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ねこまんまdeハーミット〜共同戦線はトラブルばかり!  作者: 紅葉・ひろたひかる
文化祭狂想曲
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文化祭狂想曲~Hermit編・2

「ああー! しまった」

「やばい! キャベツ足りなくなる!」


 今日使うぶんのキャベツは刻んで洗ってザルに入れられているが、大きなザルに三山になっていたので、ここで三分の一使えなくなるのは困る。大変に困る。何しろこれからドッと客が来る時間になるのだ。


「どうしよう、買いに行かなきゃ」

「でも女の子ひとりで持てる量じゃないよ?」

「高木先生、ヤッホーストアまで車出してくださいよー」


 部員のひとりが高木先生に声をかける。


「ああ、いいぞ。ただ誰かひとりついてきてもらわないと。俺じゃどのキャベツがいいとか全然わからないからな―― 藤田さん、ついてきてくれるか」


 高木先生が南美に声をかけ、買い出しはこの二人が行くことに決まった。高木先生は咲達を振り返った。


「ごめんな、ちょっと出てくるから二人で文化祭楽しんでくれるか?後で何かおごるな」

「ゴチになります」


 高木先生と南美が慌ただしく席を外し、屋台の中はまだ騒然としている。突然のアクシデントに浮足立つ部員たち、こんな時はさらなるアクシデントが重なるものだ。


「あつっ!」


 焼きそばの焼き台から悲鳴がして、ガシャンっと金属のコテが転げる音が響く。慌てて振り向いた優の目に焼きそばを焼いていた女子部員が背中を丸めて左手を押さえている姿が目に入った。


「鈴村先輩!」

「ごめ…… ボーっとして、うっかり鉄板に手を」

「いいですから! 早く冷やさなきゃ! 保健室へ―― あ、でも」


 優は店内を見回した。今、南美は買出しに行ってしまっていて、焼き物の係は優とフランクフルト係の料理部部長の薬師寺しのぶ、そして売り子の一年女子根岸まり子ひとりしかいない。おまけに蘇芳の集客効果で屋台のまわりは人が集まってきていて、はっきり言ってこのままでは店が回りそうにない。頭の中で効率の良い進め方を考えるが、冷静になりきれず正直どうしていいのかわからない。


 その時だった。


「あの、よかったら私達手伝います」


 声をかけられて部員全員がハッと顔を上げた。そこにはさっき高木先生に連れて来られた美晴がにっこりと笑っている。


「え、でも」


 来客に手伝わせるとか問題じゃないだろうか。とはいえこの二人は他校の料理倶楽部員、有り体に言って即戦力、喉から手が出るほど欲しい人材だ。

 優は部員たちの顔を順に見た。みんな希望の光を見たような顔をしている。そしてそのまま視線を蘇芳まで動かし、いいんでしょうかと目で問いかけた。蘇芳はすぐに優の意を汲んでくれたようだ。

 美晴たちの前に歩き寄って、柔和な笑顔を見せた。


「はじめまして、生徒会長の古川蘇芳です」

「はじめまして、英稜高校料理倶楽部の玉野です」


 美晴と一緒にいた咲が挨拶を返し、続いて美晴も名乗って一礼する。


「他校の生徒に迷惑をかけて申し訳ないとは思うのだけど、もしお願いできるなら高木先生と藤田さんが戻ってくるまで力をお借りしてもいいでしょうか」

「もちろんです」


 ちょうど蘇芳がいてよかった。無事に許可も取れたので、二人に屋台の中へ入ってもらう。話を聞くと咲の方が相当な腕だということで焼き物担当に、美晴は南美のかわりに売り子をしてもらうことになった。


「先生と藤田さんが帰ってきたら…… あ、急いでキャベツの千切りを大量にしなくちゃ」


 薬師寺部長が額に手の甲を当ててうなる。前日準備の段階で結構な時間を食われたのを思い出したのだろう。

 だがさらりと咲が提案する。


「大丈夫ですよ、先生が戻ってきたらキャベツの千切りは僕たちに任せてください、な、美晴」

「う…… がんばる」


 何か苦い思い出でもあるのだろうか、美晴が微妙な顔で頷いた。


 その頃からピークが始まった。

 次々に注文が入り、フル回転になる。優もこれから来る物量の嵐に身構えたが――


「ねえ優見て、何あの手際の良さ? コテ捌き?」

「すごい」


 咲がお好み焼きをすごい勢いで仕上げていく。


「美晴! ブタいち、イカいち、上がり!」


 リズミカルにお好み焼きの形を整え、焼き上げ、ひっくり返し、さっとパックに入れて美晴に渡す。美晴は希望通りソースやトッピングをして箸をつけて蘇芳に手渡した。

 その時の彼女の笑顔に見惚れる男子生徒が何名かいた。空手部員が何人か来ているようだ。彼らが一斉に屋台へ駆け寄り、途端に美晴の前に行列ができる。そこに一緒に来ていたらしい一平が巻き込まれているのがちらっと見える。

 更に咲の前には目をキラッキラにした女子生徒が群がって見事なコテ捌き―― だけでないだろうが、彼に見惚れている。

 けれど二人はギャラリーに惑わされることなく慣れたコンビネーションで仕事をこなしていく。まるで年季の入った夫婦なようだと優はちょっと羨ましくなる。


(玉野さんと渡瀬さんって恋人同士なのかな?)


 聞いてみたいけどそれどころではないし、そんなプライベートなことを初対面でツッコむのも気が引ける。優は目の前の焼きそばに集中することにした。

 思っていた以上の集客っぷりは嬉しい悲鳴だが、やがて少しずつ不安になってくる。


「ねえ、何だか遅くない? 高木先生と南美」


 キャベツの到着が遅すぎる。ザルに残っている千切りが順調に減り続け、もう最後の一山のせいぜい三分の二を残すほどになってしまっているというのに、どこへ行ってしまったんだろう。


(高木先生、久しぶりに南美とドライブ出来てはしゃいでる。絶対はしゃいでる)


 高木先生と南美の二人が内緒の恋人同士だと知っている優は内心穏やかではない。教師と生徒という関係上、清いお付き合いをしているようだが、高木先生はギリギリのラインで南美に触れたがって南美を困惑させることがあるので優はちょっとばかり警戒していたりする。


 閑話休題。


「どうします? 玉野さん」


 優はお好み焼きを焼く咲に声をかけた。部外者ではあるが、彼の家は食堂をやっているということで本当に即戦力なのだ。こういう時のノウハウも持っていそうだとつい相談してしまった。だが彼は当たり前のように頷いて考え始めた。


「うーん、キャベツを使わずに別メニューを作るなら、オムそばか、焼きそばのラップサ

 ンドかな。でもそしたらキャベツが戻って来たときに材料のバランスがなぁ」

「キャベツが戻ってきたときに、小麦粉がなくなってたら、とんぺい焼きっていうのもア

 リかも」


 美晴と二人でアイデアを考えては在庫の材料とのバランスにまで気を配る様子はさすがだ。ぜひそのノウハウを教わりたいと思う優だった。

 とはいえ。


「まったく、南美を連れ回して何してるのかしら」

「まあまあ優、キャベツが売り切れてて遠くのエオンまで行ってるのかもしれないし」

「わざとじゃないわよねぇ」


 忙しさと焦りのせいで穿った見方をして悪態をついてしまう。


「おや、心外だなぁ」


 そこへちょうど高木先生と南美が戻ってきた。両手にキャベツの入った袋を下げ、愉快そうに笑っている。すぐ後ろには南美もいて、やはりキャベツを持っている。


「高木先生! 間に合わないかと思った!」

「南美おかえり! 高木先生に変なことされなかった?」

「こらこら、人聞き悪いこと言わないでくれないか池田さん。さすがにTPOはわきまえているよ」


 キャベツを手渡しながら答える高木先生の声は落ち着いていて大人っぽい。が、言っていることはツッコミどころ満載である。本当に秘密のお付き合いという自覚があるのだろうか。

  ―― まあ、大事な親友の南美に不埒な真似をしたようには見えないので今だけはよしとしよう。

 優が手を動かしつつ心の中で不平を漏らしている間に屋台の中へキャベツが運び込まれる。


「少し多めに買ってきたよ。蘇芳から予想以上に売れているって連絡が入ったからね。卵もお好み焼き粉もソバも追加で少し買ってきた。それから保健室からも連絡が来て、鈴村は病院に行かせたよ。玉野と渡瀬さんが手伝ってくれてたのも蘇芳から報告されている。せっかく文化祭に来てもらったのに悪かったな。とても助かった。ありがとう」

「いえ、そんな」

「何をおごってもらうか考えときます」


 さすがの生徒会長は仕事が早い。おそらくそのおかげで高木先生達がこれ以上遅くならずに済んだのでは、と考えてから、いい加減そういう考えはやめておこうと首を振った。


「それじゃ、玉野君と渡瀬さんはキャベツの千切りをしてもらって、お好み焼きはどう

 しよう」

「俺がやろうか」


 薬師寺部長がここから先の人員割り振りに悩んでいると、手を上げたのは高木先生だった。


「先生が? 先生、料理できたんですか?」


 料理部全員がいぶかしむ中、高木先生がスーツの上着を脱いで、ワイシャツの袖をまくる。どうやら英稜高校在任中に料理倶楽部でしごかれたらしい。咲と美晴が刻むキャベツを受け取って、咲ほどではないが手際よくお好み焼きを焼き始めた。

 料理部全員がぽかんとその手つきを見ている。


「先生、お料理できないって言ってたのに」

「思ってたよりずっと様になってるよね」


 調理を始めた高木先生の前にはもう女子生徒が群がり始めている。女子生徒だけではない、来場していた保護者と思しきマダムまでもが少女のように頬を赤らめて列に並んでいる。恐ろしい集客効果だ。屋台は更に忙しくなっていく。

 優も必死に焼きそばを作り続ける。そろそろ腕が痛くなってきたが、そうも言っていられない。出来上がった一人前をパックに手早く詰めてまり子に渡すと、こそっとまり子が耳打ちしてきた。


「優、なんか南美がさっきからものすごく機嫌悪いんだけど、心当たりある?」

「ああ―― あるといえば、まあ」


 ちらり、と南美に視線だけを向けると恐ろしく無表情だ。ひたすら手元を見て包装しているのだが、背後で「高木先生、今度デートしようよ!」などと女性生徒の声が聞こえてくるたびにぴくりと肩が震え、南美のまとう空気がどす黒くなっていくような気がしないでもない。


「み、南美! 悪いんだけど焼きそば係代わってくれない? もう腕がパンパンになっち

 ゃった」


 優は慌てて南美に声をかけた。このままでは料理につける割り箸を客に手渡す前にすべて折ってしまいそうだからだ。まだ金属製のコテと鉄板ならば無事で済むだろう。


「あ、そうだよね、ずっと焼きそば焼いてるもんね。うん、交替しよう」


 ふっと目が覚めたように南美が顔を上げ、優と場所を交替する。その後の焼きそばの鉄板ががっしゃがっしゃとえらい音を立てていたのは言うまでもない。優は文化祭が終わった後のデートで高木先生の無事を祈るのみだ。

 まり子がお好み焼きを包みながら優に話しかけた。


「優、聞いて聞いて! 玉野さんと渡瀬さん、あれで付き合ってないんだって。びっくりした」

「え! あんなに夫婦みたいなのに?」


 はぁ~、と全員が咲と美晴を見た。

  ―― これだけ息がぴったり合っているというのに。とはいえ時間の問題だろうなあ。

 優の生温かい視線が鉄板から立ち昇る陽炎に遮られて揺れた。


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