緋色の封印
3000年代中頃…
最強と謳われた存在がいた。
ウルティノア・アルヴァルト。
位階権能序列|<トロンス=メタ・チャート>一位。
物理現象改変能力や物質創造能力などの、具体的にして強力無比の異能を差し置き、序列名簿の各解説項目にただ抽象的な表現、【最強】とのみ記載された、
あらゆる異能の頂点に君臨する、この異能が司る権能は
“世界改変”
他の異能が能力者の指定した特定事象を異能で書き換えている中、この異能は、“世界の方を自分の形に置き換える”。
つまり彼の周りの全ての物事が彼の思い通りに動くし、思い通りでないものは意識を向けられただけで、彼にとっての有益性を持って、彼に都合よく、文字通り“生まれ変わって”現れる。
彼が認識している事象は全て彼の手中であり、彼は彼自身が生まれ出でた、その時から自分自身というものを自身の異能で究極の存在として進化させ続けている。
もちろん彼にも分別はあり、自身に不都合のない範囲であればどんな存在であっても、彼の【世界】に存在を許されるし、逆に相手が一般的に見て危険でなくとも近くに存在するだけで五感は元より第六感まで働き、自身に対する不利益を読み取ることができるため予想外に害を受ける、と言ったことはありえない。
よって彼には触れることはおろか、敵と認識する動機もその能力も彼の能力圏内において持つことはできず
、彼に認識されているだけで彼にとって都合の良い存在へと改変されてしまうのだ。
そもそも彼は自己中心的とは言ってもどちらかといえば善性を持っており、平たく言えば来るもの拒まず去るもの追わずな精神で他者と触れ合うため、気を損ねさえしなければ、自身の力の範囲でどうにかなることは基本的に施してやるような性格である。
彼起因の事象でなければ基本的に誰かと敵対することにならない。
彼はこの異能と人格によって他者から見れば、事実上「全能の神」に等しい存在だった。
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「生まれた時点で全てを好転させる自身の能力で親を世界一の資産家にし!」
「1歳で世界最高峰の大学を修了!」
「2歳で超常現象学の研究者の道に進み!」
「3歳で世界平和機構の総理事に!」
「5歳で神和皇国を作り!」
「現在6歳にして世界を統一!自分のモノにした現人神!!!!!」
「世にいう“全知全能”!!」
「その人こそ!この御方!!」
「「「ウゥゥゥrrrrrrルティノォオオオォアァァァ…!!!」」」
「「「アーー!!!ゥルヴァアアアゥトオオオオオオオオ!!!」」」
「我らがァーー!!!」
「「「「「ノアァァァア様だァァ!!!!!!」」」」」
ドカァァァァァン、と会場が湧き上がるとともに天が割れ、強い光と共に天からものすごい高速で中央ステージに向かって何かが、いや、“彼”が飛来する。
砲撃のように飛び交う花火や、人々の視線を振り切るスピードでステージ中央、男三人分程の高さで急停止し、かつ、翻ったノアは、翻った途端に、女性達を卒倒させ、男性達も思わず見惚れてしまうほどの美貌の中性的な青年へと変身する。
後光、そして、服装、アクセサリーなどのゆったりとした、時間の流れがそこだけ遅くなったかのような流れるような動きで足先から着地する。
歓声も止まない中、まるですでにそこにいたかのようにごく自然に立っている(これもまた単独であれば女性達の視線を釘付けにするような)美青年が、手のひらを上にしてゆったりと払う様な動作でなにかしらの異能で、ノアの足先と地の接点に敷物を広げ、
ノアが完全に着地し、何も無い空間に腰掛けようとする頃には一眼で座り心地の良さが伝わる様な見事な玉座を指を鳴らして出現させていた。
「ロア、ミハエルはどこだ?」
美青年に着席と共に、左手の二本の指をクイクイっと何度か曲げる合図をし、耳元を近づかせ聞くノア。
「彼奴ならば、そこに…」
ロアが目線を向けた先にはすでに、何もないところに滲み出るように、光学迷彩のように体のラインだけがわかる部分と、視認できる部位のグラデーションができるような形で、執事然とした精悍な若い男性(これまた美形)が現れていた。
「ノア様お呼びでございますか?」
ノアが視線を向ける頃には右手を前に、左手を背後腰あたりに丁寧に、かつ、深々とお辞儀をしたミハエルが答えていた。
「2人ともいるならいいんだ…」
フ…と薄く微笑んだノアは、
「今日はメタチャートの上位戦があったはずだな。
会場にいるものはもちろん、本日までに権能監査委員会の世界調査…『新』能力者の洗い出しは済んでいるのかな?」
「リリスによれば、自然性交による魂定着済みで権能リスト外能力者はいないとのことですが、マハ曰く、人ではない存在が権能を得て生まれる未来が見えたとのことです。」
権能監査委員会とは探知系や概念具現化系などの特殊な才能を持ったものたちで構成された組織で、世界に出現する異能の監視を司っている。これはノアが設置したもので、自分のように突如生まれることで気づかれなかった結果、珍しい力や本来強力な力を持つものたちが何かしらの要因に未然に摘み取られてしまうような“機会の損失”を
防ぐものである。
ちなみに名前の出た、マハというのがその権能監査委員長、リリスが副長官である。
前述の通り、マハには予見能力があり条件を絞れば絞るほど、詳細に、かつ、長い時間映像として未来を見ることができ、リリスには生命体の素を司る異能により子となり命が魂と結合した状態の存在をリストにして見ることができる。
「ヒトではないもの?」
その言葉に思わず、2000年代に接触を図った痕跡がある宇宙人や、1000年代に蔓延った魔界の侵略、紀元前の人智の及ばぬ生命体を想起したノアであったが、
「いえ、ノア様が撃退された情報電脳生命体や、滅ぼした魔族の末裔たちの首魁、保護された高濃度酸素適応生物とはまた違った存在とのことです。」
そう思い至ることを理解していたロアに先回って訂正された。
「人ではない存在、か…」
「いかに俺とて、未来を完全にコントロールすることは易いことではない。」
「そのようなことは…」
「とくに、どこともわからぬ場所で勝手に死なれては救えぬものも救えん」
ロアのフォローを遮りながら続ける。
「オレの権能の範囲は、お前たちも知っての通り、オレが知覚出来る範囲までだ。」
「だが、逆に言えば特異な存在はこの星全体に渡って影響を及ぼすからな…世界のどこにいてもわかるものだ。」
そうは言っても貴方様はこの星の約半分を知覚範囲にしているではありませんか。と少しは思っても口に出すどころか、そこがまたあなた様の魅力ですと言わんばかりに困り眉を見せながらも微笑むロア。
「とにかく、だ。」
トランスメタチャート年間ランキング決定戦であり、その決勝リーグ最終四戦が残った本日。
もう1戦目が始まるまで時間もない中、ノアは少し苛立ち、とも言えない焦燥感、期待感、ともすれば得も知れぬ浮遊感のような、謎の感情に襲われていた。
「(このような感情を持つのは初めてだ…今までどんな存在を前にしても得られなかった感情をまだ見ぬこの段階でオレに与えるとは…やはり…!)」
「ミハエル」
「ハッ!私めはここに。」
名を呼ぶや否や顔にこそ出さないが嬉々として目の前に傅き命を待つミハエル。
「前々から考えていたことだが、やはりオレの考えは外れてなさそうだ。」
ノアは腕を前に伸ばすと、手首の力のみ抜いた形で中指の先から輝く液体をミハエルの眼前に落とす。
「受け取れ。そして決勝が済んだらコレを用いて喚びだせ。」
すかさず両の手で液体を受け止めるミハエル。
液体は掌ではねるとともに極短い間に眩い光とほんの僅かな炸裂をもって、急激に膨張、そして内部に真球を内包した正方形の結晶体となる。
「オレに匹敵する『神』をな。」