咲、プロについて考えさせられる(咲視点)
本日は咲視点。執筆は紅葉です。
一平の兄貴分の彼女、井原夏世から出張シェフをマジに依頼されて了承したものの、セレブが食うパーティー料理って何を作ればいいんだよってしばらく悩んでいた。
井原さんからは、前の無人島の時みたいに美味しいお料理で良い、大学の仲の良い女友達を六人招待して誕生日パーティーをしたいのだと聞かされていた。
といっても、井原さんの友達って言ったら、みんなどこかの社長令嬢とかじゃないのかよと思っている。
一平に今夜にでも電話で相談してみようかなんて思っていた矢先に、あいつが店にふらっと飯を食いに来てくれたんだ。
その時に井原さんの普段の食の好みや、招待客はどんな人らなのかを一平に教えてもらった。持つべきものは親友だよな。
そして、俺はまだまだなやつだって心底反省した。井原さんから依頼された時に、こういうことを事前にちゃんと聞いておくべきだったんだ。でもそのおかげで、霧が晴れたようにイメージがまとまった。
その後、美晴に女子ウケしそうなメニューを聞いてみた。すると野菜は絶対必要。量は少なくてもいいから美味しいお肉のメイン料理と、炭水化物ならパスタか、ごはんならヘルシーそうな五穀米。ピラフやオムライスも女子ウケがいいらしい。それからデザートは絶対に必要だと言われた。それらが見た目よく盛り付けられていたら完璧なんだそうだ。
それから誕生日パーティーならバースデーケーキは言われてなくても必要だろうと。まあ、そうだよな。
そんなアドバイスを聞いて、ますますイメージは固まってきた。
昨今、大人のお子様ランチというのが流行っているらしいので、ワンプレートにした女子会ランチプレートっていうのはどうだろう。井原さんはごはんものが好きらしいので、パスタよりは米だな。スープもつけて、食後にはミニケーキやミニスイーツをたくさん並べたティーパーティ仕様にしたらいいんじゃないだろうか。
そう思って、ざっくり試算した経費の一覧とともに、メニュー表を井原さんに送ったらオッケーが出た。だから、その方向で考えながら、食材の仕入れを食堂の仕入れと一緒にしてくれるという親父にケーキをどこから仕入れるかを相談していた時だった。
俺のスマホが鳴った。親父と話していたから、かけてきた奴の名前だけ確認しようとしたら、井原夏世だった。親父は目だけで、電話を取れと伝えてきた。
「はい、玉野です」
「こんにちは、井原です。一週間前で申し訳ないんですけど、招待客の人数変更をお願いしたいの。大丈夫かしら?」
直前の人数の変更か。うちで法事の仕出しを頼まれた時もよくある変更だ。
「大丈夫だ……ですが、何人に増えるんですか?」
「ごめんなさい、大幅に増えて十五人になってしまうの」
「十五人ですか……いや、もちろん大丈夫ですが、その、ご予算が増えてしまいますが、よろしいですか?」
「もちろんよ。っていうか、玉野くん、銀鏡島の時みたいに話してくれていいのよ?」
「あ、いや、親父が睨んで……じゃなくて、今回井原様はお客様ですから」
親父の眉間のシワが深くなったのが見えて、ヤベっと焦る。当初の予算の倍になることを了承してもらったところで、ふと気になったことを質問する。
「ある程度こっちで仕込みをしてから、そちらのミニキッチンで仕上げをするつもりだったのですが」
「ええ、それでお願い。熱いものは熱いうちに、冷たいものは冷たいうちに美味しく食べたいもの」
十五人分も食材とデザートを運べるかなぁ。え? 親父、車出してくれるの?
スマホを耳にやりながら目で親父と会話する。
「食材が増えて、荷物も増えるでしょうから、蘇芳にお願いして、車を運転手付きで手配するわ。それで食材を運んでくれる? 玉野くんと美晴ちゃんも同乗できるように言っておくわね」
親父、依頼主が車を手配してくれるって。
「はっ? 美晴?」
「今回は一緒じゃないの?」
「いや、仕事を頼まれたのは俺だけだったんで、考えていませんでした」
「急に人数が増えたから、いろいろと大変だと思うのよ。優と一平には給仕とかいろいろ手伝ってもらうつもりなの。良かったら美晴ちゃんも呼んでいいわよ」
「はぁ、確かに仕上げを美晴に手伝ってもらえたら楽なんで、そう言ってもらえたらありがたいですが」
「じゃあ、よろしくね」
電話が切られそうな気配を感じて慌てる。まだ大事なことを聞けていない。
「ちょっと待ってください。メニューは前と同じのを十五人前でいいんですよね?」
「あ……うーん、ソファを使えば椅子は足りるんだけど、全員が着席するには、レンタルスペースのテーブルが足りないと思うわ。そうそう、場所も前に押さえていたところでは入れないから、もう少し広いところを借りることにしたのよ。住所は後でメールするわね」
うわっ、あっぶね。会場も変わるのかよ。
「あと男性も少し来るから、メニューは前のを基本にもう少し食べ応えあるものも用意してくれる?」
「わかりました。じゃあ、ビュッフェ形式で各自好きなものを取ってもらって、好きな席で食べてもらいますか?」
「そうね、それでお願い」
「んじゃ、またメニュー考え直してメールします。追加のお客さんの食物アレルギーとかは大丈夫ですか?」
「変更なしよ。また何かあったら連絡してね」
「わかりました」
通話が切れたのを確認して、親父に視線を合わせた。
「咲、友人とはいえ仕事の時はケジメをつけろよ。お客様だぞ。ナアナアになるんじゃないぞ」
「ああ、気をつける」
「高校を出たら、京都の俺の知り合いの店で修業してこい」
「いまその話かよ。修業の話はありがてぇけど」
「ウチの店だと、どうにも甘くなるからな、俺も常連さんたちも」
親父がため息をつきながら、白いものが混じり始めた短髪の頭をガシガシと掻いた。
「まあ、なんだ。今回は友達のパーティーなんだろ。ケーキは遼に頼んでもいいんじゃねぇか?」
「兄貴か、やってくれるかなぁ」
「身分は製菓の専門学校生とはいえ、カフェ・プリマヴェーラで客が食うケーキを作ってる一端のプロだろ。そもそもパティスリーブランにゃ、その予算で無理言えねぇだろ」
親父が商店街でただ一店舗、洋菓子屋を営んでいる店名を出した。パティスリーブランは商店街に住む俺たちにとって誕生日やクリスマスにケーキを買いに行く店であり、忙しい時にはバイトを頼まれる関係だ。ちなみに兄貴はここでのバイト経験で製菓に目覚め、押しかけ弟子になり、高校二年の頃には、それまでブランが卸していたプリマヴェーラのケーキ作りをそっくり任されるまでになった。
「そうなんだよなぁ、これを頼むとブランのおっちゃんに店に出してないケーキを余分に作る手間をかけちまうし、手が回らねぇよな」
「そしたら遼か、お前を手伝いに寄越せって言ってくるんじゃねえか?」
「ああ、予想できる。やっぱり兄貴に頼むかなぁ」
そう話し合っていたところに、今日も学校で居残り自主練をしてきたらしい兄貴が帰ってきた。さっそく打診をしてみると、兄貴の眼鏡がキランと光って、口端が吊り上がった。
「まあ、咲の頼みなら聞いてやらんこともない。スイーツにかけられる予算はどんなもんだ? ふむ、バースデーケーキと、咲が考えたスイーツメニューはこれか。もっと季節感を出してもいいんじゃないか? 少し変更しても構わないな? いつだ? その日なら大丈夫だ。厨房は学校の……いや、プリマヴェーラを借りるか」
ぶつぶつ言いながら、頭の中が高速回転している音が聞こえそうだ。良かった、協力してくれそうだ。ホッとしていたら、俺の書いたメモ用紙から顔をあげた兄貴が言った。
「兄ちゃんに任せておけ。ただし条件が二つある」
「なんだ?」
「ひとつはスイーツ運搬用に車をもう一台用意してもらってくれないか?」
「なんでだ?」
「レンタルスペースにはおそらくオーブンがあっても一つだろう? 冷蔵庫もそんなに大きくはないはずだ。咲が向こうで仕上げ調理するなら、スペースもないだろうから、なるべくこちらで仕上げてから搬入したい。咲はなるべく早く向こうに行きたいだろう?」
「ああ、そうだな」
兄貴が何をどれだけ作ろうとしてるのか、いまいちわからない。だが兄貴の気迫に納得させられてしまう。
「もうひとつはケーキに付き添って俺もパーティー会場に行かせてもらいたい。運搬中に何が起こるか分からないからな。客に提供するまでが仕事だと思っている」
「ああ、わかった。井原さんに聞いてみるよ。だけど」
「心配するな。俺の人件費も込みで、この予算内で大丈夫だ。むしろ儲けを出させてやるよ」
「友達のパーティーに出張シェフを頼まれただけだから、儲けとかいいんだよ。俺も勉強になるし」
「ダメだ。これはお前に来た仕事の依頼だと思え。仕事はな、儲けを出さないといけないんだ。慈善事業じゃ食っていけないんだぞ。なあ、父さん」
腕を組んで俺らの会話を聞いていた親父が、鋭い視線で俺らを見た。
「まあ、遼の言う通りだな。金をもらって客の口に入るものを作る以上はプロだ。客を満足させて、尚且つ儲けを出すのが仕事だ。この機会に学んでおけ」
「ああ、わかった」
俺は店の手伝いでもなく、部活でもなく、報酬をもらってやる仕事ってやつをやるんだな。ねこまんま食堂の看板の重みを感じて、俄然やる気がでた。




