優、一平の背中を押す(優視点)
優視点です。執筆はひろたひかるです。
パーティーが終わって後片付けして搬出して。
エレベーターが小さかったので、私は一足先に咲さん美晴さんと地下駐車場へ降りた。その後すぐに蘇芳さんと夏世さんが降りてきたのに、いつまでたっても一平さんと遼さんが降りてこない。おまけに様子を見に行った咲さんまで降りてこない。
パーティーの男性客がやたら美晴さんの胸を見ていたり馴れ馴れしく話しかけたりしていて、おまけに葛原って人は警察が捕まえちゃったから、美晴さん不安じゃないかな? と心配になる。私は、まあ自衛できるから――とはいえ不安は不安だけど、ここには蘇芳さんもいるし、駒村さんと飯田さんもいる。運転手二人は蘇芳さんの運転手ということだけあって、武道の心得があるって言ってた。要は運転手兼護衛みたいなんだよね。飯田さんなんて、一平さんの空手の先輩らしいし。だからここにいれば安心。ちなみに古川家から出してもらっている車二台はどちらも要人警護仕様のすごい車らしいので、襲われても乗っちゃえばこれまた安心らしい。さすがは天下の昴グループ。
なのでこの場は心配ない。むしろ何かあったのか心配なのは降りてこない三人のほうな訳で。私はこっそり一平さんの様子を透視した。
あ、エレベーターの前で何か話し込んでいるみたい。特に周囲に問題はなさそうだけど、何だか一平さんがひどく慌てているのが感じ取れる。何を話しているんだろう。
精神を集中して感度を上げると。
【やべえ、咲に聞かれちゃったか? テレポートって】
一平さんの心の声が響いてきた。やだ、そんな修羅場だった? 遼さんも表面的にはそんなに変わらないけど焦っているのか、「テレポート」を「ヘリポート」とかいってごまかしたみたい。ちょっとツッコミ入れたい。
でも、知られたくない気持ちは痛いほどわかる。私も前に親友の南美に超能力者だってばれちゃったとき、すごくすごく怖かったし、嫌われたかと思ってつらかった。結局南美は私のことを怖がるでもなく今まで通りに仲良くしているからよかったけど、咲さんは一平さんにとってできたばっかりの、けれどかなり心を許せる友達なんだ。せっかく仲良くなれたのに怖がられたらって思うと、ばらしちゃうのは相当勇気がいることだ。
一平さんと遼さんが言いよどんで何とかごまかそうとしているけれど、咲さんは案の定ごまかされていないみたい。とは言っても頭から超能力の話を信じているわけではなくて、一平さんと遼さんの間に何か秘密の話があるらしい、っていぶかしんでいるように見える。あれ? ひょっとして咲さん、ちょっと拗ねてる――?
咲さんって、一見ぶっきらぼうでむすっとしているけれど、中身は優しくて面倒見がよくて家族や美晴さんラブないい人だ。自分の大切な人をものすごく大事にしている。そしてその「大切な人」の中に一平さんがいる、と気がついた。一平さんのこと、そんなに深く懐に入れてくれてたんだなあとほっこりする。
一方で一平さんはごまかそうとしながらもすごく後ろめたそうな表情をしていて、迷っている気持ちが手に取るようにわかる。一平さんも咲さんのこと、大好きだもんね。昔から仲良しのお友達もたくさんいるし、親友と呼んでいる人もいる。でも咲さんも今や「親友」なんだ。嘘のつけないまっすぐな一平さんだから、咲さんをだます形になることがきっと耐えられない。でも正直に伝える決心もつかない。
――なら、私にもできることがあるかな。
【蘇芳さん、ちょっと上に行ってきます】
こっそり蘇芳さんへテレパシーを送り、蘇芳さんがウインクを返してきたのを見て、車の陰から静かにテレポートした。
パーティー会場のフロア、そのエレベーター前に立っている一平さんの真後ろにテレポートアウトする。咲さん、遼さんと気まずい空気がひしひしと伝わってくる中、私は手を伸ばして一平さんの肩を背後から叩いた。
「ねえ一平さん、大丈夫だった?」
三人が一斉に私を振り向いた。みんな目がまん丸だ。驚かせちゃったね、ごめんなさい。
「池田さん、非常階段から来たのか?」
咲さんが戸惑い気味の口調で言った。何しろこのフロアはビルの八階、非常階段を上がってくるなんて現実的じゃない。でもテレポートの方がよっぽど現実的じゃないけどね。
「え? ううん、なんか一平さんがバレたかもしれないって混乱してたから跳んで来ちゃった」
「飛んで……」
「うん、跳んで。あれ? まだあのこと言ってなかったの?」
軽い調子でそう言いながら一平さんを見た。戸惑う一平さんにテレパシーを送る。
【大丈夫だよ、超能力者だって伝えても、咲さんなら】
【でも――】
【ほらぁ、私もうテレポートしてくるの見せちゃったからね? あとは白状するだけだよ。それとも咲さんのこと信じられない? 私から伝えようか?】
【――いや、自分で言うよ】
心の中での会話を終えて、一平さんが「咲」って向き直る。
「あのな、ごまかそうとしてごめん。俺、実はさ――使えるんだ」
「何が? 超能力か?」
「うん」
「うん、って――」
咲さん、茶化したつもりが的中しちゃったね。絶句してる。あ、でもすぐに立て直した。私がたった今ここに突然現れたのを見ているからね。
「――ああ、そっか。兄貴は知ってたから様子がおかしかったんだな」
「ここへ来るときに偶然麻生くんがテレポートするところを見てしまってな。黙っていると約束したのだが」
「ふうん。まあ――うん。わかった」
「わかった、って」
あっさりしてるなあ。咲さんらしいっていえば咲さんらしいんだけど、一平さんは相当拍子抜けしたみたい。
「びっくりしないのかよ」
「してんだろ。この上なくな」
「そうは見えねえ……いや、じゃなくて、その――気味悪かったりしないのか」
「ないな。別に」
「は――」
がっくりと一平さんがしゃがみ込んだ。力が抜けちゃったみたい。一緒にしゃがみ込んで一平さんの顔をのぞき込んだ。
「大丈夫?」
「うん、ほっとしてガクッときた」
ははは、と力なく笑う一平さん。よかったね、私もほっとした。ぽんぽん、と背中をさすった。そこに上から咲さんの声がした。
「おい、下に美晴待たせてるんだからな。行くぞ」
「咲ぅ、俺、決死の覚悟で話したのに。ちょっとは労ってくれよ」
「はっ、俺に隠し事なんかしようとするからそんなことになるんだ」
ちょっと咲さんの一平さんの扱いが雑になってきた。まあ、確かに美晴さんのことは心配なんだろうけど、あっさりしすぎな気がする。あまりに荒唐無稽すぎてきちんと理解できていないのかな――
と思っていたら、ぽん、と手を叩いた遼さんが言った。
「ああそうか、親友の自分ではなく俺が先に秘密を知ってしまったから拗ねているんだな、咲」
「なっ!」
「そうなのか?」
「んなわけねえだろっ、おまえが俺のこと舐めてるから怒ってんだよ! んなことくらいで気味悪がるとか、その程度のつきあいだと思ってたのかよ!」
「いや何怒ってんだよ。照れ隠しか」
「ちげぇ!」
ああああ、けんかになってきちゃった! どうしようとオロオロしていたら、けんかの原因遼さんが私にこそっと声をかけてきた。
「ああいうけんかは放っておいて害はない。荷物も運ばなければならないし、先に下に降りていようか、池田さん」
――自由だなあ。でも確かに放っておいたほうが良さそうだな、と私は一足先に遼さんと駐車場へ向かうエレベーターに乗り込んだのだった。




