遼、人間観察はひそやかに(遼視点)
咲のお兄さん・遼視点です。執筆は紅葉です。
一瞬景色がぶれたと思ったら、コンクリートに囲まれた駐車場らしき場所にいた。テレポートとはこのようなものか。すごいな。
「ここはどこだ池田さん」
「会場の地下駐車場です。エレベーターはこっちです!」
「ほお、テレポートは便利だな。さあ急ごう」
台車のハンドルを押して池田さんに付いていく。麻生くんがどこかに隠していたらしいクーラーボックスを回収してきて、一緒にエレベーターに乗り込んだ。麻生くんが物言いたげな視線をずっと送ってきているのは気付いているが、どうしたというのか。
「優、あとで話してくれよな」
「わかってるよ、一平さん」
こそこそと話しているのも聞こえている。仲が良さそうなので、この二人は付き合っているのだろう。すでにテレポートのことは誰にも話さないと約束した。ならばそういうことか。
「麻生くん心配いらない。池田さんには指一本触れてはいない。俺には恋人がいるから必要がない。重い台車をレディに運ばせるわけにはいかないと思ってな。それだけだ」
「そ、そうなんだ。えっと気を遣わせてすまない。ありがとう……?」
「いや、礼には及ばない。むしろ君たちの秘密を知ることになってしまって、申し訳なく思っている。だが約束は守るから安心してくれ。八階だったな、そろそろ着くぞ」
上昇しているエレベーターの階数表示が七から八に変わって、扉が滑らかに開いた。
「遅くなって申し訳ありません」
ドアを押して入ると、奥のキッチンに咲と美晴ちゃんがいるのが見えた。もうひとり、洗練された装いの同年代の女性がこちらに気づいた。彼女が咲の依頼主の井原様だろうか。
「玉野さんですね。間に合ってよかったわ。よろしくお願いします。井原です」
「玉野です。麻生くんと池田さんが迎えに来てくれて助かりました。時間がありませんので、さっそく準備に入らせていただきます」
「ええ、お願いします」
フラットな床を台車を押して進む。
「麻生くん、ありがとう。ここで大丈夫だ」
麻生くんに持ってもらっていたクーラーボックスをテーブルの上に置いてもらった。
「兄貴遅せぇよ」
可愛い弟の咲に心配をかけてしまったな。
「問題ない。それよりお前は自分の仕事はできたのか?」
「ああ、大丈夫だ。冷蔵庫に空きがある。入れるか?」
「いや、先に盛り付けにかかる。美晴ちゃんの手を借りてもいいだろうか」
「ああ、美晴、兄貴の手伝いを頼んでいいか?」
「もちろんです。デザート用のお皿を準備しますね!」
バースデーケーキ用に用意してもらっていたケーキスタンドと、大きな白いオーバル皿を美晴ちゃんが用意してくれている。ふむ、いい連携だ。ねこまんま食堂の嫁としても、咲の妻としても申し分ない働きに胸が熱くなる。
麻生くんがケーキを食べたそうにしていたので、カフェに来れば食べさせてやると答えた。
バターケーキにヨーグルトクリームを添えて仕上げをしていた頃に、招待客がやってきた。
入り口近くのカウンターに立つ美晴ちゃんに会費を払い、クローク役の麻生くんに手荷物を預け、池田さんからウェルカムドリンクを手渡されて、シャンパングラスを手にゆっくりと奥へ入ってくる。ずらりと並べられた料理とデザートに、賛美と感動の声が囁かれる。井原様は来られた招待客に挨拶をするのに忙しそうだな。
和やかなパーティーの始まりの空気を感じていた頃に、騒々しいやつらがやってきた。
ホスト崩れのような下品なスーツに、キューティクルが痛むほどのブリーチを施した長髪の男を筆頭に、場違いに肌を出した女たちと、パーティーにそぐわない服装の男たち。その中にひとり、大人しめの女性が申し訳なさそうな表情で紛れていた。あいつらも井原様の友達なのだろうか。井原様の交友関係は実にバラエティーに富んでいるな。
お、会費が高いと池田さんにブリーチ男の連れが文句を言っているようだが、麻生くんが出てきて、素直に払ったようだな。自分より弱い立場の女性をみると傲慢になる男か、紳士の風上にも置けんな。
招待客が揃ったのか、乾杯の音頭が取られたようだ。しかし、みな大学一年生らしいから、シャンパングラスに入っているものは、ノンアルコールだ。アルコール飲料がないことでまた池田さんに文句を言ってる奴がいるな。あれでは普段から法律違反をしていると吹聴している愚かな行為だとなぜ気づかないのか。麻生くんは大忙しだな。
あのブリーチ男は、井原様に何かと絡んでいくな。井原様が座っているソファにくっつくように座って手を握ろうとしているようだ。少し離れて井原様を見守っているノーブルな雰囲気の美形な外国人顔の男性がいる。表情はにこやかだが目は笑っていない。俺が到着した時には会場にいたので、井原様の関係者かもしれないな。
あの下品な女どもは、先ほどからローストビーフを切り分けている弟に秋波を送っているが非常に鬱陶しい。美晴ちゃん、空いたグラスや皿を集めていないで、あの女どもを蹴散らしてこい!
イライラしてきたが、井原様のパーティーで俺がでしゃばって場の空気を壊すのもどうだろう。そう考えていたのは俺だけでは無いと思う。しかし咲も、麻生くんも、あのノーブルな美形の男性も、そして鬱陶しい男どもにしつこくされていた美晴ちゃんもなにかといちゃもんをつけられていた池田さんもそろそろ我慢の限界のようだ。
初めに来られていたまともなお嬢様たち、その中でも今日の誕生日会の主役のお嬢様など今にも葛原に張り手をかましそうだ。
何やら、ブリーチ男をけちょんけちょんに罵倒しはじめた。井原様の正論に顔を真っ赤にしたブリーチ男が、井原様に掴み掛かろうとしたが、麻生くんが取り押さえて床に押さえつけたようだ。そこを井原様が女王のように睥睨する。かっこいいな。その迫力に崇拝のような気持ちを抱いた。ぜひ井原様改め、夏世様と呼ばせていただこう。




