一平、断罪パーティー開催中(一平視点)
今回は一平視点、執筆はひろたひかるです。
遼さんにテレポートのことがばれたのは優曰くどうやら俺のせいだったらしい。
確かにテレポートした瞬間に優の制止する声が聞こえた気はしたけれど、まさかその瞬間を見られていたとは。
けれど遼さんはむやみに騒ぎ立てるでもなく、むしろ事実は事実として受け止めてさらりと流し、その上で誰にも話さないと約束してくれた。ありがたくて頭が下がる。
戻ってきたら、既に蘇芳が会場入りしていて、難しい顔で夏世と話し込んでいた。俺たちが戻ってきたのを見て軽く手を上げてお互い合図する。何だか深刻そうな雰囲気だな、何かあったんだろうか。
不安が残らないわけじゃないけど、今はパーティーが優先だ。とりあえず話は後にして、遼さんの指示の元で持ち帰ってきたスイーツを仕分けするためケースの蓋を開いた。
うわっ、美味そう! 何だよこれ、遼さんが作ったって聞いてたけど、どこかの有名なケーキ屋のショーウインドウみたいだ。きらっきらのゼリーに包まれた洋梨が載ったタルト、一口大に切り分けられたフルーツ入りのバターケーキ、小さなカップに入っているムース。そして何より存在感のあるバースデーケーキは、真っ白なクリームが複雑な模様を描き出していて、いちごじゃなくて紫と緑のぶどうがみっしりと飾られている。もちろんハッピーバースデーのチョコプレートもある。全種類制覇したい――って、俺は今日客じゃなかった。くそう。遼さんのケーキは喫茶店で提供されているというので、優と一緒に今度絶対食べに行こうと心に決めた。
「いつでも来るといい。事前に連絡をくれれば準備をしておく」
遼さんがバターケーキにヨーグルトクリームを美しく盛り付けながらそう言ってくれた。
咲と美晴ちゃんの方も準備は万端のようだ。間に合ってよかった。
そしてちょうどの時間にゲストが入り始めた。事前の話し合いで俺はクローク担当だ。美晴ちゃんが受付、優がウェルカムドリンクを配っている。すごいな、本格的だな。俺も雰囲気に合わせてそれっぽく振る舞う。我が家には駿河さんっていう本職の執事がいるからな、真似をして笑顔で手荷物を預かる。
「お預かりいたします」
「あっ、あの、その――よろしくお願いします」
夏世の大事な友達だからな、丁寧に笑顔で接客だ。その人が少しぽーっとした顔で優からドリンクを受け取って部屋の奥へ入っていくのを横目で見て、次のゲストへ。そうやって夏世の友達五人が入っていった後、優が横に来て、ぎゅっと俺の腕をつねった。いて!
「何すんだよ」
「もう、一平さん、愛想振りまきすぎ。サービス過剰です。ああいう顔はほかの女の子に見せないで」
ぷん、と頬を膨らませる姿がめちゃくちゃかわいい。え、やきもち焼いてたのか? かわいすぎない?
この場で抱きしめたい欲を必死に押さえつけていると、キッチンから咲さんの声が聞こえた。
「美晴、そっちのバカップルはおいといていいからこっち来てちょっとスープの鍋見ててくれ」
「あっ、はーい! 今行くね」
「バカップル……」
キッチンへ向かう美晴さんを見送ってから、優と二人で顔を見合わせる。お互いちょっと照れくさい。
けれどその時、エレベーターの到着するチン、というチャイムとともにがやがやと騒がしい声が聞こえてきた。
「おー、ここだここだ」
見るとなかなかに趣味の悪――いや、下品――いやいや、派手なスーツを着た金髪の男と、どう考えてもこのパーティーの雰囲気にそぐわないファッションの男女ががやがやと近づいてきた。来たな、問題児。美晴ちゃんがキッチンへ行ってしまったため、優が受付に立った。俺も持ち場のクロークへ。
「ええ! 高ぇよ! 友人同士の気楽なパーティーなんでしょ? 女の子にはちょっとくらい負けてくれてもいいじゃん!」
優が派手な男――こいつが葛原――に会費を伝えたら、葛原に絡まるように腕を組んでいた女性がいちゃもんをつけてきた。この連中、ちょっと露出多すぎたりホストみたいなスーツだったり、どうも先に到着していた夏世の友人たちとは違う世界の生き物のようだ。
そしてこの騒がしい集団の中にひとりだけ、きちんとした服装をした女性がハラハラした表情で縮こまっている。この人が佳織さんか。大変だな、こんなの引率してきたのか。
「恐れ入ります、皆様この金額でお願いしております」
「だめだめ、あんたみたいなお嬢ちゃんじゃ話にならないよ。責任者連れてきてよ責任者」
「そうだぜ、そんな堅いこと言ってちゃかわいいのに台無しだぜ」
女性の後からチャラい男が話に加わって絡む。なんとかタダ飯食いたいんだな。だが断る。咲の料理にも遼さんのスイーツにも、それ以上の価値があるんだからな、この金額じゃ安い位なんだから。そして優にちょっかいかけるのは許さん。
「だからさぁ、君かわいいし、ちょーっと負けてくれたら俺が――」
「お客様、なにか」
じろっとにらみをきかせてやる。もうちょっとさらっと対応するつもりだったんだけどな、最後の一言がよくない。
「あ、あー……いや」
ダメ押しでにっこり笑ってやると、全員黙って会費を払い、パーティーをやっている奥へと進んでいった。
それが気に入らなかったのかもしれない。葛原たちは大きなテーブルを占領して騒ぎ始めた。最初から来る予定だった夏世の友達たちが眉をひそめている。後から来場して彼女たちに合流した佳織さんが泣きそうな顔で謝っているのが見えたけど、他の人たちは事情を聞いているからかむしろ佳織さんを慰めているようだ。
葛原たちが落ち着いたのを見計らって夏世が挨拶に立った。
「いらっしゃいませ。ようこそ」
すると葛原が満面の笑みで席を立った。
「やあ! お招きに預かって来たよ、夏世ちゃん!」
ぴく。夏世の笑顔がちょっとひきつる。
「あら、ずいぶんとフレンドリーな方なんですのね」
言い換えればなれなれしいってことだよな。そんなチクッとした嫌味、理解してないだろ絶対。
「そうなんだよ、せっかく会えたんだから早く仲良くなりたいと思ってさあ」
「うふふ」
ぞわぞわ。今の夏世の「うふふ」の裏に「ふざけんじゃないよ、誰が仲良くなんかなりたいもんか」って心の声が聞こえてくる。
けれどもちろん初対面の奴らには夏世の本性はわかっていないわけで。あの顔はかなり怒ってるなあ。優が隣で見て見ぬふりをしている。
「佳織から聞いてるんだよ。夏世ちゃん、すごくいい子だって。一度会わせてくれって頼み込んで来たんだけどさ、まさかこーんな美人とは思ってなかったよ」
「あら、ありがとう。でもお連れの彼女たちに失礼ですわよ?」
やめて夏世さんその口調。鳥肌たっちゃう、俺。いつの間にか俺の後ろに来ていた蘇芳がこそっと耳打ちする。
「今日の夏世には逆らわない方がいいぞ、一平」
「おう。命は惜しい」
「あれでもまだ抑えている方だと思うんだ。だってな――」
こそっと蘇芳が事前調査の結果を耳打ちをしてきた。その内容を聞いて、思わず目を見開いてしまった。優が「どうしたの?」とこちらを見たが、これ、優に聞かせていい話なんだろうか?
「ちゃんと『根回し』はしてきたから心配ないよ。それより僕としては夏世がやり過ぎないかどうかの方が心配だね」
肩をすくめているけれど、夏世を見る表情はすごく甘いからな。まったくこの二人は。
パーティーは今のところつつがなく進行している。咲の料理はバカ受けしていて、なくなるスピードがすごい。咲はキッチンでの仕事をほぼ終え、今は片付けをしている。優と美晴ちゃんはテーブルを回って空いた皿やグラスを片付けて回り、俺は会計作業中。うん、予定通りの収支だ。
だいたいみんな満腹になって、食後のコーヒーとスイーツに舌鼓を打ち始めた頃だった。
「なあなあ、いいだろう? 連絡先くらい教えてくれたって」
ソファー席には夏世と佳織さんが座っていたんだが、佳織さんと反対側の夏世の隣にいつの間にか葛原が陣取っている。肩に手を回そうとしてその手をビシッと夏世にはじき返され、げらげらと下品に笑っていた。
「お上品そうに見えて意外と跳ねっ返りなのかな? そんなところもいいね」
今度は手を握ろうとするのをさっと回避している。あからさまに無視されてるのに懲りないなあ、あの葛原って男。そちらを見据えたまま蘇芳がぽつぽつと口を開いた。
「あの男、羽振りがよく見えるけど、その実は付き合っている女性に貢がせて派手に使っているだけらしい。この間一番裕福なお嬢さんと手を切った――というか振られてしまったらしくてね。新しい資金源が必要なんだよ」
「そんなことに金を使ってたのか。聞いている以上にクズだな」
「おまけに今回の調査結果だ。東さんに頼んで手配してもらっているけど、そろそろ僕も我慢の限界かな」
蘇芳の笑みが深まった。やば、本当に怒らせると一番怖い奴がかなりキてる。こりゃあそろそろテコ入れしないとやばいかな? 俺はゆっくりと夏世の座っている方へと移動を始めた。
その間も葛原のへったくそな口説きは続いている。
「こんな美人だもんな。俺くらいのイケメンじゃないと釣り合わないってもんだろ」
自分でイケメンとか言っちゃうんだ。やべ、笑いそうだ。あ、夏世が「けっ」とか言いそうな顔してる。そりゃあそうだよなあ、悪いけど蘇芳と比べたらなあ……(同情のまなざし)
「あら、葛原さんは女性が取り囲んで離さないんじゃありません? 私なんてとてもとても」
「そんなことないって! 夏世ちゃんが俺とつきあってくれるなら他の女なんてぜーんぶ別れるからさ!」
すげえな、ここまで断り文句を理解できないとは。それに「他の女と全部別れる」って、今現在複数の女性と付き合ってる、って口説いてる女に宣言してんじゃん。連れてきた中にも付き合ってる女の子、いるんじゃないの? 俺、一生かけてもあの域には至れないし、そっちの方向へ向かいたいとも思わない。
「それに佳織とも仲がいいんでしょ? 友達のボーイフレンドとなんて」
「佳織ぃ? この子豚か? ないない、昔告白されたことはあるけどさ、あの時はマジ笑ったわ。ねえなって」
夏世の陰に隠れるようにして座り、様子を見ていた佳織さんが顔を伏せた。
あっ。こいつ、終わった。夏世の顔色がさっと変わる。営業スマイルが消えて素の表情だ。
「ふざっけんじゃないわよ!」
夏世が一喝する。会場中の人間が驚いて夏世を振り返った。
「何様? 俺様? は~、笑かしてくれるわ」
「えっ」
お上品なふりは終わりらしい。まっすぐきれいな姿勢で座っていたのを、少しガラ悪く崩してじろりと葛原を睨めあげている。夏世の様子が変わったことに葛原は理解が追いついていないらしいな。夏世の友人たちは「よく言った!」と言わんばかりに頷いている。主役のはずの和香さんなんか、こっそりサムズアップしてるな。
そして夏世の言葉は止まらない。
「あんたさ、ここに来るために佳織を脅したらしいじゃん。私のことを新しい金ヅルにしたいって言って。それも彼女の宝物を取り上げて、返してほしかったら言うことを聞け? 立派な脅迫に窃盗じゃないの、それ」
「ば、ばかなこと言うな! そっちこそ初対面のくせに言いがかりつけるなんて、とんでもねえ女だ」
お、さすがに慌ててるな。立ち上がって自分で連れてきた友人たちの方へ戻っていく。
そして来場したときに葛原にくっついていた女の子のところへ行った。
「エリナ~、やっぱり俺にはおまえだけだよ~」
「仁、あの人の話ほんとなの? こないだのお店でお金立て替えたよね。あれ、ちゃんと返してくれるの?」
「や、やだなあ、もちろんだよ」
ありゃ、あっちのグループからも疑いの視線を向けられてるなあ。おまけにちょっと遠巻きにされている。
あの人たち、葛原と同じ穴の狢じゃなくて、羽振りがいいから取り巻いてただけ? まあ、それもどうかと思うけど。今まで自分をチヤホヤしてくれていた奴らにこんな視線を向けられて、さすがの葛原もカッとなって夏世を振り返る。今までヘラヘラしていたぶん、余計に醜悪に見えちまうな。
「てめえ、ちょっとくらい金持って美人だからって調子に乗りやがって! どうしてくれんだよ、この空気!」
おっと、暴力はだめですよ、お客様。夏世に向かって掴みかかろうとした手を俺が横から入り込んでがっちりとホールド、そのまま床にダンッ! と勢いよく引き倒した。リノリウムの床じゃ痛いだろうなあ。
「っってえ、てめえっ、何しやがる」
葛原の奴は必死にもがくけど、空手黒帯の俺から腕を外せるわけがない。葛原の友人の男たちが慌てて立ち上がる。
「おい、何やってんだ。仁を離せよ!」
「ハイそうですかと離すわけないでしょが」
「いいから離せってんだよ!」
くっそ面倒くせえ。ギロッと睨んでやったら、立ち上がった三人のうち二人はビビって足が止まった。
けれどひとりだけは構わず俺に向かってきた。黒いサテンシャツを着たその男がテーブルクロスを力いっぱい引き、その勢いでテーブルの上にあった皿やカトラリーが派手な音を立てて床に落ちた。まだテーブルの上に残っていた皿をガッと掴み、床に落ちたライスコロッケとサーモンのサラダをぐしゃりと踏みつける。
「ざっけんじゃねぇぞ! おらぁ!」
黒シャツ男が、背の高い椅子を勢いよく蹴飛ばしてガシャン! と倒し、女の子達がきゃーっと悲鳴を上げた。黒シャツ男は手にした皿を俺に向かって振り下ろそうとしたが、そこへ割り込む影があった。
「おいコラ。食べ物を粗末にするんじゃねえ」
黒シャツ男は咲に胸ぐらを掴まれ、ピカピカに磨かれた大ぶりのスプーンを顔に突きつけられていた。咲の目がギロリ、と奴を射抜く。
「知ってるか? 海外じゃ牛の目玉を食べる国があるらしい」
「ひっ」
「御馳走らしいぞ。一度調理してみたいものだ」
「ご、ごちそ」
こめかみに当てられたスプーンがギラリと照明を反射する。黒シャツ男よ、顔色悪いぞ。
相手がおとなしくなったのを見て、咲がフン、と鼻を鳴らして男を離した。怖かっただろうな……咲って睨みが効くからなあ。そのスプーンも怖いぞ?
「いい子だから、おとなしく座ってろ」
「はっ、はひ」
「おいっ、牛嶋! 何やってんだよ、助けろよ!」
葛原が黒シャツ男に呼びかける。あいつ牛嶋っていうんだ。咲が言ってた「牛の目玉」と重なってるのは偶然か? 悪いけどちょっと笑ってしまった。
叫び続ける葛原の顔の前で、夏世のヒールがかつんと音を立てた。
「観念なさい。残念ながらお迎えが来てるわよ、このどクズ」
上から見下ろしてくる勝ち誇ったような夏世の顔。女王様かよ。いや待て、何だか周りから変な空気が流れてくるぞ。夏世の友人たちも葛原の友人たちも、何だかうっとりとした目でこっちを――あ、夏世をか。夏世を見ているんだな。どこからか「女王様……」とため息が聞こえてきた。やめれ。
そこへどやどやと数名の男性が入ってきた。葛原を見つけるとまっすぐこちらへやって来る。
「葛原仁だな。窃盗、恐喝、婦女暴行、傷害、詐欺の容疑で逮捕状が出ている」
蘇芳が手配した警察官だ。さっき話の中で出てきた「東さん」は蘇芳が繋がりを持っている警察の人だ。おそらく東さん経由で手配したんだろう。
「な、何のことだ」
「言い訳は署で聞く」
あっという間に葛原を連れて警察の人たちが出て行ってしまった。最後尾にいた警察官が蘇芳を見て会釈してから出て行った。
「葛原はね、女性を騙してお金を巻き上げていただけでなく、女性に薬を盛って身動きできないようにした挙げ句不埒な真似をしていたようでね。それも常習犯だ。彼のことを調べているうちにわかったから警察に通報した、というわけさ」
ゲストたちが帰り、後片付けをしながらこういう男をクズっていうんだね、なんて蘇芳は肩をすくめている。けれど、さっきから夏世の腰を抱いてそばを片時も離れない。葛原が夏世を口説こうとしていたのがよっぽど嫌だったんだろう。
片付けはほぼ終わり、そろそろレンタルルームの利用時間が終わりを告げる。たくさんの荷物を運び出し、ごみを持ち出して撤収完了。さすがに全員疲れているようだ。
「玉野くん――あ、咲くんと遼さん、美晴ちゃん、今日はお疲れ様。ありがとうございました」
夏世が三人に深々と頭を下げた。
「こちらこそ勉強させていただきました。ありがとうございました」
咲と美晴ちゃんが頭を下げ返す。遼さんも一緒だ。
「それから美晴ちゃん、優も、嫌な思いしたでしょ? ごめんなさい」
「ううん、そんなことないよ」
「大丈夫ですよ、夏世さん」
「今度何かお礼するわ。本当にありがとう」
それから地下駐車場へと大荷物を運ぶことになった。一度にエレベーターに乗れないので、次のエレベーターを待っていると、後ろからこっそり遼さんが声をかけてきた。
「麻生くん、さすがに帰りもアレで送ってもらうわけにはいかないよな?」
ああ、テレポートのことな。遼さんはちゃんと約束を守ってくれているからリクエストにはお応えしたいんだけど。
「すみません、さすがに距離がありすぎてちょっと難しいですね」
「ああそうか、そういう問題があるのか。いや、ダメ元で言ってみただけだ、忘れてくれ。しかし便利な力だな、テレポートという奴は」
「何の話だ?」
遼さんと話していると、割り込んでくる声があった。
咲だった。
一番最初のエレベーターで降りたんじゃないのかよ!




