番外編・その後の吉乃おばば
番外編の最初は吉乃おばば視点です。
物語冒頭で四人が行った神社の巫女のおばあさんです。
執筆は紅葉です。
境内を掃き清めていると、懐かしい声が本殿の方から聞こえてきました。正確には本殿にほど近い稲荷社からの顕現なのですが。
「ヨシノ〜、おっひさしぶりねー」
久しぶりに会う友人、ギンの声に頬を緩ませ振り返ります。腰まで伸びた銀髪がキラキラと朝日に輝き、頭の上には大きな三角の獣耳。私はギョッとして、辺りを見回しました。良かった、早朝なので境内には誰もいません。
ホッとしたのも束の間、私はギンに抱きすくめられてしまいました。仄かな梅の香りに包まれ、あまりの動揺に手から竹箒がポロリと落ちました。
「ギン、やめてください」
「うふふ。あいかわらず可愛いわ、ヨシノ。アタシちょっと怒ってるのよ」
ギンは、耳のそばで拗ねた声を出します。年甲斐もなく、顔に熱が集まりそうです。
私は昔、この友人の眷属である化狐共に、常人離れした霊力を見込まれ、花嫁候補として異界へ連れ去られました。化狐の親玉であるギンは、人間の女子を嫁に取る気はなく、完全に眷属の暴走であると認め、私の境遇を知り、保護をしてくれました。
東京で大地震が起こった直後ということもあり私は人知れず異界に避難したようなものでしょうか。世が世なら神隠しだと騒がれた事でしょうが、混乱の最中です。親兄弟を亡くし、頼れる親戚もなく、住んでいた家も町もなくなっていましたから、異界でたくさんのモフモフに囲まれて生活するのは案外楽しいものでした。
それからたくさんの月日が経ち、現世では第二次世界大戦が終結しました。私はギンに現世に戻してもらい、浦島太郎もかくやと若い姿を保ったまま、縁もゆかりもない海辺の村へ送ってもらい、戦後の混乱に乗じて新しい生活を始めました。それでギンとはお別れかと思いきや、私は彼から頼まれて、銀鏡島の封印が破られないように一生をかけて島を見守ることになりました。そしてギンも数年に一度は顔を見せるようになりました。前に会ったのは何年前でしたか。またお会いできて嬉しいけれど、場をわきまえた姿をして頂かなくては困りますね!
ギンはごそごそと懐を探ると、赤い手鏡を私の前に差し出しました。これは、あの若い四人組のお嬢さんに渡した封印の鏡です。では、ギンは私の願いを聞き届けて、あの島に渡ってくれたんですね。
「ヨシノの頼みだから行って来たわよぅ。連絡をもらえて良かった。アタシも封印が緩むのはそろそろかしらと思っていたけれど、結果的に間に合って良かったわ。さすがは予言の巫女ね。あそこに封印していたタイチはもう、こっちで悪さできないように向こうに連れて行っちゃうから、言伝えしなくてもいいわよ。長きに渡ってお役目を勤めてくれてありがとう。でもね、霊力が強いヨシノのためにあげた手鏡を、他の子にあげちゃうの酷くない?」
「ごめんなさい。でも」
時代が進むにつれて、言い伝えは効力を無くし、ちっぽけな老婆一人の力では、銀鏡島の再開発を止めることは出来なかったのです。せめて、あの島に渡ろうとしている若人たちに被害がないようにと、ギンにすがるしかなかったのです。ギンは抱きしめる力を少し強くしました。声は拗ねたままです。
「ヨシノの気持ちは分かってるわよ、アンタはそんな子よね。アタシがちょっと文句を言いたかっただけ。じゃあね、また来るわ」
抱きしめる腕と、梅の香りが消え、やっと身体が自由になりました。瞬きの間にギンは煙のようにいなくなっていました。
「……仕方がありませんねぇ。次に来た時は稲荷寿司を一緒に食べましょうね」
先ほどまでギンがいた、その場所に向かって呟きました。側から見たら私は独り言の多いおばあちゃんですね。でも、不思議と姿が見えなくても、彼に声が届いている事があるのです。
竹箒を拾い、掃き清めを再開しました。
ああ、獣の耳を出したまま、こちらの世界に来ないよう文句を言ってやるつもりだったのに。それもまた次回ですね。




