緋色の封印
“精霊剣”と呼ばれるその剣は小枝ほどの細さのレイピア状をとるものだった。
「ヒヒ!あんな細え剣俺でも折れらぁァア!」
「来るか!!」
「…!!」
痩せこけた男が今度は許可を取らずにミハイルに襲いかかる。
ミハイルはそれを受けて立つ形で突きを繰り出す。
「バカが!あたるかよぉ!」
指先から長い鉤状の刃物が伸びる籠手を両手に装備している痩せかけた男は交わしながら攻撃を繰り出す。
「そこぉ!」
「ぐっ!?」
足元を掻き込むようにして攻撃する男にミハイルは避けながらも体勢を崩す。
「その体制からじゃあ次は繰り出せねぇな!その小枝みてぇな剣ごと引き裂いてやるぜ!!」
両手を交差させて小脇に抱えるように構えてミハイルの懐に飛び込む男。
「ヒャア!」
「はぁああ!!」
腕を開くようにして鉤爪で引き裂きにくる男に対し、躱しながら返す刀で片手で細剣を振るうミハイル。
「!?」
「ぐっ…!」
ミハイルはレイピアを横に振るうという動作を予期していなかった痩せかけた男の意表をついたが、肩口までの装備がズタズタに引き裂かれた状態なってしまっていた。
手首まで鎖帷子を来ていたおかげで傷こそないものの片腕をあらぬ方向に押しのけられ反動で肩を少し痛めたようだ。
しかし…
「へへ!お頭、グウィルの兄貴だけであの金髪の方は大丈夫そうですぜ!あの黒髪の方を囲んでやっちゃいましょう!」
「…バカやろう。テメェもグウィルも相手がどんな技使ってるかもわからねぇのか。」
「…え?」
ミハイルとグウィルという痩せこけた男が交錯した後、グウィルという男は振り返りもしていなかった。
「…がっ…ぁあ…?、!」
そして呻き声をあげたかと思うとそのまま前のめりに倒れ込んだのであった。
「なっ…!?」
「…何も驚くこたぁねえ。よく見てりゃ気づけたはずだ。アレには雷の力が備わってやがる。」
「イカズチ…!?じゃあ、グウィルの兄貴は雷にでも打たれたようになっちまったってわけですかィ?!」
「そういうこった。多分不自然にあの細ぇ剣を振るった時に何かしやがったんだろうな。」
警戒しながら語る頭領にソフトモヒカンの男も冷や汗を流しながら慄く。
特にそれを否定もせずミハイルは告げた。
「我々は無駄に血を流すつもりはない!!」
「立ち去るというなら咎めはしない!去るがいい!」
「………_退くぞ。」
冷静に場を眺める頭領の男は、しかし、少し間をおいて危機感を持った口調で撤退を命じた。
ソフトモヒカンの男がグウィルという男を担ぎ上げ、その他の下っ端もそれぞれがお互いに手を貸して頭領に続く形で町外れの方へ逃げていった。
「ふぅ…イテテ…アイツあの細身であんなにパワーがあるとは…」
「災難だったな少年」
向き直った2人はアンクと事の顛末を共有した。
「…そうか、君が今話題のアンク王子だったのだな」
「確かに、君を囲んだ先ほどの3人以外には害されないオーラもある…なるほどな。」
2人はどうやらアンクの知らない部分で何か勝手に納得しているようだった。
すると、遠くから馬車と共にアレス達がやってきた。
「「「アンク様(君)ぁ〜!」」」
兵士たち一行は遠目で見てもわかりやすく、昼間でもあたりを明るくする炎の灯で接近に容易に気づけた。
…もしかしたら、先ほどの盗賊の撤退はこれも要因の一つか?とも思ったがアンクは気にしないことにした。
「申し訳ありません!!賊如きに遅れを取ったつもりはありませんがなにしろ数が多く…」
「ちょいと手間が掛かりそうでなァ、俺の伝手でこいつらに助太刀を頼んだってわけさ。」
「…貴様が酔って、オレのことを馬車ごと橋に落とそうとしなければ何の事もない敵だったのだがな…!!!!」
それぞれの話す内容を整理すると、大量の盗賊たちに囲まれていると気づいたアレスが応戦を開始したところ、酔ったヴィシュタルクが剣圧で馬車を川に落としてしまいそうになり、馬車を庇いながらの戦いで相当時間がかかってしまったらしい。アタールは乗っていた馬ごと川に落とされたらしく、怒り心頭と言った様子だ。
「…わ、ワリィって。力加減を間違えちまったんだわ」
「…とまぁこちらはこんな次第でしたが、そちらはどうでした?オルドラット。」
アレスとオルドラット、どうやら知り合いらしい2人が情報共有をする。
「なっ!?賊は王子を狙っていたのですか?!」
「そんな…!」
アレスとレミーが驚き、デイジーも何か思案した顔つきとなる。
「なんたる不覚…!このオレがこのような失態を…」
「…ははは。こりゃあ、俺は懲罰モンかァ…?」
「「「当たり前だ(です)!」」」
皆から怒られて首をすくめるヴィシュタルク。
そう言った話をしながら、【救世騎士同盟】の2人を加えて馬車はまた、時計台の元へ戻ってきていた。
アレスが問う。
「アンク様はどうしてもここで何かなされたいのですか?」
アンクは自分で何かしたいわけではないので言葉に詰まるが、
「(頃合いだな。ちょうど良いタイミングだ。代われ)」
「(ちょっとォ!?)」
「時計台は初代炎王が作り上げたものなんだよね?」
「ええ。そうですが。」
「僕に宿ったチカラがそこへ導いている気がするんだ…!」
「なんと…!そんなことが…」
どうやら炎の一族が守っていた秘宝と、ノアが宿っていたという事実を元に都合のいい設定で何か目的を果たそうとしているんだとアンクは感じた。
〜・〜・〜・〜・〜
時計台の展望デッキに出てすぐ、ノアが炎をだし、
「感じる…!こちらです。」
と何度か展望デッキを散策したあと、
「少しお手洗いに行ってきますね」
アレスたちを待たせてその場から離れ、時計台の整備室に入るノア。
「(何をするつもりなの?)」
「(まぁ、みていろ。)」
右手であちこち触っては何か跡を残していた。
「おまたせ〜!ごめんなさい。トイレの場所がわからなくって」
そう言ってアレス達と合流したノアは一行とともに展望デッキを離れて馬車に戻り、時計台を後にした。
結局何をしたかったのかわからなかったアンクは帰路の際にもう一度ノアに尋ねた。
「(見ていろって言われたけどあれはなんだったの?よくわからないよ?)」
「(そんなに難しいことではない。後々にあの作業が我、いや、我々を救う様に作用するとだけ覚えておけばいい。)」
意味深なノアの発言を理解しようとしているうちに、一行はオービットの屋敷へ戻ってきたのだった。




