そういう時ザンジンは台座に駆け上がり、
心の臓を拳で抑える。
「見ておるがいい!我が【王来】!」
胸元から何かを引き抜くザンジン。
それは光り輝く刀であった。
「【無明白雷】!!」
青白い光を伴ったかと思えば空気を切り裂く様に何かが迸る。
次々と降下していた淵魔たちは全てその一振りにより、胴体を貫かれ黒炎となって砕けていく。
「【炎気納陣】」
ザンジンは刀を逆手持ちして台座に突き刺す。
石造りの円陣に光が移り、黒炎を吸い取っていく。
「【天剣・王来刀】」
また別の形の刀剣が空から垂直に飛来して、
また逆手持ちでそれを掴むザンジン。
「我らの剣は、神の剣」
「実体はなく、それにより神威そのものであるのだ」
「エ、エ…淵魔は全部倒したの?」
「いや、奴等もまた実体がない。」
「カイエンの力で無限に生まれ出る者どもだ」
「だがしばらくは白雷と、この陣により手出しできないはずじゃ」
そう言ってザンジンはキリヒトに近づいていく。
「お前には、カイエン…いやその一族を滅ぼす使命を授ける。」
「異能生命体。この名前をしっかりと覚えておけ。」
「【神行扉】」
キリヒトの背に扉が出現する。
「ワシはこの世界の奴らを差し違えても打ち倒す。」
「じゃが、お前にはもっと大きな使命がある。」
そんなことを言っていると、
空が
割れる。
怒りの形相で、カイエンが降りてきていた。
「チィ…!!統治完了した、我の世界に特異点が現れるとは!!」
「しかし、我は、他の奴らとは違う。」
「我は因果で繋がる特異点など打ち滅ぼしてくれるわ!!」
「行け!!」
それを見たザンジンが扉へとキリヒトを押し出す。
「お主には、仲間が出来るはずじゃ!」
「其奴らと仲良くな!」
一緒に過ごしてきた時にたまに見せてくれた祖父の屈託のない笑顔に
「爺ちゃん!!」
その言葉を言うだけしかできず。
キリヒトは扉の向こうへ消えていった。




