緋色の封印
決勝リーグ第1戦。
対戦カードは、
【天輪のミサ】
VS
【破暁のマリー】
お互いに光属性の魔法と、聖性の人体変化を伴う異能を持つ能力者だ。
ミサは天輪を自在に操り、天輪の内側から光の奔流を放ったり、天輪そのものを無数に出現させ高速回転させながら相手に飛来させる。
天輪を頭上に冠したミサは薄く余裕の笑みを浮かべながら天輪から引き出した聖性の肉体変化で光を伴う翼を携え上空から天輪を用いて攻め続ける姿勢だ。
打って変わって、マリーはその修道服でも隠すことのできない神秘性と常に見開かれぬ聖母のような微笑みを崩さず。
どこから発しているのかわからない後光を背負いながら、その後光のチカラがもたらす影響か背中から発生している光の翼と、
不自然に左腰から脇腹までの高さから臍まで鋭角に三角形で切り抜かれた素肌に現れた光の紋様として現れた聖痕。
これらから発する波動により自らに近づく攻撃を段階的に打ち消して、かつ、透けつつも波動を増幅する光の羽をじわじわと展開し、ミサを包囲して波動によって外傷なく撃ち倒す算段のマリー。
マリーが操る発する波動は波動を発するポイントから放射線上に全方位に向かって普通の人間が頭部や腹部などに貰えば一撃で昏倒するレベルのものだ。
「不思議と見応えはあるな。」
ノアはそう呟き、その戦闘の高度な駆け引きを自然と分析する。
一見、投擲物を一方的に放ち、それらを波動で相殺しつつも包囲によって“詰み”を狙っているように見える現状の駆け引きだが、見るものによっては全く逆の感想を抱く。
空間に軋む圧力のような空気の歪みを使っているマリーはその攻撃が自身の能力の精製物を介してしかできず、よって実は飽和攻撃によって遠距離から敵を倒そうとしているのはマリーである。
そして、コレに対しマリーよりももっと精製物そのものの柔軟な選択が出来ず、リング状の光る物体【光輪】による直接攻撃でしか勝機を持たないミサの攻撃は、むしろ
光輪を介した変化攻撃により、
『相手の物量的な攻撃を巧みに無力化しつつ懐に光輪を倒してしまえば“詰み”なのだから、いくらでもソッチの攻撃は捌いてやる!』
と言う受けの体制で、コレらを読み取ると…
あえて無策で能力的な差を活かした戦術から生まれる物量戦を展開して磐石に勝とうとするマリー
直線的な攻撃手段しか持たないが故に得意の短期決戦を捨てて相手の能力を攻略して打ち勝とうとするミサ
と言う構図になる。
「…この者たちがお気に召したのですか?」
感情の機微を読み取るのが得意でないロアは、敢えて聞く。
「いやなに、面白いではないか。」
「普段はお互いがお互いに真逆の戦闘スタイルで、攻めも守りも真逆ではあるが初見にも関わらずお互いに勢いは衰えず攻めは続けるし、守りは崩さない…」
「見る者にソレがここまでハッキリとわかる闘いもそうはあるまい?」
かくいう間にも展開は動く。
相手の出方を伺っていたが、それはもう終わった!と言わんばかりに笑みを浮かべるミサ。
ガシッと胸の前で両手を指が互い違いになるように握り込む。
チカラの集約を感じたのかマリーは崩れることのなかった笑みを解き、目をカッと見開く。
もう遅い!とミサは握り込んだ手を前にバッ!と伸ばす。
伸ばすと同時に掌と掌の間に、光輪を縦向きに、等間隔に、そして複数出現させ、両腕を胸いっぱいに広げる動作とともに、瞬間的にそれらは無数の量に増えていき、球状にミサを包んだ。
それだけではない。
ミサが一連の動作で生み出した光輪と同じ出現パターンでミサを包む光輪が増え続けているのだ。
一連の動作の間、マリーは動かなかった。
いや、むしろ“動く”ことは放棄していた。
見開いたその両の眼には魔法陣が浮かび上がりその中心には邪なるものを退ける紋様が浮かび上がる。
「【汝、神の名の前に隠し事は許されず】
【悪性の謀は常に最後には暴かれん】
【猛き者も弱き物も等しくその姿を顕す】
【神聖の司るものの準ずる者のこれも例外はなし】
【なればこそより一層の清く潔い姿を求められし】
【殉ずるものに殉じ、主の御心の思うがモノに尽くすものよ】」
「【我の呼び声に答え神の光の前に全て晒したまえ】」
後光が増していき、その姿が影と目に浮かび上がる紋様のみとなっていくマリー。
高速で唱える詠唱も波動を伴う精製物を生み出す妨げにはならず、完全に空中に浮かぶ巨大球状発光物群と化したミサの周囲を押さえにかかる。
しかし、
「気付いた様ね?」
ミサに対し飽和物量攻撃とでも言うような波状攻撃を繰り出そうとしていたマリーの動きが止まる。
いや、むしろ止められていた。
光輪は直接ぶつかってマリーの精製した羽や球状の粒子を取り除くのではなく、その中心に高密度のエネルギーを凝縮し同芯円上に垂直な方向にある光輪までエネルギーを放出、受けた側の光輪はまた近くのマリーの精製物と直線上にある光輪に向かって放出され、
結果として、全く光輪自体の損傷なく、ものすごい勢いでミサの周囲をその【光線】が侵食していく。
マリーが高速詠唱し、眼にその力を注いだのは光輪に囲まれ姿を隠したミサの動向そしてその眼に神力を受けて相手の自身に対する行動を先読みするためのものだったが、
「諦めて降参しなさい。あなたの精製する異能物質は私が今展開しているレーザー網に対して隔絶したエネルギー差があるわ」
“視られている”と感じた上で左手を腰に当てて、右足を休めた体制のまま言い放つミサ。
「どう足掻いても貴方のチカラでワタシの光輪を破壊し尽くすより、光線があなたを取り囲み収束した光の束があなたを焼く方が早いわ」
「あなたが足掻いたら多少の時間は稼げるのかもしれはないけど、負けを後回しにするだけよ」
「貴女は強いわ。でも私の光輪は異能の力に触れると第六感に影響を及ぼして相手の能力を直接分析できるのよ。」
「あなたの力に対してどうすれば勝てるのか、をね」
「変幻自在で掴みどころのないチカラとそれをこのレベルで操作する技術、恐れ入るわ」
「でもそれだけの使い手ならわかるでしょう?もうあなたが抵抗しても勝ち目はないことが。」
実際のところ、マリーは降臨の侵食が始まった時点でかなり絶望していた。
マリーの【後光明来】は相手が自分にすることを未来に受ける自分の状態を見ることで間接的に先読みする未来視で、そのチカラでどの世界線を覗いても自分が光線から流れる未来は見えなかったからだ。
「不覚をとりました…ね。」
その言葉に勝ちを確信した笑みを浮かべるミサ。
「ですが!!」
「私が負けることがあなたの勝ちと等しいわけではございません!!!!!」
ハッ、とミサは知覚能力を最大まで引き上げる。
増え続けることによって闘技場上空のかなりの高度まで展開していた光輪が光線もろとも消し飛ばされていく情報が今更になって知覚できる。
「何を!!聞いてなかったの?!アレが何にせよ貴方を倒す方がー/」
言い切る前に、まさか!という顔をしたミサは光線でマリーを取り囲むことと同時並行で自身の真上に横向きの光輪を同軸上に複数出現させ高圧の光線で飛来物を撃墜する構えをとる。
「アナタこそ無駄な足掻きですよ」
「何をッ!」
マリーを横目に咄嗟に言い返すミサ。
「私の眼は自身の知ることのできる未来の情報を取ることができますが、その中で私が倒れぬ未来はありませんでした。」
「ですが、私が今回選んだ未来は、“あなたが“私を“倒そうとする瞬間を"見れなかった未来」
「空のアレは、あなたに向けて放った光の波動、その貴方に面していない球面分の波動圧を空に分散。そして私の羽を介して直接あなたの真上から収束放射したものです。」
「本当は貴女につまされる前に“落とす”つもりだったのですが…あなたの攻略速度を見誤りました。」
「しかし、この試合はこの大会の決勝トーナメント形式。勝とうとして負けてしまうぐらいならば痛み分けの方が安く済みます。」
淡々と話すマリーだが既に逃げようのないほどに光線に囲まれていた。
しかし、光線を撃ち続けるミサにも間近に高圧の波動が迫っている。
「(クソ!分析した情報に波動の力を分散・収束する能力があるのはわかっていたけど、まさか異能物質を媒介にして距離を問わず偏向できるなんて!!!!)」
「つまりは…相打ちですね♡」
そこまで言ってマリーは初めの聖母のような、しかし、“小悪魔”的な可愛げを見せた笑顔をミサに向けて来るのであった。
直後に会場全体にわたって広がる大きな土煙が上がる。
お互い、大怪我こそ免れたものの衣服はボロボロになり、意識を失ってしまっていた。
「そこまで!!この勝負は引き分けとする!!救護班は直ちに!」
審判の掛け声が響くが、
「よいわ、この私がいるのだ。このような面白いものを見せてもらったのであれば、その程度の怪我をチンケな医術で適当に直すのでは心許ない。」
ノアが担架に乗ったそれぞれに向かって手を向けると、距離があるにも関わらず一瞬で、それも傷の一切にいたるその全てを直してみせた。また、それだけではなく体内の不調や体のバランスなど自身の未来の不安まで取り除く形で体の成長・強化を促すおまけ付きだ。
「さて次の余興はなにかな?」




