緋色の封印
アンクは何が起きているのかわからなかった。
父親に連れてこられた一族の管理する廃墟で光る箱を開けたと思ったら暗闇の中に1人佇んでいたからだ。
「父さん?オービットおじさん?どこにいるの?」
返答はない。
しかし、なんとなくだが、進むべき方向はわかった。
「…」
それを遠巻きに見ているのはノアだ。
精神が二つに別れたのではなく、別の精神構造を持つ存在が体内に入ってきたことにより特殊な精神空間が形成されたようだった。
「どうやら普通の子供ではなさそうだな。」
何も言われずとも精神的迷宮からの脱出を遂げようとしているアンクに対してノアは興味を持ったようだった。
「出口かな?」
アンクは光が射す出口を見つけそこへ歩いて行く。
片手で眩しい光を遮りながら出口を出ようとしたアンクだったが、誰かの影が遮った。
「やぁ、少年」
「だれ?」
「我は…そうだな…君の師匠とでも言ったところか?」
「お師匠様?」
「そうさ、君の身体を訳あって使わせてもらっているよ」
「僕の…身体?」
自分の体を見回すアンクに笑いながらノアが答える。
「わからないだろうね、ついておいで」
光の先へ、2人は歩いて行った。
〜・〜・〜・〜
平原を馬車が駆ける。
アンクとノアは同じ視点で目を覚ました。
『なにこれ?僕の体なのに体が動かない?』
『今は我が主導権を持っている。』
『ええ?!』
そんな折、馬車に同乗した男が話しかけてくる。
「アンクくん、これから向かうのは王都だが、その前にキヲス大公に御目通り願うことになっている。」
「順調に話が進めば王へ謁見する最短ルートだ」
大丈夫かい?と聞く男に名を知らないノアが返答に詰まる。
『この人はオービットおじさんだよ』
これが精神空間で出していた名前か。
と1人で納得するノア。
「大丈夫だよ、オービットおじさん」
とりあえずアンクの口調を真似て答える。
朝靄が通りの雑木林の朝露となって、馬車の駆ける風で飛沫を散らす。
どうやらオービット以外にも複数名、馬車に搭乗しているようだ。
「盗賊対策に南方の用心棒アルカダ、モンスター対策にエルフの森の狩人ロシフ、他国の軍行動に巻き込まれぬように我が国の軍事顧問の1人ドワーフのドルグワンとたくさん雇ったよ」
「なにせ、君は王にとっては長年待ち侘びた後継者だからね。大事があってはならないし。」
『王は子がいないのか?』
『王子様はいなかったはずだけど詳しいことはよくわからないや』
「王様は子供がいないの?」
「「「!!!」」」
一同は驚愕する。
「滅多なことは口にしてはいけないよアンクくん。」
オービットが嗜める。
「王は戦争で受けた呪いにより子を授けられない」
「焔の力を操るあのお方の後継者は何人かいるが」
「皆、王の適格者と成れなかったのだ。“君以外”はね。」
「なに?この子、話題になるなとは思ってたけど次の王位継承者な訳?」
その言葉と共に白いローブのフードを外したピンクと青と黄色の混じった特殊な髪色の女性が口を挟む。
「アドゥケアくん…なぜ君がここにいるのかね…?!」
「オービットおじさんの知り合い?」
「選りすぐりのエリートちゃんさ」
「そうそう、彼女は私の経営する学び屋の優秀生でね…彼女のおかげで我が学び屋は大繁盛…と、そんなことはどーーーうでもいいんだがね?」
「まぁまぁ、固いこと言わないでよ理事長」
「それは堅苦しい物言いをしなければならない立場の方が言うセリフなんだけどもね…!?」
どうやら優秀だが、問題も抱えた生徒と言った感じだ。ノアは特に何もおもわず、アンクは困惑していた。
「とにかく、だ…!」
「争いの絶えぬこのハイボリアック大陸の国々で最も影響力を持つ、我らがアンクロスロード王国!!炎の神の王国よ!」
「その王は“選ばれし炎”を神に与えられたまさに王たるべくして生まれてきた存在と言われているのだよ!!」
語れば語るほどに語気を強めるオービット。
「でもその話ならお父さんは王様じゃないから僕は後継者になれないんじゃない?」
「さっきも言ったろう?」
「そういう余計なことは口走らない方がいいぞ?」
2度目の失言はどうやら本当に不味かったようだ。
その言葉の後に、周りの雇われの人間全てに目配せをして今の発言に他言無用である旨を伝えるオービット。
そして話を続ける。
「…まぁ、その疑問に答えるなら君のお父さんはちょっと特殊な人でね…」
「君は本当の意味でお父さんが2人いるってことさ」
その発言に訝しむノアだったが、アンクは特に気にしていないようで、その隙をつかれて体の主導権を奪われてしまった。
「ありがとう!オービットおじさん!」
元気のいい返事に気をよくしたのかオービットはそれ以上言及しなかった。
「…ま、坊やも大変だってことね〜…」
一連のやり取りで興が削がれたのかアドゥケアと呼ばれた女性もそれ以上特に深入りするつもりはないようだ。
「おばさんも心配してくれてありがとね!」
その発言にもう周りに意識を割きたく無いと言った態度で、フードを目深に被り直したアドゥケアが動きを止める。
「…お・ば・さ・ん????」
フードの下で握り拳より少し大きい程度の水晶玉を片手になにか集中していたのか、少し反応が遅れてはいたがそれにしてもあまりに大きいリアクションで反応を見せた。
「ちょーっと、小僧?」
「生娘捕まえて、オバサン呼ばわりとは大した度胸じゃない…!」
水晶玉に何やら力を込めて、禍々しいオーラを発するアドゥケア。
「ご、ごめんなさぁい!!」
許されざる侮辱というものが女性にはあるのだということをアンクは初めて知り、ノアはこの少年はなんと世間知らずなのだと思った。
怒れる魔女?を尻目に、王都を内包し、ノアの未来と比べても有数の規模を誇る超巨大都市へと馬車は駆け抜けていった。
〜・〜・〜・〜
そんな馬車を遠くから見下ろす影があった。
「あの子が王位継承権一位になっちゃった子か…♡」




