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魔女さんと過去と僕と

「こんにちは」

「・・・・また君?・・・・・・・・懲りないね」

「いきなり辛辣ですね」

「何も買わないのに何で来るの?」

「う、そう言われると、弱いですね・・・・」

 じっとりとした視線を向けられたじろぐ。

「・・・・ま、いいや、めんどくさいし」

 何に対して『めんどくさい』と言ったのかは分からないが、そう言うと彼女はおもむろにカウンターの端にある蓄音機の埃を払い始めた。

「蓄音機、ですか?魔女さんも音楽を聴くんですね」

「・・・・悪い?」

「人のする事に良いも悪いも無いと思います。それが人に迷惑をかけるなら別ですが、」

「・・・・そう」

 彼女はレコードを引き出しから取り出すと、ジャケットから引き抜く。

 カタ、と乾いた音と共にレコードを蓄音機に置き、側面のハンドルを回す。

 回転するレコードに針を置くと、音が流れ始めた。

 何処か懐かしく、優しい音色が店内に満ちる。

「・・・・なんか、良いですね、この曲」

「・・・・母が残してくれたの」

「そうなんですね。良いセンスです」

 僕等は、暫く心地良い音の波に揺られるのであった。

        ◆◇◆◇◆

「いやー・・・・良い曲でしたね!」

「・・・・さっきからそれしか言ってない」

「語彙量が少ないもので・・・・」

 彼女はレコードをジャケットに仕舞い、引き出しに入れる。

 そんな彼女に、僕はふと疑問に思っていた事を聞く。

「そういえば、魔女さんってどれだけの曲を聴いてきたんですか?」

「?・・・・どういうこと?」

 彼女は疑問符を浮かべる。

「え?魔女さんって、長生きなんですよね?過去の曲とか詳しいんじゃないんですか?」

 そこまで言うと、彼女は「あー・・・・」と得心が言ったような声を上げ、

「違う」

と、断言した。

「・・・・魔女は長生きじゃない。人間と同じ。というか、魔女は人間」

 衝撃の事実だった。昔から魔女は数百年生きている人だと思っていた。

 ・・・・どうしよう。魔女さんの白髪って歳をとったからとかじゃなくて地毛だったのか・・・・。

「・・・・もしかして、僕、勘違いしてました?」

「・・・・うん。だいぶ間違ってる」

「うう・・・・」

 全国の魔女さんに土下座しようかと割と本気で考えていると、魔女さんが話しかけてきた。

「・・・・教えてあげようか?」

「え?」

「魔女のこと。正直めんどくさいけど、私たちの沽券にかかわるし・・・・」

 とてもありがたい話だ。僕は間髪入れずに叫ぶ。

「よろしくお願いしますっ!!」

「・・・・うるさい」

        ◆◇◆◇◆

 カウンター越しに魔女さんに向き合い、話を聞く姿勢をとる。

 魔女さんはいつも通り無気力な表情をしていて、頬杖をついている。

「で、まず何が聞きたいの?」

「なんで魔女って呼ばれているんですか?」

「・・・・・・・あー、ずっと前にどっかの教会が私たちを"魔との境界にいる者"として発表したの。それが"魔女"と"魔法使い"」

「え、なんで教会がそんなこと?」

「権威が弱くなってたから」

 成程、権威が弱くなったから、特定の敵を作る。効率的だ。そこで指導する立場になれば自然に求心力も高まる。

「・・・・酷くないですか?」

「さぁ?当時のことは知らないし、調べてもめんどくさいだけだし」

「あ、はい」

 わりと壮絶な歴史があっても、ウチの魔女さんは平常運転です。

「魔女って結局何なんですか?」

「・・・・・・・・魔法・・・・というより調合術を極めた薬師に近い」

「あ、じゃあ、魔女さんは若くして調合術を極めたんですね!凄いです!」

「そんなわけない。私は一族のレシピに従ってるだけ」

 『凄い』という単語に彼女の表情が曇りを見せた。どうやら僕は地雷を踏んでしまったみたいだ。

「へ、へぇー・・・・でも、僕にとってはどっちも凄いことです!魔女さんの薬には子供の頃から助けられてきましたから!」

「・・・・あなたの子供の頃なら調合したのは母だけど?」

 何とかフォローしようとしてみたけど、更に失言を重ねてしまった・・・・。さっきから僕の学の無さに失望しそう。

「・・・・・・・・ごめんなさい」

 思い切りカウンターに顔を伏せる。

「別にいい。気にしてない」

「優しいですね・・・・魔女さん・・・・」

「・・・・優しくはないと思うけど・・・・・・・・というか割と辛辣なことばかり言ってるし」

 彼女は言っている意味が分からないといった雰囲気でこちらを見た。

        ◆◇◆◇◆

「魔女さんは何歳なんですか?」

「・・・・藪から棒に何?・・・・あと普通に失礼」

「あ、すいません。けれどどうしても気になっちゃって」

「何で?」

「魔女さんって人間と同じなんでしょ?そう思ったら今何歳なのかなーって・・・・」

「すごくくだらない・・・・・・・・」

 じとー、とした視線を彼女は僕に向けてくる。うわー・・・・本当にくだらなさそうな顔をしていらっしゃる。

 彼女は一つため息を吐くと、淡々と言った。

「多分あなたより年下」

「え、そうなんですか?大人っぽいからそうには思えないんですが・・・・」

「十九歳」

「年下でしたね・・・・」

 僕は二十二歳だから確かに年下だ。・・・・全然年下と話をしている感じはしないのだけれど。

 でもよくよく見ると彼女は割と年相応の容姿をしている。・・・・ちょっと小柄だけど。彼女が大人に見えるのは彼女の表情が死んでいる、もとい達観しているからなのだろう。

「なんかごめんなさい・・・・」

「?」

 僕は帰る前に謝罪しようと決意を決めた。

         ◆◇◆◇◆

「魔女さん」

「何?」

「何を質問したらいいか分かりません」

「帰れば?」

「嫌ですよ。まだ明るいじゃないですか」

 窓の外を指し示すと、まだ夕焼けも始まっておらず、日は天に昇ったままだった。

「・・・・はぁー・・・・ほんとめんどくさい・・・・」

 彼女は心底ぐったりした様子だった。・・・・僕ってそこまでめんどくさいかな?

 そんな事を考えていると、彼女は椅子から背を離して、すたた、と軽い音を奏でながら店の奥に引っ込んでしまった。

「なんだろ?」

 戻ってきた彼女の手には、白い器がすっぽり包まれていた。

 ごご、椅子をずらし、腰を滑り込ませる。

「何ですかそれ?」

「・・・・乳鉢、乳棒」

「ああ!すり鉢とすりこぎみたいなやつのことですか!・・・・で、それで何を・・・・・・・・?」

「薬の調合。ストックがなくなってきたから」

 かちゃん、僕の言葉を他所に彼女は、陶製の瓶から様々な草を取り出す。

 学のない僕には分からないが、恐らくとても身体にいい薬草なのだろう。

「へぇ〜!どんな薬を調合するんですか?」

「毒」

「成程、毒毒・・・・・・ぅ⁉︎」

「たまに依頼されるから」

「・・・・」

 彼女が毒薬を調合している事に少しショックを受けたけれど、彼女は薬師だ。毒薬を注文されることもあるのだろう。

「・・・・何?」

 彼女が僕の考えを見透かした様な視線を向けてくる。・・・・こーゆー所があるから年下とは思えないんだよなぁ・・・・。

 僕はどう反応すれば良いか分からず、頬をかく。

 そうしてると、彼女がぽつりと言った。

「・・・・この毒、獣用だから」

 ・・・・なんだ。やっぱり優しいじゃないですか。

        ◆◇◆◇◆

 日が沈み始め、茜空になってきた。

 僕は身支度を済ませ、扉の前に立つ。

「そういえば、最後に言いたいことがあるんです」

「・・・・何?」

 直立の体勢になると、彼女に向き合い思い切り頭を下げる。

「魔女さんの髪色で勝手にお年寄りとか思ってすいません!」

 頭を下げた勢いのまま、僕は店を飛び出した。

        ◆◇◆◇◆

「・・・・はぁ」

 私は彼が出て行った扉を見ながらため息を吐いた。

 カランカランとドアベルが揺れている。

 別に名残惜しいという訳ではない。なんなら帰ってせいせいしている。

 問題は彼が去り際に発した言葉だ。

「"お年寄り"・・・・」

 私はどうやらおばあちゃんだと思われていたらしい。

 別にいい。けど、今年で二十になる娘に対してそれはないだろう。

「いつか復讐してやろ・・・・」

 その"いつか"がいつになるかは分からないけど。そもそも私はめんどくさがりだし。

 私は、はぁ、とため息をまた吐く。

 一体彼は何故私なんかに構うのか。

 無愛想、無表情、口が悪い・・・・人が嫌う三拍子が揃っている私に。

「・・・・ほんと、めんどくさい」

最後まで読んでいただき、感謝です!

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