文化祭狂想曲~Hermit編・1
「Hermit編」開始です。「Hermit」視点のお話になりますので、流れは前3話と一緒になります。執筆はひろたひかるです。
同じ話を読むのがお嫌な方は、3話あと(8/12に投稿する幕間)からどうぞ。
「うーん、じゃあイカ玉とブタ玉と焼きそばってところ?」
オーブンを二百度に設定しながら優が聞き返した。
「そうだね、それだと共通する材料があるから仕入れが楽かも」
南美がボウルの中身を泡立て器で泡立てながら答える。卵と牛乳、生クリームにチーズ、味付けは塩コショウにナツメグ。パイ生地を敷いた上にほうれん草やハムを載せたものに卵液を流し込んでオーブンで焼けばキッシュの出来上がりだ。
ここは昴学園高校、都内にある私立校だ。優と南美は料理部に所属していて現在活動の真っ最中。本日の献立はキッシュとサラダ、スープを作る予定で、二人はキッシュ担当だ。
ほどなくして暖まったオーブンにキッシュを入れて二十分。こんがりいい感じに焦げ目のついたキッシュをオーブンから取り出した。ブワッといい香りが部屋中に広がり、お腹が鳴ってしまいそうだ。
「おっ、そろそろ完成か?」
「あ、高木先生」
調理室へひょっこり顔を出したのは料理部の顧問である高木真樹人教諭。今年この昴学院へヘッドハンティングされてきた若い教師だ。この春からたまたま料理部顧問の女性教師が産休に入り、その代わりに顧問になったのだが、前任校でやはり料理部顧問をしていたと聞かされていたのに「料理は全くできない」とのことでびっくり、そして調理中は「邪魔になるから」と部活に現れず、試食タイムになるとやってくるのでまた苦笑い。けれど優しくてイケメンな若い男性教師ということで、女子ばかりの料理部員たちはついつい許してしまう。
とはいえ、試食タイムに現れるのは高木だけではない。
「うわー、今日もいい匂いだな!」
「あっ、また出た」
今度は窓の外から声がする。これまた試食タイム常連の空手部員、優の一年先輩である彼氏の一平だ。今まさに窓を乗り越えて調理室へ入ってこようとしている。それを見た優が両手を腰に当てて眉をひそめた。
「もう、ちゃんとドアから入ってきてって言ってるのに!」
「だって道場からだとぐるっと校舎のまわり回らないと中に入れないし。手っ取り早い
だろ」
あー腹減った、などと言いながら調理室に入り込み、まだむくれている優からキッシュを一切れもらってほおばる。
「うめぇ」
けれどごく自然に出てきた賛辞に優の顔がへにゃ、とゆるむ。優自身、一平に対してはいろいろと甘いと自覚しているけれど、まあしょうがない。好きな人に手料理を褒められて嬉しくないわけがないんだから。
「まあいいじゃない、優ってばちゃんと高木先生と麻生さんの分まで多めに作ってるん
だから」
「ちょ! 南美!」
慌てる優を見て室内にいる全員がほわほわした気持ちになっていた。
「そっか、ありがとな。そうだ、いつも食わせてもらってるお礼に、文化祭の日は売り上げに貢献するよ。空手部の連中と、それから―― 」
だがその瞬間、ガッと調理室の扉が勢いよく開く。
「くぉら、麻生おおおおおお!また抜け出しやがって!」
「げっ! 部長」
空手着の大柄な男子生徒が一平の襟首をつかんで扉まで引きずり、一度立ち止まって「お邪魔しました!」と頭を下げ、一平の頭も無理やり下げさせた。
「いえいえ」
「あっ、優! 文化祭の話は本当に――…… 」
「うるせえ麻生! きびきび歩け!」
二人の声がドップラー効果を伴って遠ざかっていくのを聞きながら「さあ片付けましょう」と何事もなかったように料理部では片づけが始まったのだった。
片付けながら南美が小さな声で優をからかう。
「くすくす、麻生さんいつもあんなだねえ。食べ盛りで困っちゃうんじゃない、彼女としては」
「えっ! あ、その、ま、まあ」
「まあでも料理部としては、あんなに楽しみにして貰えてると料理部冥利に尽きるよね」
「うん、そうなんだけど―― そんなこと言って、南美だって私のこと言えないじゃない」
「うっ」
南美が言葉を詰まらせる。誰にも内緒だけれど、実は彼女、試食常連の顧問教師と秘密の恋をはぐくんでいる。これは優と一平しか知らないトップシークレットだ。
「ああそうだみんな、文化祭の当日なんだけど」
片づけを手伝いながら高木先生が部員に声をかけた。
「たまたま連絡する機会があったから、去年まで勤めていた高校の教え子を呼んだんだ。前の学校でも料理部の顧問をやっていてね、そこの生え抜きが来るから、ちょっとした他校との交流にでもなればと思うんだけど」
「あら、いいですねえ高木先生。私達はウェルカムですよ。ねえ、みんな」
はい! と全員の声が揃う。
どうやら文化祭の日は料理部にとってひとつイベントが増えるようだ。
★★★★
そうして迎えた文化祭当日。
前日の準備段階で野菜を刻み、屋台で作りやすいように具材を器に移し替えてすべて冷蔵庫へ。結局フランクフルトも売ることになったので、フランクフルトに箸を刺す作業も手分けして終わった。
役割分担もバッチリ。優は焼きそばを焼く係、南美は販売担当だ。店は狭いが焼きそば、お好み焼きを焼く鉄板が二枚と、フランクフルトを焼く小さな焼き台が一台L字型に置いてあり、その真ん中に商品を包むためのテーブルが配置されている。焼き係が三人、包みと販売を担当する係が二人で屋台内は結構ぎちぎちだ。
『ただいまより文化祭を開始いたします』
アナウンスの声が宣言し、それに合わせて料理部のメンバーも「がんばろう!」と気合を入れる。来場者も待ち切れない様子で入ってきて、一気にお祭りムードが高まってきた。
そして早々に屋台へ姿を見せたのは、試食常連空手部員だ。
「よっ。約束通り売上に貢献しに来たぜ」
「一平さん」
「焼きそばとイカ玉一つずつ。空手部の奴らも後で買いに来る筈だからよろしくな」
「ありがとう。でも、無理に買わなくていいのよ?」
「いや、料理部の屋台ってみんな楽しみにしてたみたいなんだよ。俺が声掛けなくてもみんな行く気満々だった」
「なら、うれしいな」
優と一平がニコニコ笑い合っているのを料理部員達が砂糖を吐きそうな顔で見ている―― と、そこへ声がかかる。
「みんな頑張ってるな」
「高木先生!」
「任せきりで悪いな。混み始める前に紹介しておこうと思って」
高木先生が少し体を避けると、後ろに私服を着た高校生の男女が立っていた。キリッとした男子と、温かそうな笑顔の女子だ。
「前に勤めていた学校の料理部員だ。玉野と、渡瀬さん」
「玉野咲です、よろしく」
「渡瀬美晴です!お邪魔してます」
玉野、と名乗った男子はすらりと背が高くてサラサラの髪、イケメンという言葉がよく似合う。居合わせた料理部員がざわつくが、挨拶を交わす美晴とさり気なく近い距離で、どうやらラブラブなのが丸わかりでどこからか残念そうな吐息が漏れ聞こえてくる。
二人は焼きそばとフランクフルトを注文した。
そこへまたしても客が現れる。
「じゃあ僕はブタ玉とイカ玉一つずつ。夏世、それでいい?」
キャーッ!と黄色い悲鳴がる。
「あっ、蘇芳さん」
そこにいたのは蘇芳、一平の義理の兄でこの高校の生徒会長だ。日本人離れした美貌とプラチナブロンド、何よりその人当たりの良さや有能さは群を抜いていて、全女子生徒のあこがれの的だ。
そんな人物が現れたのだ、途端にあたりが色めき立つ。一緒に来ていた蘇芳の恋人・生徒会役員の夏世が苦笑いしながら「じゃイカ玉の方もらうわ」と顎の線で切り揃えた黒髪をサラ、と揺らした。
「はい、少々お待ち下さい」
優は丁寧に応対し、お好み焼き係の鈴村都が焼き始めていたお好み焼きをひっくり返した。
ジュウジュウとソースの焦げる香りがあたりに広がる。
待っている蘇芳に声をかける女子生徒も現れた。
「あのっ、会長! 会長達もお好み焼きお好きなんですか?」
「うん、好きですよ。それにうちの料理部は優秀だからね、楽しみにしてたんだ」
やさしく返事をする蘇芳に、他の女生徒達が我先にと群がった。
だが急に群がったので、数人がバランスを崩してしまった。屋台がグラリと揺れる。
「きゃっ!」
その拍子にバランスを崩したのだろう、刻んであったキャベツの入ったザルが一山地
面に転がり落ちてしまった。