緋色の封印
ロアが指を鳴らすと、会場は直ぐに元通りとなった。
「一回戦からなかなか楽しめたな」
機嫌の良い主人に自分のことのように嬉しそうな顔をするロア。
「残りの出場者を確認しておくか。」
「リストはこちらに。」
ノアが会場から主賓席に戻り玉座に腰掛けると同時に、手に本を開いて持っているのかの様な動作でその手元に視線を向ける。
ミハイルがそれに呼応する形で用意をして、視線が向いた時にはリストが開かれて手元に置かれていた。
もちろんノアが能動的にやらせているわけではなく、
『いかにノアに異能を使わさずに主人の意図を速やかに汲み取り実現するか。』
もっぱら、コレらはロアとミハイルが自身の忠誠心を表現するために自主的にやっており、ロアは大掛かりで大変なことを、ミハイルは細かい気配りの聞いた雑事を実現することを得意としていて、争っていた。
今回はロアの勝ちのようだ。
「(またこの男は!!ぬるりと卑怯な!!)」
薄く微笑を浮かべながらもお互いにしか分からない程度で睨みつけるロアと、勝ち誇る微笑のミハイル。
会場ではすでに2回戦の両者が対峙し、審判が試合の開始を宣言している。
「残りは六名、男女5人に性別不明が一人か」
リストにある詳細が目に入る。
【黒刃のヴォルカン】ヴォルフガング・カンシュヴァルツ=ディルティナ
男性、異能:「特殊鉱石の精製・変質」
【“岩鉄斎”】ガンジン=真洞
男性、異能:「肉体強化、金属特性の獲得・合成」
【支配者】エリザベス・スチュワート
女性、異能:「空間の掌握・隷属・位階の入れ替え」
【翠月華】華蝶喬仙
女性、異能:「植物特性の獲得」
【肉体美偶像】アネサン=ムー・ルネ
女性、異能:「肉体情報の更新・精製」
【構成記述者】アレクサンドロ・マリヤ=ミハイロヴナ
性別不明、異能:「概念構成の編集・引用」
〜・〜・〜・〜
「…。神格の権能者が0とはな」
「そちらにつきましては、マハの報告書に。」
ミハイルが手渡した資料には別の報告書が含まれていた。
「やはりか。」
「何かお分かりで?」
「俺が生まれてから、その前から数えても十数年、神格の権能者は生まれていない。おそらくはこの私の力が原因だろう。」
「実際、これまで対峙した神格の権能者には主神級の権能者がいなかった。われわれ異能者でいうところの制圧タイプのような物だ。」
異能にはおおよそ3タイプに分類することができる。
・生産タイプ(生産者)
・改造タイプ(加工者)
・制圧タイプ(支配者)
である。
これらは改変する事象の視点による分類で、
イメージを事象として具現化する生産者、
事象を自身のイメージに取り込み変換する加工者、
事象を統率・操作する支配者、
と捉えることができる。
これは神格の権能者も同様の分類が適用でき、異能者の上位に存在する力だけに、事実上、万物の頂点に君臨できる制圧タイプの権能者をノアは“創造主クラスの神格”として、主神級と分類していた。
「つまり、この私の能力による自身の改変を恐れて奴等、主神級の存在は地上から消え失せたのだ。」
「なるほど、ノア様のおチカラが神に等しい…」
「いえ、神をも超えるものであるが故ですね…!」
ロアは、やはり我々のノア様が最高の存在なのだ!と喜びを露わにしてノアに両腕を広げて敬意を捧げる。
ミハイルは言葉をぶった斬られたことに不快感をあらわしながらもすぐに表情を元に戻す。
「…“位階権能序列”を決めている理由は、神格の権能者やそれに類するものを探すためでした。ノア様の御力でそもそもどうにもならないのであれば、この序列の制定はあまりノア様のお役に立てないかと存じますが…いかが致しますか?」
位階権能序列は名付け親こそノアではあるが、発案者はミハイルである。よって、廃止を提案するに至ったようだ。
「いや、私にはこの後少し考えがあってな、コレはこのままで良い。」
これは差し出がましいことを、と軽くお辞儀をし、下がるミハイル。
特に気にする様子もなく、ノアの目はすでに2回戦の内容に移っていた。
〜・〜・〜・〜・〜
「がッ!!!!」
闘技場の内壁に激突したのは“黒刃”、ヴォルフガング・ディルティナである。
呼吸を失い、嗚咽を漏らすディルティナであったが、
「ワーンッ!トゥーッ!スリーッ!」
カウントにより我に帰り、即座に起きあがる。
闘技場の中心には、古老・岩鉄斎が佇んでいる。
「ぐぅうううう!」
「ぐぁァウ!!!!!!!」
少しタメをつくり、低姿勢となったディルティナは、次の瞬間、全身の毛を逆立て踏み込みと同時に瞬時に岩鉄斎に向かって距離を詰める。
凡人であれば壁から岩鉄斎まで1秒にも満たないように見えたであろう。
「ぬぅん!!」
岩鉄斎はいつの間にやら構えの姿勢になっており、掌底でディルティナの突進をカチ上げる。
そして即座に回し蹴りで突進して来た方向と90度右に蹴り飛ばす。
またも内壁に激突するディルティナ。
しかし今度はすぐに起き上がり、円状の闘技場内壁を高速で駆け回り始めた。
「舞台外で10カウント以上同じ状態でいるのは敗北になりますよ!!」
審判は通告する。
もちろんわかっている、と言わんばかりに内壁を加速レーンに見立てて走りながらも笑みを浮かべるディルティナ。
「ワーンッ!トゥー…」
ついにカウントが始まったタイミングで、トップスピードに入ったディルティナはもはや超高速の砲弾と化した自らで岩鉄斎に集中砲火を始める。
ガガガガガガガガガガッッッッ!!!
「ぬぅ…!」
全て無傷で流し、完璧に対応する岩鉄斎だが、あまりの速さに衣服は乱れ、反撃はできないと言った様相であった。
「ハァアアアア!!!」
カウントも舞台にディルティナが到達していることがわかってからは止み、さらに加速するディルティナ。
「フッ!ぬンッ!ホッ!はッ!」
しかし、岩鉄斎も何やら突進を捌きながらも、摺り足、捌く動作の手振りなどに光の軌跡を生じさせていく。
「…ッ!ガァァ!」
光る何かに警戒しながらも、その動作の起こりを動物的なセンスで感じ取ったディルティナは、瞬時に両手を黒い鉱物で纏い、異形の爪腕で襲いかかった。
「甘いわッ!」
しかし、これを待っていたと言わんばかりに流れる動作で中腰の構えをとった岩鉄斎は、両腕で掌底によるカチ上げを行い、ディルティナの両胸を捉え、縦に回転させた。
「フンッ!!」
落ちてくるディルティナを振り上げた右足で蹴り飛ばす。
臍を蹴り上げられたディルティナは両胸ともどもまさに撃ち抜かれた衝撃で身動きが取れないまま落下していく。
「心鉄流…」
光の軌跡は舞台に収束し、周囲の光をも集め周囲を薄暗くさせる。
「暗転砕牙ッッッッ!!」
踏み抜いた足元に光が幾筋か迸り、次の瞬間、きれいに切り取られた石柱がまるでトコロテンのように勢いよく飛び出す。
「ッッ!!!!!!!」
咄嗟に全身に黒い鉱石を纏い守ろうとするディルティナであったが、間に合わず中途半端な状態で直撃する。
ドガッ!と轟音をたてて、爆風と砂煙に覆われる闘技場。
晴れた後に立っていたのは試合開始直後から一歩も動かずに舞台中央にいた岩鉄斎であった。
「若さ故、大怪我こそさせぬが痛みは学ぶがよい。」
「勝者!【“岩鉄斎”】ガンジン・真洞ァ!!!!」
決勝リーグ始まって初めての勝利に会場は沸き立つのであった。