幕間 一平、蘇芳と言い合いをする(一平視点)
「Hermit」一平視点のお話です。執筆はひろたひかるです。
文化祭終了後、一平は今日何度目かの料理部へ行った。
後片付けが始まっていて、手伝いを申し出ると優に鉄板を洗ってくれるよう頼まれる。他校の料理俱楽部だという咲と二人で水場へ鉄板を運び、借りてきたたわしでごしごしと洗い始めた。
「玉野君、すごかったな。あのコテ捌き。屋台全体の組み立ても最終的にやってたみたいだし、キャベツが足りなくなさそうな頃合いに残った材料でメニュー考えてたってのも聞いたし。本当にすげえ」
「家が食堂やってるんで」
「俺もやってみよっかな。料理、興味がないわけじゃないんだよな」
「そうですね。やってみると意外と奥が深くて楽しいですよ」
げしげしげし。
水とたわしの音がリズミカルに響く。見ると話している間に咲の鉄板はみるみるきれいになっていく。
先に洗い終わった咲がまだ水の滴る鉄板を抱えて戻っていった。
―― 思ったより話しやすい奴だな。でも、いい奴だとしてもこればかりは……
少しだけもやっとする。
「あれ一平。何してんだそんなところで」
咲を見送っていると後ろから声がする。
「あ、蘇芳」
「鉄板―― ああ、料理部のか。うん、おまえいつも料理部にご馳走になってるんだろ?
そのくらいして恩返ししなきゃな」
「いつも、って、そんな食い物をたかりまくってるみたいに」
「ん? 違った?」
「―― いつも、ってか、たまに? 時々? 毎回じゃないぞ」
「ふうん、まあそういうことにしておこうか」
何しろ料理部で使う食材は部費と、あとは部員が小遣いから出すこともあると聞いているので、毎回お相伴にあずかるわけにはいかない。それに食べるとしても本当に試食程度だ。 ―― とはいえご馳走になっていることに変わりはない。今こうして手伝いに来ているのも、そのお礼かたがたというところだ。もちろん優にいいところを見せたい気持ちがないわけではないが。
「で、一平は優ちゃんが玉野君と仲良くやってるのが我慢ならない、と」
「心を読むなよ」
「読んでないよ。顔見ればわかっちゃうよ、ねえ夏世」
「そうね、ばれっばれだわね」
はぁ~、とうなだれる一平。この義兄には全く勝てる気がしない。
そもそも生徒会長なこの人はこの年齢で大企業グループの会長でありかつこの昴学院の理事でもあったりしちゃうのだから。腕っぷしだけなら一平が勝つけれど。
そしてその蘇芳の彼女であり生徒会会計の夏世も、だ。国内有数の化粧品会社社長令嬢な夏世はすっかり一平の姉な立ち位置、古来よりこういう姉に勝てる弟は少ないのではないだろうか。たぶん。ひょっとして。
「まあ、おまえもちょっとしっかりしろよ?優ちゃんに甘えっぱなしじゃ今に愛想尽かされるぞ」
ぐさっと刺さった。
確かにそうかもしれない、と思い当たる節があるものだから刺さりまくりだ。
大ダメージを喰らった一平の肩にぽん、と手を置いて蘇芳が歩き出す。
「じゃ、僕たちは見回りがあるから。あんまり優ちゃん達に迷惑かけるなよ」
「かけてねえっつうの」
ははは、と笑いながら去っていく蘇芳のかっこ憎たらしいことよ。
「何しに来たんだよ、あいつ」
はあ、と大きくため息をついて空を振り仰ぐと、午後の空がやけに高く見えた。