バーベキューと種明かし(優視点)
優視点です。執筆はひろたです。
深夜に大騒動があった後、みんなでまとまって管理棟のソファーで寝て、翌朝。
ロビーのテーブルに置いておいた無線機から耳障りなノイズが大音響で突然鳴りだして全員飛び起きた。もうあたりは夏の太陽であたりがまばゆくなっていて、あの騒ぎでみんな疲れていたのがわかる。すごく大きな音だったのは無線が通じなくなった時に音量を上げて、そのままになってたからだね、きっと。
そして何より、無線が通じてるじゃない! 全員で無線機の周りに駆け寄って、一平さんがスイッチを押して叫ぶみたいに話しかけた。
「もしもし! 聞こえるか!」
<……ジジジ……っぺい、聞こえるか? おはよう>
「蘇芳!」
無線機から蘇芳さんの声が聞こえてきて、一平さんの声が一際明るくなった。私も美晴さんも咲さんも、わあっと喜びの声を上げてしまう。
<これから夏世と一緒にヘリでそっちに向かうよ。食料も色々持っていくからね、昼は美味しいもの期待してるよ。じゃ、また後で>
「ああそれはもちろん――って、蘇芳? 蘇芳?」
蘇芳さん、言いたいことだけ言って無線を切っちゃったみたい。
「何だよ、せっかちだなあ」
「ひょっとしたらヘリの離陸時間が迫ってたのかもよ」
「ああ……まあ、そういうこともあるか」
話は会ってからでもできるもんな、と無線機を置いた。
「咲くん、体調は? 大丈夫?」
隣では美晴さんが咲さんに声をかけている。そうだ、あの時倒れてから咲さんは起きなかったもんね、確かに心配だ。当の咲さんは眉間にしわを寄せているけれど、それ以外に不調そうには見えない。
「ああ、問題ない――すまない、迷惑をかけたな」
「気にしないで、咲くんのせいじゃないんだから」
「いや、でも」
二人の押し問答に発展してきちゃった。でも、今はまずやるべきことがある。
「ほら、二人で言い合ってないで。何か腹に入れようぜ、俺もうぺっこぺこ」
「あ、私も!」
そうだよ、お腹が空いてると気分も滅入っちゃうよ。やっとまともなバカンスになった(はず)なんだから、楽しまなきゃ!
とはいえ蘇芳さんが来たらパーティーするわけだから、これからヘビーなものを作る気になれず、ひとまず昨日収穫しておいたフルーツを食べた。朝からビタミンが体に染み渡る気がする。男子たちはやっぱりもの足りなさそうなので、結局パンケーキも作る。卵も牛乳もないから入れてないけど!
蘇芳さんたちの到着は、予想を遥かに超えて早かった。パンケーキを焼いている間に来ちゃって、全員びっくりだ。
「昴オリエンタルプランナーズのビルに昨日からヘリを準備してあったからね」
蘇芳さんと夏世さんもパンケーキにフルーツを載せたものを一緒につつきながらにっこり笑った。一平さんは食べ終わったお皿を前に唇を尖らせて蘇芳さんに文句を言っている。
「まったく、こっちはえらい目に遭ったし一晩中ヒヤヒヤだったよ。いろいろ話さなきゃいけないんだけど」
「ああ、そうだと思ったよ。ふふふ、ドッキリ楽しんでもらえた?」
「え、ドッキリ? あれ、ドッキリだったのか?」
ドッキリ? ええ、ひょっとしてこの島に来てからの騒動は全部蘇芳さんが仕掛けたドッキリだったってこと? 蘇芳さんも夏世さんもニコニコしてるけど、いたずらっぽい笑顔に見える。ってことは。
ヘリのトラブルに始まり無線機の故障、だけでなく果てはあのギンさんのことも仕込みなら、香賀美神社の巫女さん――吉乃さんだっけ? のところから全部仕込みだったっていうことだよね。あ、それで朝イチの無線連絡、さっさと切っちゃったんだ。ドッキリ部分に触れる話は無線じゃなくて面と向かってしたかったんだろうな、私たちの驚く顔を見るために。
壮大な仕込みだったんだなあ。そう思って一平さんと顔を見合わせた。はぁ、と一平さんがひとつため息をつく。
「あのさ、蘇芳、ドッキリ仕掛けるとは聞いてたけどちょっとやりすぎじゃねぇの」
「え! 麻生くん、ドッキリだって知ってたの!」
美晴さんがびっくりして大きな声を出したけれど、そこは私も全く同じ気持ちだ。
でも一平さんも私たちと一緒に驚いたり困ったりしていたと思ったんだけど、あれ全部演技だったのかな? そんな演技できるようなタイプじゃないと思ってたんだけど。
って考えてたら何となく言いたいことがわかったんだろうね、気まずそうに一平さんが眉を八の字にして言った。
「ごめん、だますつもりとかじゃなくて、俺も蘇芳からドッキリをするって聞いていただけで具体的に何をするかは聞いてなかったんだ」
「ああ、そういうこと。もう、先に教えといてよ蘇芳さん」
「先に教えちゃったらドッキリにならないでしょ?」
なるほどね。納得したところに夏世さんが追い打ちをかける。
「だって一平に知らないふりの演技が出来るとは思えないじゃない」
「うるせーな、夏世」
あ、ふてくされた。でも「くそっ」って悪態をついて、すぐに立ち上がると空に向かって叫んだ。
「食うぞ! こうなったらめちゃくちゃ食って楽しんでやる!」
「ああわかった。うまいの食わせてやる」
一平さんの叫びに咲さんが力を込めてそう言った。あ、いつもの咲さんだ!
美晴さんもそう思ったのだろう、ほっとした顔で咲さんを見つめていた。
お昼は本当に盛大なバーベキューになった。カタマリの牛肉に串を刺してじっくり焼いたシェラスコはシェフ(咲さんの料理倶楽部でもあだ名なんだよね)自ら薄く切り分けてサーブしてくれた。添えられているサルサソースにはトマトや玉ねぎ、パプリカ等フレッシュな野菜がたっぷり刻み込まれていて爽やかだ。魚は捌いて鉄板の上
でガーリックバター焼き、野菜類には手づくりのバーニャカウダソースが添えられていて。えっ、これっておしゃれキャンプだった…… ?
咲さんはバリバリ料理して、プロの腕を見せつけてくれた。私や美晴さんも手伝うと言ったけれど頑として手伝わせてくれなかったよ。ひょっとして昨日何もできなかったのを取り返したかったのかな。
「うわ、美味しい」
ひと口食べるごとに夏世さんが叫び、感動してる。
「ねえ玉野くん、今度友達とパーティーするんだけど、出張シェフで来てくれない? バイト代出すからさ」
「家の仕事の兼ね合いもあるんで、日程次第ですね。考えときます」
蘇芳さんも夏世さんも、もちろん私も一平さんも。たくさん食べて、たくさん笑って、そこに夏の日差しに青い空、輝く海、潮風の香り! これぞバカンスって感じ!
やがて皆動けないくらい満腹になってまったりした頃、ふと蘇芳さんが言った。
「で、どうだったドッキリは」
「それ! 蘇芳、あれはやり過ぎ! マジでヤバかった」
「え、そう? そんなに?」
蘇芳さんが首を傾げた。ええ、大変でしたとも!さすがの私も蘇芳さんのこと睨んじゃいます。ほら、美晴さんだって思い出して泣きそうな顔してるじゃない。
すると、咲さんが申し訳無さそうに頭を下げた。
「すまなかった、俺のせいでさんざん迷惑をかけた」
さっきより眉間のしわが更に深くなってる。
でもね、全然咲さんのせいじゃないから。無線機が通じなくなったのも、食料が届かなかったのも、あのタイチとかいうおばけのことも、全部、ぜーんぶ蘇芳さんの仕込なわけで……あれれ?
そこまで考えてふっと気がついてしまった。
「あれ? ってことは、咲さんがおばけに取り憑かれたっていうのは演技だった?」
だから「俺のせいでさんざん迷惑かけた」って謝ったの? そういうこと? タイチに取り憑かれて心配かけたことを謝ったわけじゃないのかな?
「えっ! 咲もグルかよ! くっそー、やられた!」
一平さんが頭を抱える。私も同じ気持ちだ。咲さんってば演技派だなあ、すっかり
騙されちゃったよ。あのタイチとかめちゃくちゃ怖かったけど、種が分かれば呆気ないもの。夏の肝試しだと思えば意外とこの夏のいい思い出になるかもね。私と一平さん、美晴さんの口からはあーっ、と安堵のため息が漏れた。
ん、あれ? 蘇芳さんが変な顔してる。どうして?
「おばけ? 何のこと?」
蘇芳さんの口から出た言葉に三人で「え」と固まる。三人で顔をお互い見合わせて、もう一度蘇芳さんに向き直り――本気でわからないって顔してない?
「あ、あのね、蘇芳さんが仕掛けたドッキリって」
「ん? トラブルで食料が届けられないっていうのと、無線機が繋がらなくなるってやつ。あ、万が一のときはちゃんとフォローできるように、本当に繋がらないわけじゃなかったんだよ」
「え……じゃあ他のは」
「他の? 他って何?」
軽く首をかしげる蘇芳さんがちょっとあざとかわいい気もするけど、それどころじゃない。すがりつくような目で一平さんが咲さんに詰め寄った。
「さ、咲! おまえのあれ、演技だったんだよな! な! そうだよな!」
「――いや、残念ながら」
ひと時あたりがしん、と静まり返る。風が吹いて周囲の木がざわざわと音を立て、少し離れた海からは波の音。半袖のTシャツから伸びる私の腕にブツブツと鳥肌が立っているのは、風が冷たいせいじゃ……ない。
風や波の音をかき消すように、私たち三人の悲鳴が轟いたのはその直後だった。
本編はあと1話続きます。