文化祭狂想曲~おいしい料理のつくりかた編・1
本編始まります。
同人誌として刊行済の3冊をWebに掲載するものですので、最後まで毎日更新いたします。
まずは1冊目「文化祭狂想曲」です。「おいしい料理のつくりかた」視点でお話が進みます。執筆は紅葉です。
よろしくお願いいたします。
「わぁ。なんていうか、すごい高校だね」
「昴学院って都内屈指のお金持ち高校らしいからな」
私こと渡瀬美晴と玉野咲君は、料理倶楽部の元顧問、高木真樹人先生の招待を受けて、本日昴学院の文化祭を訪れた。
校門の前には、風船がいっぱい付いたアーチと、文化祭の看板がかかっている。その向こうには赤レンガ色の校舎があり、その趣はどこか東京駅っぽい。
「高木先生と待ち合わせしているんだっけ?」
「そうそう。なんか、ここの料理部の顧問をやっているらしくて、部員に紹介したいからって言ってた」
「私、付いてきて本当に良かったのかな。高木先生とはお会いしたことないんだけど」
そういうと、咲君は不機嫌顔で言った。すごく分かりにくいけど、この不機嫌顔は照れている顔みたい。
「あ、そっか。高木先生は俺らが一年の終業式で学校辞めて転任していったから、美晴とは初対面なんだよな。なんか、美晴とは一年から一緒だったような気がしてた」
「うふふ。ありがと」
文化祭のクラス発表のトラブルを乗り越え、料理倶楽部で活動をするうちに最初はちょっと乱暴で怖いと思っていた玉野君の印象は随分と変わった。今では頼りがいのある親しい友達、という感じだろうか。私にとってはちょっと気になる存在でもある。
「あ、高木先生」
咲君が声をあげた。視線の先を追うと、ひぇ~!な、なんかイケメンな男の人がいた。スーツを着ている大人の男の人だ。無意識に咲君のパーカーの袖を摘まんでしまう。
「玉野、久しぶり。よく来たね。こちらは?」
「先生久しぶり。うちの期待の新入部員、渡瀬美晴」
「やだ、玉野君ったら」
キャベツの千切りがやっとっていう私に、期待の新入部員だなんて!思わず咲君のパーカーの袖を引っ張った。やだ、私、まだ掴んじゃってた。慌てて手を離す。すると、ちょっとむっとした顔をしながら咲君は私の手を掴んだ。高木先生は、そんな私たちをにまにまとしながら見ていたみたいだ。
「はじめまして、渡瀬さん。昨年度まで英稜高校で社会科と料理倶楽部の顧問をしていた高木です。よろしく」
「あ、よろしくお願いします」
「今日はうちの料理部の子達と交流を持ってもらえたらなと思って声かけたんだけど、玉野から聞いてる?」
「はい、聞いています。お招きありがとうございます」
「それにしても玉野が彼女を連れてくるとは意外だったな」
「どういう意味だよ」
「そりゃ、失礼。玉野がひとりで来るか、部長に引きずられて来るんじゃないかって想像していたものだから」
咲君の普段の不機嫌顔が、さらにむっとした顔になるのを楽しげに見た高木先生は、爽やかに声をあげて笑うと、「案内するよ」と先に立って歩き始めた。
高木先生は南部長と会いたかったのかな。
少し居たたまれなく思っていると、繋いでいる手を一度強く握られた。なんだか不安になっているのに気づいて励まされたような、そんな気がした。
高木先生が案内してくれた料理部の屋台では、どうやらお好み焼きと焼きそば、それからフランクフルトを焼いているみたい。焼きそばの鉄板の前にいる女の子は鉄板を挟んで、背の高い男の子とニコニコと親しげに微笑み合っている。その他の子達も屋台を訪れた友達や部員と楽しげに話したり、接客したりしている。ワイワイと文化祭を楽しんでいる雰囲気に、まだ一週間前のことだというのにもう懐かしくなってくる。
売り子をしていた女の子が先頭を歩く高木先生に気付いて、後ろに続く咲君を見て目を輝かせた気がした。
「よう、頑張ってるな」
「高木先生!」
屋台の中にいた女の子たちが一斉にこちらを注目した。
「任せきりで悪いな。混み始める前に紹介しておこうと思って」
そう言って高木先生が私たちを紹介する。それに続いて簡単に自己紹介をした。かっこいい咲君の姿に部員の女の子たちがざわつく。うん、わかるよ。見た目はアイドルみたいにかっこいいし。表情はキリッとしてるし、性格も優しいし。口調は仲間内だと乱暴だけど、今はよそ行きモードだし。
「なぁ、美晴なに食う?」
「え、あ、フランクフルトかな」
「わかった。すみません、フランクフルトと焼きそばひとつずつください」
「はぁい、ありがとうございます!少々お待ち下さいね!」
メガネをかけた身長が低めの可愛い売り子さんが、鉄板の後ろにある机で焼きそばとフランクフルトを包んでくれているのを見ていたら、辺りがざわつきだした。さっきの咲君を見た女の子たちの反応の比ではない。
が、外国人?
薄い色の金髪に整った彫りの深い顔立ちは日本人離れ、いや人間離れしている。周りには目をハートにした女の子たちが群がりだした。
「一平はやっぱりここにいたか。優ちゃん、お疲れ様。僕はブタ玉とイカ玉をひとつずつもらおうかな。夏世、それでいい?」
「ええ。じゃあ私はイカ玉もらうわ」
美貌の人は周りで上がっている黄色い声を気にする様子もなく、焼きそばの鉄板の前にいる女の子と、その前にいる男の子に声をかけた。隣にいるすごい美人の女の子は、美貌の人に向けられた黄色い声に苦笑しながら、美貌の人の言葉に頷いていた。
咲君もモテるけど、これはそんなレベルではなさそう。まるで突然現れたアイドルに熱狂したファン?それとも顕現した神と信奉者?そんな騒ぎに圧倒されてしまう。
隣に立つ女の子は彼女さんなのだろうか。美貌の人が向ける視線が優しいもの。
わぁ…… いろいろと大変だなぁ。
そう思っても、やっぱり美貌の人を目線は追ってしまう。
きゃあきゃあと美貌の人を囲み、少しでも会話を交わしたい女の子たちに『蘇芳さん』と呼ばれた美貌の人は親切に返事するものだから、私も私もと殺到した。
屋台のそばで騒いだら危ないんじゃないかなぁと思っていたら、先を争う女の子たちの中で押し合いがあったみたいで、数人がバランスを崩し、テントの脚が揺れ、机の上の千切りキャベツを盛り上げてあったザルを巻き込んで転倒した。ソースのボトルやマヨネーズもぐらぐらごろんと転がる。鉄板の上に倒れ込まなかっただけましかもしれないけど、ケガしなかったかな。
「あー!キャベツが足りなくなる!」
料理部の子達が悲鳴をあげた。急いで買い出しに行くことになった高木先生が生徒を一人連れてこの場を離れる。屋台の周りを掃除したり、倒れた子のケガを確認したりしていた料理部の部員たちは、鉄板の上のお好み焼きの存在に気付いて慌ててひっくり返したりと、まるで巣をつつかれた蜂のよう。
「あっつ!」
ガシャンとコテの転がる音と女の子の悲鳴が上がる。
「ごめ…… ボーっとして、うっかり鉄板に手を」
「いいですから!早く冷やさなきゃ!保健室へ!」
優と呼ばれた女の子が、屋台の中を見回した。顔を青ざめ、声にならない声をあげる。これから人が混み出す時間なのに、材料のキャベツは買い直しだし、買い出しとケガで料理部の屋台の中は人手不足になってしまったようだった。さっきまで蘇芳さんを取り囲んでいた女の子たちや、買い物をしようとしていた生徒たちは、さっと波が引いたように遠巻きに様子をうかがっていた。一人で売り子を任された女の子は不安そうに優さんを見つめる。フランクフルトを焼く小さな鉄板の前の女の子は、ちらちらと優さんたちを気にしながらも鉄板から離れられないでいた。
私はちらっと咲君を見上げた。
こんな時、咲君ならきっと。
視線が合う。咲君も私同様、なにか手助けしたくて、そわそわしていたのがわかった。
「あの、良かったら私達、手伝います」
「えっ、でも」
優さんは戸惑って、おろおろと視線をさ迷わせた。その視線がフランクフルトを焼いている女の子、売り子の女の子と移り、最後に蘇芳さんで止まる。蘇芳さんは柔和な笑顔で私たちの前まで来ると言った。
「はじめまして、生徒会長の古川蘇芳です」
「はじめまして、英稜高校料理倶楽部の玉野咲です」
名乗った蘇芳さんに咲君が自己紹介を返す。私も同様に名乗った。
「他校の生徒に迷惑をかけて申し訳ないとは思うのだけど、もしお願いできるなら高木先生と藤田さんが戻ってくるまで力をお借りしてもいいでしょうか」
「もちろんです」
こうして私たちは、生徒会長のお墨付きをもらってお手伝いをすることになった。