夏世、断罪パーティーを計画する(夏世視点)
今作では初めての夏世視点です。執筆はひろたひかるです。
「蘇芳! お願いがあるの!」
怒りで頭から湯気が立ち昇っている自覚はある。大学の友人であり今度のパーティーの参加者である佳織から聞いた話はそれほど腹立たしかったからだ。
私が飛び込んだのは蘇芳の家のリビングだ。深い緑色のソファー、庭に面した大きな窓。くつろぐためのスペースだけど、一歩抜きん出た瀟洒で統一感のあるデザインが素敵で私も気に入っている。そこのソファに座っていたのは蘇芳と、彼の義弟である一平。そしてリビングに併設されているキッチンから驚いた顔の優が顔を出した。あらま、全員集合。
「どうしたの、夏世」
蘇芳が穏やかな微笑みで私を自分の隣に座らせる。ほらほら落ち着いて、と私を宥めながら優に目配せしてコーヒーを淹れてもらっている。
「ごめん、落ち着かなきゃね――あのね、今度のパーティーのことなんだけど」
そうして私は佳織から聞いた話を三人に伝えた。
ついさっき佳織から電話がかかってきた。彼女は「だめならだめと断ってほしい」と前置きして、いわく「今回のパーティーの話を聞きつけた知り合いがぜひ参加したいから入れてくれって頼んできた」と。それも、元々私を入れて七名だったのに、最初に行きたいと言い出した男性が『みんなも行きたいよな!』と勝手に声をかけてしまい、居合わせた仲間たちが私も私もと次々手を挙げて、八人追加ね! ってなっている。人数の追加は可能だろうか――そういう電話だった。
佳織に話をねじ込んだのは葛原仁、佳織が中学生の頃の同級生だそうだ。中学以来会ったこともなかったのに、大学のサークルで偶然一緒になったらしい。
ちなみに今回のパーティーは友人の武井和香の誕生日パーティーだ。主催者の私もパーティーの主役である和香もその葛原って男と会ったこともないのに、突然誕生日パーティーに参加させろなんて正直どうかしてると思う。
それに佳織は優しくてふんわりした雰囲気だけど、断るときははっきり断れる子だ。その佳織がこんな無茶苦茶な申し出をわざわざ私に伝えてきたのだ。理由があるに違いない。
何があったのといろいろ突っ込んで聞いていたら、最終的に佳織は全部話してくれた。
どうやらこの葛原という男、あまり女癖のよくない男らしい。顔だけはいいそうで、佳織も中学校の頃に好きになって告白したらしい。なのに奴は酷い言葉で佳織を振ったんだそうだ。
いわく「おまえみたいなデブが俺と釣り合うと思ってんのか? 鏡見て出直せ、豚」
――許さん。このエピソードだけで回し蹴り確定。
佳織はその後ダイエットして、今は全然太っていないし、むしろほんわか可愛い系女子になっている。
そしてサークルで会った同学年の宮坂くんという男の子を好きになった。
宮坂くんの方も私の見立てでは佳織を憎からず思っているように見える。仲良しメンバーの間でも、宮坂くんと佳織がいつくっつくかとじれじれしながら見守っている状態なのだ。
けれどここで佳織が葛原と再会してしまった。奴は以前から新しい金ヅルとしてお金を持っていそうな社長令嬢の私を狙っていたらしく、佳織が私と仲がよくて今度パーティーをやることを知って「中学時代の豚みたいに太った写真を宮坂に見られたくなかったら協力しろ」って言ってきたらしい。佳織が嫌がると、彼女がいつもつけているペンダントを無理やり取り上げ「返してほしかったらパーティーに参加できるよう話をつけろ」って。宮坂くんのこととペンダントのことと、どうしようもなくなって「話してみる」と約束をしたそうだ。
宮坂君のことを思う佳織の気持ちを踏みつけるだけでなく、大切にしているペンダントまで。あれは佳織の亡くなったおばあちゃんの形見で一番大事にしていると皆知っている。それを人質――いや、モノ質にとるとは。
――許さん。回し蹴りだけじゃ気が済まない。ローリングソバットからのエルボードロップくらいかましてやらなきゃ気が済まない。まあ私には出来ないけど。一平にやらせよう。
「――というわけで、私、今猛烈に怒ってんの」
「その葛原ってやつ、命知らずだなあ」
「うん。夏世さんが蘇芳さんとつきあってること、知らないんだね」
一平が苦笑いして、優がそれに相槌を打つ。
「優、そうじゃなくてさ、夏世の怖さをしらな――いてっ!」
失礼な物言いを拳ひとつで封殺し(ほら見ろ! という一平の叫びは無視する)、私は前髪をかき上げた。かき上げて乱れた髪を横に座った蘇芳がさりげなく指先で整える。
「で、僕は何を手伝えばいいのかな?」
「その葛原って男のことを調べてほしいの。もう佳織に絶対手出しできないように、完膚なきまでにへし折ってやるわ。そうね、けちょんけちょんに懲らしめて、もう佳織に関わりませんって一筆書かせないと」
「なるほどね。それで その人たちパーティーに呼ぶの?」
「うん。すごくいやなんだけど、他の子たちにも事情を話して佳織のためならってOKしてくれたの。見てらっしゃい、葛原仁」
息巻く私に優が「夏世さん、ワイルド」とちょっと気になる評価をつける。ま、いいか。
「それにしてもその男の人のこと、夏世さんカンカンだね。でもわかる、その気持ち」
「ね! だよね!」
「うん! 女の敵!」
がし! っと優と握手。蘇芳と一平が苦笑しながら私たちを見ている。でも二人がその葛原って男に腹を立てているのはひしひしと伝わってくる。
私が言うのも何だけど、蘇芳も一平も、恋人一筋で溺愛タイプだからなあ。きっと女癖の悪い男にはドン引きなんだろう。
ひとしきり握手した後、ぽつりと優が言った。
「でもね、夏世さん」
「ん?」
「人数、倍になっちゃうんでしょ? いろいろ手配し直さなきゃいけないんじゃない?」
「そうね、今の会場じゃ狭すぎるからもうちょっと広いところ借り直さないと」
「それに、人数増えた分お給仕が大変でしょ? 私も手伝いに行こうか」
「ああそっか。そうね。お願いしようかな。多分玉野くんも美晴ちゃん連れてくるだろうし――」
スマホのメモ帳に気づいたことをメモしていく。蘇芳がのぞき込んで言った。
「あのさ、一平もついていって。正直、その葛原氏が噂通りの女癖の悪さなら、夏世と優ちゃん、それに渡瀬さんも来るんだからボディガードが必要だろう? スタッフが女性ばかりじゃない方がいいと思うんだ」
「いいよ。俺だって心配だもんな、行けるならその方がありがたいよ」
「助かるわ、一平。よろしくね」
「おう」
あとは――そうだ、人数が増えるなら玉野くんに連絡しないと! 大変だ!
「それに料理の方も――うーん、玉野くんにこんな直前に人数変更したら悪いかな」
何しろ彼は実家の食堂で働いていると言ってもまだ高校生だ。私は彼を困らせたくて依頼したわけじゃなくて、一平の親友で料理の腕がプロ並みでイケメンな玉野くんをみんなに紹介したいだけ。新しい弟分ができたみたいでうれしいんだよね。――っていうか、これって自慢したいのかな? うん、そうかもしれない。
「ダメ元で聞くだけ聞いてみたら?」
「――そうね。無理そうなら追加の人の分は出前頼むし」
「まだ一週間あるから発注は間に合うんじゃね? 俺から咲に聞いてみようか」
一平がそう言ってスマホを手にした。
「ううん、私から連絡入れるよ。私が発注してるんだからね。ええと、玉野くん玉野くん――」
スマホの住所録を検索して玉野くんに直接電話をかけた。
電話の向こうの玉野くんは丁寧な受け答えをしていた。
『親父が睨んで……じゃなくて、今回井原様はお客様ですから』
そう話す彼に感心させられる。そうだ、彼は実家の食堂の看板を背負って来てくれるんだ、と改めて気がついた。こっちまで背筋が伸びる。
人数の追加をお願いしたら快く引き受けてくれた。おまけに今度は女子会ではなく男子も来るということで、メニューの組み替えも提案してくれた。元々はカフェ飯っぽいワンプレート料理を提案してくれていたんだけど、急遽ビュッフェ方式に切り替えてくれることになった。すごいなあ、と改めて彼の頭の回転の速さに舌を巻く。予算? 無理言うのはこっちの方なんだから、もちろん倍増でOK。増えた奴らには首根っこを掴んでも自分の分は払わせてやる。当たり前だけど。
来客の食物アレルギーについても確認してくれたけど、勝手に押しかけてくるんだからそんなの私の知ったこっちゃない。もういい大人なんだから、食べられるものと食べられないものくらい自分で判断してもらおう。もちろん好き嫌いなんて考慮する必要性は感じないもんね!
という気持ちを込めて「変更なしよ」とにっこり返事をした。
そして会場が変更になることをうっかり伝え忘れるところだった。手際の悪い主催者で申し訳ないなあ……
でも、イベントの主催する経験って貴重だね。招く側としてもいい勉強になるわ。高校生なのにきっちり仕事とプライベートを分けて対応できる玉野くんには尊敬しかない。
後日送られてきたメニューと料金のプランはかなりすごいものだった。え、大丈夫これ? この値段で材料費も人件費も出るの? スイーツもかなりふんだんについてるよ? ちゃんと利益取ってくれてる?
ちょっと心配になってしまった私だった。




