三国吸収
「終わりだな」
「(これは何を消し去ったの?)」
ノアの目を通して、全てを見ていたアンクであったがその内容までは分からなかった。
「お前が打ち倒した者、アレは名を【ホムラ】という特殊な存在でな。お前が倒したのも分体に過ぎない」
「アレの影響下にある物を浄化し、【悪性】を滅するのが先ほどの技だ。」
「(なんで五大国のうち3つなの?)」
「影響、もっといえば、因果律の歪みが少なかったからだ。この程度であれば簡単に修正できると判断した。」
「早く咎めなければならないのは残りの二国だが、こちらに手を回す前にすぐに終わる三国を処理しておいた方がいいからな」
「(じゃあどうやって国を取るの?)」
「我が力で三軍全て相手取って無力化する。」
「(そこは脳筋なんだ?!)」
「想定ではそこまでにこの時代の肉体を用意するつもりだ。」
「(あの【空の器】ってやつ?)」
「そうだ、本来の我が肉体と違い限りのある命…、肉体ではあるが、我が使えばそのあたりはどうとでもなる」
事実、現在進行形で身体をめちゃくちゃに扱われているアンクとしては納得の感情しか抱かなかった。
「さて、説明はこのあたりにして次は件の肉体を受け取りに行くか。」
ノアはそのまま空中で翻って神火教の祭壇へと直行した。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「あり得ない!!何故だ!?どこから漏れた?!まさか本当に心が読めるのか?!」
ダビダル卿は錯乱していた。
拝火教から派生したこの宗教では信徒に対して、本来の火の神ではなく、神炎をもたらした存在に神としての敬い、信心を捧げることとなっている。
事前活動としての一環として、子どもを支援する活動もしていたダビダル卿であったが、とある男の影響でそれを神炎を研究する組織と連携させてある種の人身売買ビジネスとしても機能させていた。
流れてくる子どもというのはもちろん悪ではないものが大半だ。
しかし、やはり環境起因でグレてしまい、そのまま悪人になったり、生まれながらの粗暴性や凶悪性が手に負えないものなど、ダビダル卿にとっては忌避すべき存在がいるのもまた事実だった。
「このままでは!!」
そう言ったものたちを“芽”の段階で摘み取り、教団内を支配する為の、ひいては、教団の王国での影響力を強める為の資金源としていたのがダビダル卿だった。
もちろん当然ながら人身売買、および、その関連のあらゆる行為は王国どころか世界共通認識の禁忌行為だ。
「もういっそのこと…!いやしかし…!」
だが、目をつけられてしまっている現状、これ以上資金を得るのは難しく、そうすると必然的に自身の立場は危ぶまれる。
かといって、ノア(アンクロスロード)に喧嘩を打ったところで勝ち目などおそらくはないだろう。
価値観こそ狂っていたが、自身の正義と、殉教精神に則りこれまで躍進の一途を辿っていたダビダル卿はここにきて人生最大の岐路に立たされていた。
そこへ妻のメリーアが現れた。
「あなた、救世主様がいらっしゃいましたよ…!」
メリーアはダビダル卿の子を身籠る若き元シスターで、神火教の教えには貞潔の部分で婚約に制限などはなかった為、ダビダル卿が見出し、躍進していく中で恋に落ちて今に至る。
ただ彼女はあまりに“神”に敬虔な信徒であった。
「ダビダルとやら、約束通り案内してもらおう。」
ノアは、昨晩通り【空の器】を受け取りに来たようだ。
「我らが主よ、ご案内させていただきます…!しかしその前に、一つどうかお許し頂きたい…!!」
「ほう?言ってみろ。」
「ここに懺悔いたします。私、ダビダル・メロース・アグナマイアは、主教ダビダル・ロストネルラスとして、あなた様の為、粉骨砕身で働いてまいりました。」
「しかし、我が独りよがりな判断で善悪を切り分けて社会的には道徳的見地で悪と捉えられるようなことにも手を染めていたことは事実であります。そして、先日のことでロンダルトン氏やカーネス隊長などにもそれを知られてしまったため、私だけでなく、神火の教えそのものに疑いの目を向けられてしまうことにもなりました。」
「どうか、どうかお許しください、せめて妻と身籠った子だけはご慈悲を…」
「許そう。」
「…へ!?」
「許す。とそう言ったが聞こえなかったか?」
「あ、ありがとうございます!!」
何故だか許されたことに違和感を感じたが素直に受け入れるダビダル卿。
だが、ノアでも、ダビダル卿でもなく、それでは済まさない者がいた。
「あのぉ〜…すこし、よろしいでしょうか…?」
ノアの斜め後方に控えていたはずのメリーアがすぐ耳後ろに吐息が掛かるほどの距離に、立っていた。
「メリーア、どうしたのです…?話はすみました。あとは私が主をご案内するだけですし、下がって良いのですよ。」
「いえ、あなた、お許しはいただけましたが、あなたの罪を、穢れを子が被ってしまうことを防ぐ必要が、あるとは思いませんか?」
「なにを…?」
ダビダルが混乱していると、気づく。
メリーアは緋の一族の血が入っていているが元々は神聖を感知する一族の出身だ。
目にほんのりと緋色がかかっているが、本当に極めて純粋な神聖を前にして先ほどのダビダルと比較にならないほど錯乱していたのだ。
「私に救世主さまの洗礼をいただきたく存じ上げます。」
吐息も荒く、メリーアはダビダルの見たこともないほど暴走していた。
ノアに抱きつき、お臍のあたりにノアの右手を添える。
「あなた様に今ある私の全てを捧げます…♡」
「…」
ノアは無言で強烈な力でメリーアを包み込んだ。
あぁ!という言葉と共に倒れるメリーアをダビダルが抱き止めなんとかことなきを得る。
「なんと失礼な!救世主さまになんたることを!」
「…あぁ。お許しください…♡主よ…♡」
そう言ってメリーアは気を失った。
「申し訳ありません、主よ…こんなことは初めてで…」
「いや、我がもとよりいた世界…そうだなお前で言えば神の世界と言ってもいいだろう、そこではこんなことはよくあった…気にするな。」
「は、はぁ…」
その言葉に唖然としながら、仮にも妊婦であるため安全な部屋へとメリーアを移して、二人は地下道へと進んだ。




