緋色の封印
王都に着くなり、すぐに広大な屋敷に向かった馬車は到着した途端、数百名はいるであろう兵士たちに囲まれた。
「なになに!?」
「彼らは炎王近衛師団。中でも特別、防御や探知、回避に特化した専門部隊さ。」
驚くアドゥケアにオービットが説明する。
どうやら護衛のようだ。
「私がこの作戦の指揮を任されております、ヴァルカンドラ・マーチスでございます。」
「うむ。」
「お初にお目にかかります。アンク王子。」
「よろしく。」
とは、ノアの返答だ。
残念ながら5歳児のアンクにこの時間に起床できる気力はなく、ノアが身体の主導権を持っていた。
「さて、今日は一晩ここで過ごし、正午前に王に謁見する手筈だ。構わんかね?」
「王へはすでにお目通りの許可をいただいているとお聞きしておりますゆえ、何も問題はございませぬ。」
「では、少し休むとしよう。アンクくんも長旅で疲れたろう。この屋敷の中であれば自由にしてくれて構わんからゆっくりしてくれたまえ。」
どうやらこの屋敷はオービットの手配したものらしい。本人のものであれば相当の資産家だ。
「まだ、明るいし街を見に行きたいんだけどいいかな!?」
アンクの口調を真似て、それらしく子供らしい視点で街へ出る口実を作るノア。
「構わないが、一応何人か護衛をつけさせてもらうよ。もちろん、君の安全のためだ。」
「ありがとう!オービットおじさん!」
すると鎧を着た兵士が5名と、3名の軽装の士官、2名の侍女の計十人がついてくることになった。
「王子!我らはあなたと同じ王の血族でございます。」
「貴方様と同じく火を司る異能を操るものでございます…」
「よォろしく、ナッ!アンク坊ちゃん!」
それぞれ違った性格だが皆同じくらい恭しい態度で挨拶する士官。
明るい雰囲気のショートカットの騎士はアレス・ビアンコレス。
物静かな、どちらかというと文官と言った雰囲気の青年がアタール・セス=スコット
ガサツそうだが1番歴戦の戦士の貫禄がある男が、ヴィシュタルク・アヴァスコ。
ヴィシュタルクは返事と共にガシガシとアンクの頭を撫でながら笑顔で挨拶をしてきた。
「…」
ノアは見た目通りガサツな男だなと思ったが、この中で戦闘力が1番高いのはこの男だなと体つきやオーラ、異能の戦闘上級者特有の独特の圧力などからそれを感じ取っていた。
「こら、三人とも?王子は特別とはいえまだ5歳ですよ?」
「配下や臣下を1人も持ったことがないハズでス。」
2人の侍女が出てくる。
嗜めた方がメリー・トンプソン。
若干カタコトなのがデイジー・レミントンだ。
「我々は先に馬車を用意いたします故、失礼…」
セスコットが挨拶をし先に礼をして馬車へ向かう他2人の士官に続く。手で合図を出し5人の鎧の兵士も連れて行った。
「私たちが基本的に王子のお世話をいたします。」
「何なりとお申し付けくださイ」
どうやら2人は交互に会話するのが好き…というより、デイジーの方がミリーの言葉を奪うことが多いようだ。
「僕は町外れの方を通った時に嗅いだ美味しそうな匂いがしたパン屋さんと、この町で1番大きい建物に行きたいな」
「…?高い建物というと…時計塔でしょうか?」
「こどもは高いところがスキ。」
5歳にしては嫌に明瞭な答えだが、2人は気にならなかったようだ。
「(さてあの匂いの確認と明日の準備をしなければな…)」
明日の炎王との謁見に備えて考えを用意しているノアだが、それとは別に、通りのパン屋から漂ってきて嗅いだ独特の香りが気になっている。
ノアの記憶に間違いがなければ、あれはノアがコロシアムでの戦いの前日にマハからもらった新しい品種の柑橘類の香りだ。
そう、この2000年も前には絶対に存在し得ない、いわゆるオーパーツのようなものだ。
「(彼が珍しく果物をプレゼントしてくる意味があったとすれば…)」
日頃、3000年代では古典趣味となった映画鑑賞を趣味とし、そのオススメ作品を一緒に観ることを求めてくるマハの、普段とは違う贈り物に違和感があってノアはよく覚えていた。
侍女2人と共に表に出る頃には、立派な二匹の馬で引く送迎用の大きな馬車が止まっており、アレスが馬車のドアを開けて待っていた。
「さぁ、どうぞ!」
どうやら馬車の両サイドをヴィシュタルク、アタールの2人がそれぞれ自分の馬に乗って挟み込み、前後を2名ずつ騎兵で囲む形のようだ。
ノアと侍女2人がアレスと共に乗り込み、最後に余った兵士が操縦席に着いて馬車を進ませ始めた。
「まずは、王都の大時計塔、その後に、街外れの方にある「ウォール街」というパンのお店に寄って屋敷に戻るのが良いかと。」
ミリーがルートを提示する。
アレスは馬を引く兵士に小窓から指示を出した。
「そのように。ですが、突然で申し訳ないのですが、本日はまず、我らの血族会議に参加いただきたい。」
「血族会議?」
ノアが訝しむ。
「ええ、血族の中でも特異な存在は大貴族として我が血族では家系図が再編されます。」
「当然、アンク様は後継者なので、大貴族を超える存在ですので参加いただき、ご挨拶をおねがいしたいのです。」
なるほど。とノアは納得したが、現状未来視に類する力が無い以上、どうなるかわかる可能性があるマハに関しての都合を優先したいとノアは余計、その意識が増した。
「じゃあ、時計塔は後でで良いからパン屋に先によってくれる?そしたら出るよ。」
その言葉にアレスは安堵し、
「もちろんです!おい、急ぎ、パン屋に向かう必要が出た、全速力だ!」
と操舵する兵士に伝え、指を鳴らす。
すると、外で空を描く炎の旗が馬車の両サイドでひらめき、馬車隊は全速力で郊外へ向かった。
猛スピードで市街を駆け抜けて、ものの十数分でパン屋へ到着した。
「急ぎますので、手短に頼みます。私は外でお待ちしておりますので。」
侍女2人に、アンクを任せ兵士たちはいつでも発てるよう外で待機するようだ。
好都合だ。とノアは思った。
侍女と共にパン屋に入ると、
「柔らかいパンをなるべく多く買って欲しいな!選んでくれる?僕は店長さんに用事があるから。」
そう言って奥へ進むノア。
チラリと目をやるといきなりの大注文に2人は急ぎということもあって、てんてこ舞いになっていた。
そして、店内ではノアの予想通り、2人の男女が待っていた。




