美晴、友の秘密と深まる絆(美晴視点)
美晴視点です。執筆は紅葉です。
文化祭が終わり、実質三年生は料理倶楽部を引退した。みんながそれぞれの進路に向かって邁進するのを応援するかのごとく、学校でも模試だの小テストだの、確認テストだのが頻繁に実施される。それは、大学進学よりも就職または専門学校への進学率が、よその高校より高い英稜高校でも同じで、みんなが少し、いや、かなり辟易としてきた頃の事、咲くんから一緒にどこかへでかけないかと誘われた。
夏世さんのパーティーに出張料理人をした時の報酬で、私がお手伝いしたことへの報酬というか労いにって咲くんは言ってたけど、それに関しては実は、夏世さんと優ちゃんと三人で昴グループ系列の高級ホテルレディース宿泊プラン、エステとネイル、豪華ディナー付きを誘われているのよね。どうやら嫌な目に合わせたお詫びも兼ねての蘇芳さんからの女子たちへのプレゼントらしい。だからそんなに気にしなくてもいいんだけどなぁと思いつつ、デートができるのは嬉しいので、お誘いに乗った。とはいえ、咲くんにごちそうになるばかりじゃなくて、自分の分は自分で払うって言おう。
家を出て、駅に向かって歩いて行くと、途中で人待ち顔の咲くんがスマホを片手に立っているのが見えた。待ち合わせは駅のはずなのに、どうしてこんなところにいたのだろう。
「お待たせ。どうしてこんなところにいたの?」
「別に。駅で待とうが、駅までの道で待とうが一緒だなと思ったから」
「まあ、そうだね」
不器用な照れ屋さんな咲くんが可愛くてたまらない。咲くんの少しだけ空いた脇に腕を通した。
「昼飯までまだ時間あるけど、美晴は何かしたいことあるか?」
「うーん、ぶらぶら歩いたりとか、大きめの本屋さんで参考書みたりとか?」
「本当に美晴は真面目だよな」
参考書と聞いて、咲くんがげんなりした顔をした。
「なんなら図書館で勉強する?」
「やめてくれ。今日は忘れていたい。図書館行くなら俺は料理本コーナー直行だから」
「咲くん、本当にお料理が好きだよねぇ」
本日の目的のお店が大きな街の駅近だと言うので電車に乗る。西口で降りてすぐのビルの一階に、いかにもな洋食屋さんがあった。
「すごく美味いって評判で、勉強になるから機会があったら食いに行っとけって親父が。親父の知り合いの店らしい」
「結局咲くん、勉強してる」
「そうだな」
今気付いたらしく、照れている様子がおかしくて笑いが込み上げてくる。
それほど待たずに入れたので、席に座るとメニューを広げる。日替わりにハンバーグにパスタ、カレーにメンチカツ。
「どれも美味しそうすぎるよ」
「一平みたいにあれこれたくさん食えたらいいのになって思うよ」
「それじゃあ、このミックスランチとスペシャルランチを頼んで分けっこする?」
ミックスランチにはハンバーグとエビフライ、パスタが少しずつ乗っている。スペシャルランチはハンバーグにビーフシチュー、オムライスが乗っている。どちらもサラダとスープかドリンク付きでランチ価格。
「美晴がいいなら、それで頼む」
「じゃあ、そうしよう」
オーダーを伝えて、先に持ってきてもらったクリームソーダとアイスティーにそれぞれ口を付けた。
「カレーとメンチカツはまた今度だな」
「そうだね、また来る楽しみがあるっていいよね」
「そうだな。今日の服可愛いな」
「えっ!」
咲くんがこんなこと言うなんて、思ってなかったから照れちゃうよ。
「ありがとう。この前優ちゃんと一緒に服を見に行ったときに買ったの」
「楽しそうでいいな」
「ふふふ。咲くんも一平くんといろいろ遊んでるって優ちゃんから聞いてるよ?」
「そんなことねぇよ。ほぼアイツが飯を食いに来てるだけだ」
「優ちゃんにしても、一平くんにしても、いつもこっちに来てくれるけど、電車代とか負担になってるんじゃないかなぁ。ちょっと申し訳なくて」
「大丈夫なんじゃねぇか?」
「そうかなぁ」
「心配なら、今度遊ぶ時にでも聞いてみたらどうだ?」
「そうだね、そうしてみる」
「ねぇ、優ちゃん。いつもこっちに出てきてくれるけど、交通費とかかかるでしょ? たまには私がそっちに行くよ」
「えっ⁉ だ、大丈夫だよ」
数日後、優ちゃんとカラオケに来ていた。優ちゃんがウーロン茶をストローで飲んでいる時に、ふと咲くんとの会話を思い出した。
優ちゃんは思ってもいなかったことを言われて動揺したみたいに慌てた。
「大丈夫、大丈夫! いつも跳んで来てるから」
「飛んで?」
「咲さんから何も聞いてない?」
「え、何が?」
「咲さんも遼さんも約束守ってくれてるんだ。でもなぁ、こんなに仲良くしてもらってるのに美晴さんだけ知らないのもなぁ。えー、どうしよう」
「どうしたの」
「美晴さん、ここだけの話なんですけど」
キリッとした表情で、優ちゃんが居住まいを正した。
「う、うん」
「誰にも内緒ですよ」
「う、うん。でも、優ちゃん、改札をぴょんて飛び越えるのはやっちゃいけないことだよ、分かってると思うけど」
「やだなぁ、それは誓ってやってないよ。跳んでるっていうのはそういうことじゃなくて。私、も、一平さんも、実は……テレポートが使えるんです……信じられないよね、こんなこと」
「テレポート……」
「はい」
「まさか……」
イタズラをしたあと叱られるのを待っている愛犬マロンのような、上目遣いで優ちゃんが私の反応を伺っている気がする。え、設定とかじゃなくて本当に?
「優ちゃんと一平くんは、実は異世界から来た勇者だったり聖女だったりってこと?」
「美晴さん、どうしてそこまで思考が飛んじゃうかなぁ、そうだったらちょっと面白いけど。もっと簡単に、ただ超能力使えるってだけです」
「良かった、ただ超能力使えるだけなのね」
「ん? 超能力使えるって、ただのって付く話だっけ?」
優ちゃんが首をひねる。
「そうしたら、大丈夫? 人体発火とかしない?」
「だ、大丈夫。今まで発火とかしたことないし」
「良かった〜」
「なんか調子狂うなぁ。美晴さん、それどこ情報?」
「子どもの頃に読んだ本かなぁ、不思議な事象を科学的な根拠に無理やり結びつける内容で、結構面白かったの」
「へぇ、そこでテレポートはなんて書かれてたの?」
「んー、光の速さよりも速く走ることができたら可能かもしれない、だったかな」
ウーロン茶を飲みながら、聞いてきた優ちゃんが、ゴホッとむせた。大変、大変。優ちゃんの背中をさする。
「光の速さより速く走るのは、人間には無理だよ。それができたら、私も一平さんもオリンピック出られちゃう」
「そうだよね。じゃあ、本当は違うんだ」
「感覚的に使ってるから説明は難しいけど、少なくとも光の速さでは走ってないですぅ」
また笑いが込み上げてきたみたいで、優ちゃんは空気が抜けたみたいな声を出して、お腹を抱えて笑い出した。
「そっか、そっか。でもテレポート先で誰かに見つかったらどうするの? 大変なことになるんじゃ?」
「それは、遠隔透視で人がいないのを確認してからテレポートするから大丈夫」
「そうなんだ。良かった。透視できたら商店街のガラガラも良いの出せるかなぁ」
「それは中が見えててもどうしようもないと言うか。そっちは念動力、サイコキネシスっていうの」
「おおー! それは優ちゃん使えるの?」
「うん、実は使えるけど、でもそれってズルになるから、そういう使い方はしたくなくて」
「そうだよね、わかるわかる。ガラガラってなにが出るか分からないから楽しいんだし。じゃあテレパシーは?」
「美晴さん、私のこと怖かったり、気持ち悪く思ったりしないの?」
「え? どうして?」
「だって、使い方によってはズルをしたり、悪いこととかできちゃうから。プライバシーを覗かれたりとかするかもって」
優ちゃんの声に緊張が混じる。優ちゃんはうつむいてしまった。確かにそういう使い方もあるかもしれないけれど、そんなことに力を使うとは思えない。信じて欲しいという気持ちを込めて返事をした。
「ガラガラ抽選会の末等ティッシュを、五等のラップにするのもズルになるからやりたくないって思ってる優ちゃんが悪いことにその能力を使うと思わないけどなぁ」
「でも不安に思ったから、あれこれ聞いてきたんじゃないの?」
優ちゃんの瞳が潤み出したのをみて、ガツンと頭を殴られたようなショックを感じた。ああ、私のせいだ。思わず優ちゃんを抱きしめる。
「ごめんね優ちゃん。そんなつもりは全くなくてね、ワクワクしちゃって、ついあれこれ聞いちゃった。ごめんね、優ちゃんがこれまで超能力を使えることで、悩んだり、辛い思いしてきたりしたのに、好奇心丸出しになっちゃって」
あああ、穴があったら入りたい。
「一平くんもテレポートが使えるんだっけ。気持ちや立場を共有できる人がいてくれて良かったね」
「うん。でも能力を知っても怖がらずに普通に接してくれる美晴さんや咲さんの存在も助かってるんだよ?」
「そっか、よかった。先に咲くんは知ってたんだね。それで交通費が負担になっていないか心配してたら大丈夫だって言ったんだ」
「そうだと思う」
「そうかー、でも私も東京で優ちゃんと遊びたいし、今度はそっちに行くね」
「ぜひ、来て来て! 美晴さんの行きたい所を案内するね。なんなら迎えに行っちゃうし」
「ありがとう。楽しみ! じゃあ残り時間がもったいないし歌おっか?」
リモコンを優ちゃんに手渡した。
私はテーブルに置いてあるタンバリンを手にスタンバイする。
私たちはカラオケを思い切り楽しんで、カフェ・プリマヴェーラでお茶をしてから、次に遊ぶ約束をして別れた。
「ねこまんまdeハーミット・4 リミット!~断罪パーティーはひそやかに」はこれにて完結です。お付き合いいただきありがとうございました。




