おかしな咲と夜の騒動・前編(一平視点)
一平視点です。執筆はひろたです。
なお今回は長かったので、同人誌掲載時は1話だったものを前後編に分けてお届けします。
少し遅い昼食は予定通りピザと魚介類のグリルになった。ちなみに結局刺身はなし。優と渡瀬さんでピザ生地を作り、ツナやコーンの缶詰でトッピングしている。
「チーズがないねえ」
「マヨネーズでいいか」
チーズは長期保存できないからだろう、さすがになかった。ただ、マヨネーズは未開封のものがストックされてたからいけたらしい。二人共臨機応変にできてすごいな。ちなみに料理のできない俺は管理棟を出て少し行ったところにあるテント場でテントと格闘し、料理が出来上がる前に何とか二張り完成させた。
結局咲は料理に手を出さなかったそうだ。管理棟のキッチンでしばらく興味深そうに二人の料理を眺めていたが、ピカピカに磨かれた新品の包丁を目にして
「こ、こんなに磨きおって! まるで鏡ではないか!」
と、まるで恐ろしいものを見るかのような目で呟いて、そのままひとりでロビーのソファーへ行き、転がって寝てしまったそうだ。横になるなり寝息が聞こえてきたというから、結構疲れていたんだろう。食事に呼ばれて戻ってきてからその様子を聞いた俺は逆に心配になってしまった。
「咲くん、昨夜あんまり寝ていないみたいだから……ごめんね」
渡瀬さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、疲れてるのにがんばってくれてるんだから、むしろこっちの方が申し訳ないくらいだ。ゆっくり休んでもらおうぜ」
咲も渡瀬さんも何も言わないけど、やっぱり俺としては誘ったのにこんなことになって申し訳なさが強い。料理を優と渡瀬さんに任せることになっちゃうけど、咲にはしっかり寝て体力回復してもらおう。
渡瀬さんがソファーで寝ている咲に近寄って声をかけている。
「咲くん、お昼ご飯出来たけど、疲れてるならこのまま寝てる?」
「いや、食べるぞ。大儀であった」
「また咲様になってる~! 咲様、それではこちらへどうぞ」
「うむ」
よかった、食欲はあるんだな。しかし、あの咲様ごっこは何なんだ。面白いからいいけど。
予想通り昼食は最高に美味かった。ツナとコーンのマヨピザはブラックペッパーが効いていて美味いし、魚や貝は優たちが見つけた自生しているハーブと一緒にホイル焼きになっていてこれまた美味い。
それにしても食材が何だかんだで結構あるから全然サバイバルじゃないな。
一番食べたのはおそらく咲だ。目の色を変えてピザをほおばっていた。俺も負けじと食べたから、大量の料理があっという間に消えてしまって女子二人を呆れさせていた。
昼食の片付けを終えて、全員で果物や野菜を探しに行くことになった。さっきビーチに行く道すがら咲が見つけていた果物は昼食前に少し取っていたので、今度はビーチとは反対の方角に伸びる細い道を行くことにした。きちんとした道じゃないけれど、はっきりとした獣道が続いている。その向こうに背の低い木? 草? がたくさん生えているのが見えた。
「あ、あそこ何か実が成ってない?」
「あ、本当だ。あの形、ひょっとしてパイナップル?」
「それっぽい! 見に行ってみよっか」
渡瀬さんと優が何かの実が成っているのを見つけたようだ。二人がそちらへ向かっ
たので俺もついていく――が。
「おお、あちらが気になるぞ。ついてこい」
突然咲が女子二人と違う方向へ歩き始めた。
「え、おい咲」
咲の向かう方角は海が見える。おそらくまだ俺たちが足を踏み入れていないあたりの海だ。優と渡瀬さんにその場で待つように伝えて俺は咲を追いかける。
海の近くまで行って、咲は足を止めた。そこから先は黄色と黒のシマシマロープが張ってある。河合さんが言っていた立ち入り禁止区域なんだろう。というか、崖だしな! 本当に危険だ。
「おい咲、危ないぞ」
「む―― ここもだめか。やはり完全に馴染むまで待たないと無理ということなのか」
「え? なにか言ったか」
「いや、貴様の気のせいだろう。先へ進むぞ」
もう気が済んだのか、海を眺めるだけ眺めて咲はさっさともと来た道を引き返して渡瀬さんの方へ歩いていった。
何なんだ、あいつ――
「はぁ。本当にどうしたんだろう咲くん」
四人でのんびり歩く道すがら、渡瀬さんが俺に小さく囁いた。
「ねえ麻生くん。さっき魚捕りに行った時、本当に咲くんに何もなかった?」
言われてもう一度思い返してみる。魚捕ってる時はいつもの咲だったよな。少し様子が変だなと思ったのは管理棟へ戻ってから、いや、海から上がったくらいからか?
ひょっとして、海に潜りすぎて風邪でもひいちゃったんだろうか。
ふと、あの時見た祠が頭をよぎった。岩の隙間に隠されたような、古びた祠。でもそれと咲の不調は関係ないもんな。俺はそれをわざわざ言う必要もない、とスルーすることにした。
「いや、変なことは特に何もなかったよ」
「そっか……やっぱり、急に疲れが来たのかもね。ありがとう、麻生くん」
渡瀬さんがにこっと微笑んで咲の方へ戻って行った。咲も渡瀬さんも大丈夫かな。
渡瀬さんの背中を見送って振りむくと、優が心配そうな顔をしている。
「咲さん、やっぱり変だよね」
「うん、変だよな」
「お料理命みたいな咲さんが全然手を出さないなんて変だもん。態度とか言葉なんか
もいつもと違うし―― 美晴さん、かなり心配してた」
だよなあ。何ともなければいいけど。
「わ、マンゴーだ!」
例の実のなっている木のそばで渡瀬さんが声を上げている。本当にマンゴーまであるのか。俺、大好物。優と近づいていくといくつもマンゴーがなっていて程よく色づいている。俺はひとつ濃い黄色のマンゴーをもいで優に渡す。俺は剥き方知らないからな! 優はマンゴーを厚みの中心を避けるように両サイドを切りわけた。三枚おろしみたいな感じ。両サイドの二枚をさらに半分にしてひとりひとつずつ渡してくれた。早速かぶりついたそれは、濃厚に甘く、香りが強い。そしてものすごく瑞々しい。うま!
「美味しい! 咲くん、美味しいよ、ほら」
渡瀬さんがマンゴーをじっと見るだけで口をつけようとしない咲に声をかけた。促されて咲も齧り、目を見開いている。
「これは旨い」
「ね、甘いよね」
咲が上機嫌になって渡瀬さんもホッとしたみたいだな。ちなみにマンゴーの切り分けた中心部はでかい種が入っているので、もらってかぶりついて種の周りについている果肉を食べる。繊維多いけどやっぱり甘くて旨い。
皆で手分けして今夜と明日の朝食分にいくつか果物を取った。よく熟れたバナナも見つけて、優が「明日はパイナップル載せて焼いたパンケーキと焼きバナナにする」と張り切っている。それは楽しみだ!
「ところで、その肩から提げている袋だが」
テントへ戻る道で咲が優のサコッシュをじっと見て声をかけた。俺が以前彼女にプレゼントしたものだ。俺の中では優って何となく水色のイメージで、アウトドアにも使えそうなタイプの水色のを選んだんだ。
「これ? かわいいでしょ」
優は嬉しそうにサコッシュを軽く持ち上げて咲に見せている。咲がしげしげと眺めて、言った。
「うん。それが欲しい」
「気に入った? でもこれ一平さんからのプレゼントだから、私はどこで売ってるか知らないのよね。ね、一平さん――」
「いや、今提げているそれでいい」
とんでもないこと言い出したぞ⁈ 咲を除く三人が驚いて目を見開いた。
「咲?」
「さ、咲くん! ダメだよ、何言ってるの!」
「え、ごめんなさいそれはちょっと無理。だって一平さんから貰ったんだもん」
優が大げさにサコッシュを咲から隠すよう抱きかかえ、渡瀬さんが咲に詰め寄る。
全員の様子を見た咲はいつもの三割増し眉間にしわを寄せて
「む……仕方ない。わかった」
と引き下がり、それきり何も言わなかった。
けれどその後もしきりにサコッシュを気にしているようでチラチラ見ている。そんなに気に入ったのか?
モヤモヤするな……
次回も一平視点です。




