ホワイトデーのために
書き下ろし番外編第二弾です。バレンタインデーのあととくれば…
執筆はひろたひかるです。
「何を返したらいいんだろう」
電話口でそう尋ねると、咲が「わからない」と返してきた。
3月に入って少ししたある夜、俺は咲に電話をかけた。ホワイトデーのお返しについて相談したかったのだ。
『俺と美晴はまだ付き合い始めたばっかりだからな。初めてのホワイトデーなんだ』
『そうだったな――まあ俺と優もそうなんだけど」
『そうなのか?』
「付き合い始めたの、夏だからな」
そうなのだ。優とは6月に出会って、それから少しして付き合い始めた。だからバレンタインもホワイトデーも初めての体験だ。
なので、バレンタインにもらったあのとびきり旨いフロランタンのお返しをどうしたらいいのかさっぱりわからない。で、同じフロランタンを受け取った咲に相談の電話をかけたのだ。他にも2人フロランタン仲間はいるけれど、富豪で昴グループ会長の蘇芳と大人な高木先生じゃ相談する相手として大問題だ。俺とは金銭感覚が違いすぎるからな。
「そっか……そしたらデパートのホワイトデーフェアとかに行って探してみるかなぁ」
『つきあうよ』
ぽつりとこぼした言葉に意外な返事が戻ってきた。え、咲、お返しを買うのか?
「てっきり咲のことだから自分で作って渡すのかと思ってた」
『お菓子作りはやらないな。兄がそっち方面はプロだから逆に興味がわかないっていうか』
「そうなんだ」
『食べるのは嫌いじゃないけど、作るならお菓子より料理かな』
確かにパティシエしてる咲より食堂でフライパン振るってる咲のほうがしっくり来るな。俺は電話口のこっちで何度も頷いてしまった。
「そっか。じゃあ咲がご飯作って渡瀬さんがデザート作る。完璧なコンビネーションだな」
『ゲホッゲホッ!』
「だ、大丈夫か?」
『いやちょっと想像し――あ、そ、そうだ、夏世さんだっけか。美晴から彼女はフロランタンとホットチョコレートを作って古川に渡すらしいって聞いたけど、お菓子作り上手なんだな』
あからさまに話題を変えたな。まあいいか。
とはいえ。
「あー……まあ、いや、その」
夏世に料理、というと小さな子に装填済みのマシンガン渡すような危険行為だと思っているので言葉が揺れる。優いわく「これなら大丈夫」なホットチョコレートだってよく作れたなって感心したものだ。
ちなみにバレンタインデー当日は、古川家の家政婦の京子さんがつきっきりで夏世がホットチョコレートを作っているところの見張りをしていたのはご愛嬌だ。
けれど咲は俺のビミョーな返答に気がつかなかったらしい。
『にしてもフロランタンとホットチョコレートか。俺なら甘いの食ったあとは緑茶か砂糖の入っていない紅茶が欲しくなるな』
「あっ、それわかる。俺も俺も。あと砂糖入ってないコーヒーとかな」
話題に乗りつつも、これ以上夏世の料理の腕についてツッコまれないように俺も話題を切り上げることにする。夏世、武士の情けだ。
「でもさ、話戻るけど、料理倶楽部の活動じゃお菓子作らねーの?」
『まあ、作るは作るけどな。先週もアップルパイ作ったし――でもお菓子はその日の気温や湿度で微妙な水分調整しなきゃいけなかったり、繊細さが求められるんだよ。俺には向いてない』
そう言いながらきっと出来上がったアップルパイはめっちゃ旨いに違いない。確信できる。
そうして俺たちは多少不毛な会話を終わらせ、次の土曜に買い物に行く約束をしたのだった。
★★★
かくして土曜日。
ホワイトデーフェアの会場になっているデパートの催事場はごった返していた。たくさんのブースが立ち並び、可愛らしい飾りつけできらびやかだ。え、ホワイトデーだからターゲットは男性じゃないのか? こんなきらびやかじゃ寄りつきにくいんだが。ひとりだったら絶対回れ右してたな、こりゃあ。咲が一緒で助かった。
「さて、何を買う?」
「やっぱり無難なのはお菓子かな。クッキーとかキャンディーとか。どこに何売ってんだ」
二人で会場に入る時もらったマップを見る。結構な数の店があるな。でも店の名前とかほとんどわからない。
「なあ咲、どこかお目当ての店とか、ある?」
「いや、全然。ユー◯イムとかゴディ◯なんかの有名どころはわかるけど」
「俺も似たようなもんだ。しゃあない、端から見て回るか。ええと、ここが入口だから――」
「なあ一平。ここ見ろよ」
そうしてマップを見ていたとき、ふとマップの端に書いてあるコラムを咲が指差した。
「贈るお菓子に意味があるのか?」
「え、マジ?」
俺たちはまじまじとコラムを見た。なになに、意味を考えて贈るとスマートですよ、だと? 花言葉みたいなやつか?
「マジか、クッキーは『仲のいい友達』って意味?」
「マシュマロは『関係を終わらせたい』――却下、却下」
「でもさ、マシュマロには『優しい愛』って意味もあり? 真逆じゃん」
「これ読むとマカロンかキャンディーが良さそうか?」
「いや待て、ここ見ろよ『プレゼントの意味は固定されたものではないので、知って贈るならスマートだって程度に考えて』って書いてある」
咲と顔を見合わせる。
大切な恋人へのプレゼントだ、妥協する気はないけれど、優が喜びそうだと思って選んでもお菓子の意味とかでケチつけられたらたまらない。
とにかく意味を考えたりお菓子のデザインを見たり試食したり。ごった返す会場で人とぶつからないよう気を配り、行列にうんざりしつついくつものブースを見て回る。
そうしてしばらくして出てきた言葉は。
「――めんど」
「同感だ」
俺たちは結局菓子を買わずに催事場を後にした。そのまま駅ビルに戻り、アクセサリーショップを覗いた。デパートは値段がワンクラス上だからな、学生の俺たちには分不相応ってものだ。
最終的に俺たちでも手が届く値段のネックレスをそれぞれ購入する。
俺はハートにピンクの石がついているデザイン、咲は四つ葉のクローバーに水色の石がついているデザインを選んだ。
★★★
そうして数日後、ホワイトデー当日。お返しは優にすごく喜んでもらえた。渡瀬さんも喜んでいたと咲から連絡もあった。
自分たちの選択にホッと胸をなでおろしていた俺たちだが――
「あら、ネックレスは『君を独占したい』って意味なのよ、知らなかった?」
という夏世のツッコミに変な声が出てしまったのは見逃して欲しい。
まあ、間違っちゃいないけど!
お付きあいありがとうございました!
明日からは新章「無人島バケーション!」開始です。
よろしくお願いします。