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ねこまんまdeハーミット〜共同戦線はトラブルばかり!  作者: 紅葉・ひろたひかる
リミット!~断罪パーティーはひそやかに
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一平、ねこまんま食堂に立ち寄る(一平視点)

ここから4話目「リミット!~断罪パーティーはひそやかに」開始です。全12話、おつきあいくださいませ。

1話目は一平視点、執筆はひろたひかるです。

 空手の大会は順調に勝ち進み、個人の部で二位という成績で終わった。

 みんなおめでとうと言ってくれて、ありがとうと返したけれど、俺的には最後の一戦で負けてしまったことが悔しい。


「腹減ったなあ」


 何か食って帰ろう。腹一杯になって、気分を直してから帰ろう。そう思った時、ふとここが英稜高校のそばだと思い出した。スマホを取り出し検索すると、前から行ってみたかった店の名前はすぐにヒットした。幸いすぐ近くだ。

 向かっていた最寄り駅に背を向けて、俺は目当ての店のある商店街へと足を向けた。


「いらっしゃ――一平?」


 カウンターの向こうで驚いて目を丸くしているのは玉野咲。英稜高校三年生、料理倶楽部長の咲は、出会ってまだ一年そこそこだというのにすっかり親友と呼んで差し支えない間柄になったと思っている。ここは「ねこまんま食堂」、咲の家が経営している食堂だ。

 木製のテーブルや椅子、そこに置かれた紺色の座布団、飴色に使い込まれたL字型のカウンター。こじんまりして雰囲気のある居心地の良さそうな店だ。

 咲の料理がとんでもなく旨いことは身をもって知っている。だから一度来てみたかったんだよな。咲に手招きされるまま、厨房向かいのカウンター席に腰を落ち着けた。


「ご注文は」

「カツ煮定食。ごはん大盛りでよろしく」

「おう」


 次は勝つぞという気持ちでカツ煮を注文する。おしぼりと水を俺の前に置きながら咲が口を開いた。


「で、どうした突然」

「この近くで空手の大会があってさ、その帰り。腹減った」

「そうか、お疲れ。すぐ用意するから待ってろ。美味いもん食わしてやる」


 言いながら俺の前にポテトサラダの小鉢を置いた。


「サービスだ、それ食って待ってろ」


 ありがたい。思わず笑顔になってしまう。礼を言って箸を割っていると、厨房の奥から声がした。


「咲。友達か」


 顔を出したのは壮年の男性と女性。咲のご両親かな。


「おう。昴学院空手部の麻生一平。夏の旅行に一緒に行ったやつだよ」

「ああ!」

「まあまあ、あなたが一平君?」

「はい、ご挨拶が遅れました。麻生一平といいます。咲とは仲良くさせてもらってます」


 まあしっかりしてるわね、なんて咲のお袋さんがにこやかに笑いかけ、親父さんが「なんだポテサラしか出してねえのか。しみったれてないでほら、ほうれん草のごま和えあっただろう、あれも出せ」とおまけを更に追加してくれた。なんだか申し訳ない。

 厨房から油のジュウジュウいう音と揚げ物の香りがダイレクトに襲いかかってきて、空腹を更に刺激する。手際よい咲の仕事を見ながら俺はポテトサラダを頬張った。めちゃくちゃ旨い。


 味噌汁とごはんをお代わりしつつ完食。満足感が半端ない。負けたマイナスな気持ちなんか吹っ飛んじゃったよ。幸せ。ご両親にもいい食べっぷりだと笑われた。


「旨かったよ、咲。ご馳走様でした」

「お粗末様でした――なあ一平、この後少し時間あるか?」

「もう帰るだけだからな、大丈夫。何だ?」

「ちょっと相談に乗ってほしい」

「いいけど、仕事は?」

「おう麻生君、大丈夫だ。咲がいなくてもちゃあんと店は回るからな」


 確かに時間的にはまだ夕食には早い時間で、店内に客はまばらだ。俺は素直に頷いた。



 通されたのは店の二階にある咲の自室だ。お、二段ベッドだ。確かお兄さんがいるって言ってたな。ちょっと自分が義兄である蘇芳と二段ベッドで寝ているところを想像して笑ってしまった。ないな。ちょっと楽しそうだけど。

 すぐに咲がキッチンからコーラを持ってきてくれた。


「なあ、井原さんから正式にパーティーの料理を依頼されたんだが」


 喉を潤しながら咲が切り出してきた。井原さん、とは蘇芳の彼女、井原夏世のことだ。俺にとっては姉のような存在だ。


「ああ、頼んだって聞いてるよ。いつか銀鏡島で言ってたやつだろ? 友達を招いてパーティーするから、咲に出張シェフをしてほしいって言ってたやつ」

「おう。井原さんの友達の誕生日パーティーなんだってな。それで井原さんからメニューの提案をしてほしいって頼まれたんだがな、井原さんがどういう料理を期待しているのかリサーチしたいと思ってな。あの人もいいとこのお嬢さんなんだろう?」

「ああ、なるほど」


 実際、夏世はお嬢様だ。誰でも知っているような大手の化粧品メーカー・ローズヤード化粧品の社長令嬢なんだからな。とはいえその本性はお嬢様とはかけ離れて――いや、殴られる前にやめておこう。こんなことを考えたとどこかで察知されそうで怖い。

 さて、くだんのパーティーは、大学で仲良くなった友人の誕生日を祝うために夏世が主導して計画した、全部で七人の女子会らしい。中途半端に人数がいるので、キッチン付きのパーティー用レンタルスペースを借りて開催することにしたそうだ。今はそんなのがあるのか、と会場の写真を見せられてびっくりした。


「女子会かぁ」

「やっぱあれか、カフェ飯みたいのがいいのか」

「どうかなあ……夏世はご飯料理好きだけどな」

「ピラフとかドリアとかか?」

「好きだな、たぶん」


 あれやこれやと話をして、夏世が普段好きで食べているものを話したり、スマホでカフェ飯のリサーチをしたりして、咲の中でなんとなくイメージが固まってきたらしい。


「よし、後は親父や美晴とも相談してメニューを組み立ててみる。ありがとう一平、助かった」

「あんだけご馳走になったんだ。こんなことでお返しになるならよかったよ」

「なんか落ち込んでたっぽいのも復活したみたいだしな」

「ちぇ、わかってたのかよ」

「まあな」


 あー、やべえ。いい奴だよな、咲って。ぶっきらぼうなようですごく相手をよく見てる。こいつと友達になれたのは本当にラッキーだよなあ。

 何となくうれしくなって、コーラの入ったグラスを掲げて二人で乾杯した。


 数日後、咲はメニューを決めて夏世に連絡を取ったらしい。

 夏世曰く「女子のツボを押さえたすっごくおしゃれでおいしそうなお素敵メニュー」だそうだ。よかったな、咲。


 けれどパーティーの一週間前になってとんでもないことになるとは、俺も咲も全く予想していなかった。


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