銀鏡島と通じない無線機(優視点)
優視点です。執筆はひろたです。
「それでは何点か説明させていただきます」
私たちを案内してくれている昴オリエンタルプランナーズの社員である河合さんがクリップボードに挟んだ書類を手に話し始めた。
「まず現地には宿泊施設はありません。持ち込み又は貸し出しをしているテントを張るか、あるいはご自身で寝床を作るなど、お客様のお好みに合わせて島にあるもので工夫をしていただいて結構です。ただし、崖のそばなど危険な区域にはロープが貼ってあり、立ち入り禁止区域とさせていただいていますので、そこには立ち入らないでください。
また、お食事もお客様の方でご用意ください。島内に生えている野菜や果物、また釣った魚などもご自由にお召し上がりください。今回は事前に食材をご注文いただいておりますので、そちらは後ほどヘリで島へと運ばせていただきます。
申し訳ないのですが、今回は島内の管理棟に人がおりません。モニターをしていただいて、問題点を洗い出すという意味合いがありますので――何かございましたら遠慮なくこちらの無線でご連絡ください」
河合さんが一平さんに無線機を渡し、使い方を説明するのを咲さんも興味津々で聞いている。
「男の子ってああいうの好きだよね」
「だよね」
美晴さんと二人で顔を見合わせてくすっと笑った。
「ええ、スマホの電波が届かないんですよ、この島。でもまあ無人島感が出ていいかなあって思ってます。でもモニターしていただいたご報告次第で、アンテナを立てるかどうか検討したいとこちらでは考えておりますのでよろしくお願いします」
「なるほどなあ。そのあたりもしっかり見てきます」
「では、あちらに到着しましたら一度無線機のテストをしてみてくださいね」
本当に文明から切り離された無人島なんだなあ。まあ、短い期間だし、そんなに困らないでしょ。第一、何かあっても何とかできちゃうのが私と一平さんの能力だ。
本当にごく身近な人しか知らない私と一平さんの秘密。一昔前のSFアニメみたいだけど、私と一平さんはいわゆる超能力者なのだ。一平さんは思念で物体を動かせるいわゆる念動力とかPKとかいわれる能力と、離れた場所に一瞬で移動できる瞬間移動、テレポートの能力を持っている。私はその二つに加えてテレパシーや透視といったこともできちゃう。
余談だけど一平さんの義兄である蘇芳さんとその彼女の夏世さんも詳細は省くけれど超能力者だったりする。咲さん美晴さんには超能力のことは話していないけれど、万が一の時は無線機がなくても蘇芳さんと連絡は取れるし、船がなくても家に帰れるのだ。だから何かあった時は任せてね、と心の中で美晴さんたちにささやいた。
船旅は快適だった。操縦は河合さん、私たちもお揃いのオレンジ色の救命ベストを身に着けてモーターボートの座席に座っている。
夏の空は真っ青に晴れ上がり、水平線には真っ白な入道雲が見える。潮っぽい海風の匂いに時々頬にかかる波の飛沫が心地いい。みんな目がキラキラしていて、テンションが上がりっぱなしなのがよくわかる。きっと他の人から見れば私も同じだよね。
無事島に上陸、河合さんはボートで戻っていった。ありがとうございました!
桟橋から見回した銀鏡島はザ・無人島という感じだ。桟橋のある砂浜はきれいに整備されているけれど、その向こうは草が生い茂り、その中に一本だけ道が通っている。その道を荷物片手に歩いて行くと、草の壁の間は地味に蒸し暑い。そしてほどなく管理棟へとたどり着いた。
「ね、ね、優ちゃん! すごいね、タヒチとかパラオとかみたいだね」
「すごく素敵! 管理棟なんて名前だからてっきりコンクリートの四角い事務所みたいな建物を想像してたんだけど」
そう、管理棟はリゾートホテルのコテージみたいな藁ぶき屋根に木の柱が特徴的な建物だった。中に入るとホテルのロビーみたいに藤製のソファーセットや観葉植物の大きな鉢、天井にはシーリングファンが吊ってある。私と美晴さんはこの雰囲気にテンション上がりまくりだ。そんな私たちを後目に男子二人はてきぱきと物事を進めている。
「まずは寝場所の確保か。テント設営しないとなあ」
「テントを借りられるって言ってたよな。どこにあるんだ」
「ああそうか、一度無線で連絡しなきゃいけないんだったな。聞いてみるよ」
そうでした。無線のテストって言われてたね。一平さんが無線機を出してスイッチを入れた。
「もしもし、聞こえますか?」
〈ああ、聞こえてるよ。無事についた?〉
呼びかけてみるとすぐに向こうからノイズ交じりの声が返って来た。って、あれ? 何だか聞き覚えのある声ですけど。それにタメ語。ひょっとして。
「あれ? 蘇芳?」
あ、やっぱり蘇芳さんだ。河合さんとかじゃないんだ、びっくり。
〈そうだよ。どう、その島は? 僕もまだ見に行ってないからさ〉
「いや上陸して管理棟に来ただけだからまだ何とも。でも管理棟がきれいでびっくりしてるよ」
〈よかった。で、実はひとつ言わなきゃいけないことがあって〉
「何?」
〈実はトラブルがあって、予定していた食料のヘリが出せなくなっちゃったんだよ〉
「「「「ええっ!」」」」
全員で声を上げてしまった。蘇芳さん、大きな声で耳が痛くなかったかな。
〈機体の故障でね、代替機を探したんだけどなぜか手配がつかなくて明日になっちゃうんだ。申し訳ない。明日の朝食くらいまで、何とかしのいでもらえるかな。管理棟の地下に食料庫があるから、自由に使ってね。あと、テントとかの備品類はロビーの裏側に倉庫があるから、自由に使ってくれていいから〉
「え、うん、わかった」
〈明日はちゃんと食材持っていくから、そっちでみんな揃ってバーベ…… ザザザ
…… 〉
ところが、蘇芳さんが話している途中でひどいノイズが入り始めた。蘇芳さんの声がかき消されて聞こえない。
「あれ? 蘇芳、良く聞こえないんだけど。蘇芳――」
〈気をつ―― ザザザ―― ビビ…… ブツッ〉
それきり無線機が沈黙してしまい、あたりを静寂が包み込んだ。
「無線機が故障したのか?」
「どうだろう――というより電波状況が悪くなった感じ?」
確かに無線機のスイッチをオンにしたまま耳を当てるとホワイトノイズが聞こえるから無線機自体は壊れていないみたいに見える。
これはあれかなあ、無線機の調子がおかしいって蘇芳さんに連絡だけしとこうかな。
私は精神統一して蘇芳さんに向けて心の中で呼びかけた。
『蘇芳さん、無線機の調子が悪くて切れちゃいました』
けれど私と同じテレパシストの蘇芳さんから返事はない。というか、思念が届いていない?
『蘇芳さん? 蘇芳さん?』
だめだ、何度やってみても届く感じがしない。気持ちが少し焦ってくる。
どうなってるんだ、と咲さんも美晴さんも一緒に無線機を囲んでいる。特に美晴さんは不安そうだ。私もどんどん不安になってきた。
テレパシーが通じないことを一平さんに相談したいけれど、美晴さんたちにバレるのはちょっと、うん、まだ心の準備が必要だなあ。なので私は一平さんを誘い出すことにした。
「ね、一平さん。ひとまずロビーの裏にあるって言ってた倉庫を見に行かない? まだ日は高いけど、早めに準備したほうがよくないかなあ」
「そうだな。そうしよう――咲、優と裏を見てくる」
「おう、悪いな」
二人を置いて一平さんの手を引きロビー奥にある出入り口を出る。二人から見えないあたりまで来て、一平さんを振り返った。
「一平さん。どうしよう」
「どーした? 何かあったって、最悪テレポートすれば」
「あのね、テレパシーが送れないっていうか繋がらないっていうか。とにかく使えないの」
「えっ?」
「ねえ、一平さんはPKとかテレポートは使える?」
「ちょっとまって――っ、あれ? あれっ?」
あ、やっぱり一平さんも使えないんだ。私も一緒にテレポートしてみるけど、全然ダメだ。二人で茫然と顔を見合わせた。
超能力は私や一平さんにとっては昔から使っている馴染みのある能力だから、それが使えないのは不自由に感じてしまう。普段から超能力に頼らないように気をつけてはいるけれど、今回は万が一の時使おうと考えていただけに、焦りが胸の奥からせり上がってくる。
「どうしよう、一平さん」
「どうしようって、うん、まずは落ち着かないと。大丈夫だよ、一晩だけだし。明日にはヘリで来るって蘇芳も言ってただろ?」
「うん……でもどうして力が使えないんだろう。ちょっとだけ不安だよ」
「だよなあ」
ちょっとどころか本当はかなり不安。やっぱり超能力に頼り切ってたのかなあ……
「大丈夫、俺たちだけじゃなく咲も渡瀬さんもいるんだから。大丈夫に決まってる」
言いながら私の髪を撫でてくれる一平さん。でもいつもより指先がぎこちない。
そうだよね、一平さんも不安なんだよね――
「あ、いた。おーい一平」
その時咲さんの声がした。咲さんと美晴さんが出入り口のところからこっちを覗いている。呼びながら近づいてきた咲さんの手にはタモ、バケツ、あと銛がある。
「一平、魚捕りに行こうぜ。腹が減っては戦ができぬ、だ」
「どうしたんだ、その道具」
「カウンターの奥に小部屋があって、そこにこういうものが揃えてあった。で、テントあったか?」
「――ごめん、まだ」
気まずそうに一平さんが答えた。でも咲さんは気にしていなさそうだ。
「そうか、じゃあ先に魚を捕まえに行こうぜ。暗くなったら海に入るのは危険だし、よく考えたらテントを夜までに立てられなくてもこの管理棟で寝るって手もあるからな」
「そしたら私と優ちゃんは食料庫のチェックしよっか。お昼ごはんも作らないと。缶詰くらいないかなあ」
美晴さんがにっこり微笑みかけてくる。あ、ひょっとして心配させちゃったかな?
さっきは美晴さんも不安そうだったのに気を使わせてしまったと反省する。
「そ、ですね」
不安はまだまだあるけれど、何かしていれば気が紛れるかも。一平さんと顔を見合わせて頷き、男子組と女子組に分かれることにした。
そしてその騒ぎのお陰で香賀美神社のおばあちゃん巫女さんのことなんて頭からすっかり抜けてしまっていた。
私のサコッシュに入れてある、猫柄の赤い鏡のことも。




